第5話 上級生、煙たい空気。

謙介(けんすけ)が戸沢高校に転校してから数日が過ぎた。

謙介も学校に慣れて、2-2教室周りの"転校生騒ぎ"も落ち着きを取り戻してきた。

「裕斗(ゆうと)まだ春休み課題やってるん?」

「引くなよ」

この2人の関係もクラスに馴染みつつある。

しかし、その完成されつつあった日常に、また新たな要素が加わるのであった。


「裕斗いる~?」

放課後、2-2教室の出入口に裕斗を探す男が現れた。

裕斗たちとは色の違うネクタイ、気崩された制服、明るい髪色、赤いピアス。

それを見て、クラスメイトは驚き、恐れて、その男から遠ざかる。

同時に、クラス中の視線が裕斗に集まる。

「な、なんやあの人」

謙介も驚きながら左を見る。

どこにいても目立つ格好をしたその男は、大人しくて冷めている裕斗と関係がある人物とは思えない。


「…なに、龍治(りゅうじ)」


「「?!」」

上級生、しかも派手な見た目をした男に対して、裕斗はタメ口かつ呼び捨てを決めた。

その異常事態に、クラスはさらに混乱する。

別の出入口から逃げるように教室を飛び出すものもいた。

しかし、その男は笑顔になった。

「なにじゃねーよ、一緒に帰ろ」

男は教室に入り、裕斗に近づく。

「無理」

裕斗はすぐに拒否して課題を進める。

その粗雑な対応にクラスメイトは『明日から教室が無くなる』と確信し、裕斗と謙介以外は全員絶望して教室から出て行った。

(え、この人ほんまに高校生?)

謙介は状況を飲み込めず、近くに来たその男を見ながら頭の中を整理しようとするが、思考は余計に単純化した。

「どーせまた宿題の居残りだろ?また手伝ってやろうか?」

男は裕斗のノートをのぞき込む。

「いらない。あと俺そこの謙ちゃんと帰るから」

裕斗はその男の顔を見ずに答える。

「謙ちゃん?…おお、お前が転校生の鶴岡 謙介?」

男は物珍しそうに謙介を見る。

「う、うん。そうや」

「くっ…ふふ」

謙介が答えた途端、なぜか隣の裕斗が笑い出した。

「え、な、なんでわろってん…」

謙介は疑問を投げかけるが、それよりも初めて見る裕斗の笑顔に驚いた。

(この人笑うんやな…)

「あのー、俺、3年生ね」

「?…ああ!」

(やってもうた!!)

謙介は裕斗につられてタメ口で上級生と話してしまった。

そのことに気づき、謙介は狼狽する。

「まあ別に気にしねーけどな、俺」

男は謙介に笑いかけた。そして話し続ける。

「生の関西弁とか初めてだわ!はは!

俺は飛島 龍治。よろしく~」

龍治は勝手に謙介の手を取って握手した。

「よ、よろしく?」

謙介はまた混乱し、ついに敬語になることはなかった。

「…帰ってもらっていい?」

裕斗はいつもの調子に戻り、龍治に鬱陶しそうにそう言った。

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