第4話 呼び方、接し方。
放課後の2-2教室は、やはり転校してきたばかりの謙介(けんすけ)のおかげで、教室の外までにぎわっていた。
しかし、30分もすると部活やら塾やら遊びやらで、生徒は教室から出て行った。
そして、2-2教室には謙介と裕斗(ゆうと)の2人きりになった。
「えーっと…白鷹くんはなんで宿題やってるん?」
謙介は、他に居残りをしているクラスメイトがいないので疑問に思って聞いてみた。
「…悪い?」
裕斗は宿題をやらないタイプだ。
というか、勉強自体をやらない人間だ。
居残りの常習犯で、テストでは常に下の順位にいる。
今やっているのは春休みの課題。
どんなに部活が忙しい生徒でも終わるような内容と量なのだが…
「はぁ…」
裕斗はしぶしぶシャープペンシルを動かす。
(邪魔したらアカンかったかな…)
謙介は少し後悔した。
裕斗と一緒に帰るとクラスメイトに行ったため、右隣で彼の課題が終わるのを待っているのだが、それが彼にとって迷惑ではないかと気にしているのだ。
「…勉強内容違うの?」
「え?」
そんな謙介に、裕斗は課題をしながら話しかける。
「大阪で勉強してた内容、てかペース?こっちと違うんじゃない?」
地域や学校のレベルによって、学習進度に差が生じることがある。
裕斗は気を遣って話しかけたわけではなく、何となくそのことが気になった。
「ああ…!問題ないよ!転校前におんなじレベルの高校調べて戸沢高校にしたし、今日の授業でも大丈夫そうやって思ったし!まあまだ始まったばかりやけど!」
謙介は裕斗と話せて嬉しくなり、饒舌になる。
「そうなんだ。てか、なんで俺と帰るって言ったの?」
「いま?!えらい時間差やな!」
高校の話をしてから突然 先ほど気にしていたことを聞いてきたので、謙介は思わず突っ込みを入れた。
確かに、裕斗からすれば一人で教室に残る予定が急に変わったのだから、聞かずにはいられないことだ。
「なんでって…お隣さんやのに全然話せてないやん!俺ら!」
(俺は話す気満々やのに!)
裕斗と話そうとするとタイミングよくクラスメイトに声をかけられてしまう今日のような日が続けば、話さないまま席替えになってしまうと謙介は焦っていた。
「そうだね。でも、俺じゃなくてもよくない?
お隣さんは鶴岡くんの右にもいるじゃん。それに、隣じゃなくてもクラスのみんなと仲良くできてるっぽいし」
裕斗は課題を見つめながら答える。
「それは…そうかもしれへんけど!」
(言い返せないのかよ)
今度は裕斗が心の中で突っ込みを入れた。
「けど俺、白鷹くんと仲良くなりたい!」
「だから、なんで?」
特に運命的な出会いをしたわけではない同性になぜこだわるのか、裕斗は理解できずイラつく。
「お、俺!」
「?」
課題から目を離して右を向くと、真剣な顔をした謙介がこちらを見ていた。
「ほんまは不安やってん。
こっち来てまだちょっとしか経ってへんし、学校もいろいろ考える前に誰かに話しかけられるし、それは嬉しいんやけど、俺も混乱して…ああ何て言うんやろ…」
謙介は話したいことがまとまらず、裕斗の視線に焦る。
しかし、裕斗は課題に戻らず、謙介の言葉を待った。
「白鷹くんとおると落ち着ける気がする。まだキミのことなんも知らんけど、俺もう不安は嫌やねん」
謙介は2人きりの教室で正直な気持ちを伝えた。
(フーン…冗談でごまかしたりしないんだ)
裕斗はいつも通りの冷めた様子だが、目の前の男が自分の想像より軽くないことを理解した。
「自分が不安になりたくないから俺といたいって、自分勝手だな。
俺が一人でいるのが好きだったら、本当に迷惑な注文だぞ」
裕斗はわざとトゲのある言い方で問いただした。
しかし、謙介は笑顔で答える。
「ほら、そういうところ。
白鷹くんって正直でいてくれる」
「・・・」
裕斗はそれ以上何も言えなくなり、また課題に戻りながら話題を変える。
「好きに呼べば?」
「ん?」
「苗字で呼ぶの、好きじゃなさそう」
裕斗は昨日今日の謙介の様子をちゃんと見ていたのだ。
そのさりげない気遣いに、謙介はますます彼に期待する。
「じゃあ裕斗!こう呼ぶな!
裕斗も俺のこと名前で呼んでや!」
「…そう言われると、呼びたくなくなる」
「えぇ?!」
謙介は焦る。距離を縮めているのは自分だけであると言われているようだった。
しかし、
「謙ちゃんって呼ぶね」
「…!うん!」
案外、そうでもないようだ。
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