予期せぬ人事異動

 キャリア官僚の出世は早いとよく言われる。

 警察庁のキャリア官僚の例は、特に有名だろう。警察の階級は9つあるが、地方の県警に就職した警察官(いわゆるノンキャリア)は、一番下の巡査からスタートする。一方、警察キャリアは最初から警部補けいぶほだ。しかも、ノンキャリアが階級を上げたければ、昇任試験に通るしかないが、キャリアは無試験かつ超スピードで出世していく。入庁一年後には警部けいぶに、6~7年目には警視けいしになる。警視と言えば、警察署長になれる階級である。


 最も、出世が早いというのは、「地方に出れば」、ないしは「地方と比べれば」の話であって、本籍の警察庁本体では、警視は「課長補佐かちょうほさ」相当の役職に就く。さすがに下っ端したっぱではないにしろ、管理職ではない。警察庁本体の管理職である課長=「警視長けいしちょう」まではまだまだ遠い。それに、そもそもキャリアとノンキャリアでは勤め先が違うのだ。キャリアはずるい、ノンキャリアは可哀想かわいそうで片づけられるほど、役人の世界は、単純ではない。


 ……さて、文部科学省のキャリアの場合も、おおむね、この仕組みが当てはまる。つまり、国家公務員総合職試験を突破したキャリアは、心を病んだり病気をしたり不祥事を犯したり、その他あらゆる不幸に見舞われでもしない限り、入庁6~7年目で、自動的に「課長補佐」になる。警察じゃないから「警視」のような階級を与えられはしないが、「地方に出れば」、超スピードで出世したエリートだ。

 

 3月のその日。大臣官房のとある課に出勤した小湊こみなとは、4月の人事異動の話を聞いて、「俺もいよいよそんな歳か……」と、思わずつぶやいていた。

 「もうそんなおっさん・・・になってしまったのか……」という驚愕のつぶやきでもあるし、「いよいよキャリア官僚として、あぶらがのり始める時期だな」という自覚のつぶやきでもある。


 午後、上司の企画官きかくかんから、正式な通知を受け取った。「課長補佐」という言葉の響きに、何とも言えない感慨を覚える。

 

 これが、つまりは朗報だったわけだが、企画官の、続く言葉に、小湊は思わず耳を疑った。


 「小湊さんには、岡島大学の学務課長として、出向してもらいます」


 それまで縁もゆかりもなかった国立大学の、それも、あの岡島大学・・・・の課長職として、出向を命じられたのだった。

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