過去からのタイムスリップ
坂道さんは、少しおかしな趣味を持っていた。それはいわばオカルトなわけだが、坂道さんとあったのはおじいさんの葬式のことであるが、なーんかひっかかる。坂道さんとはもっと小さいころに合ったことがあるような気がするが、覚えがない。
ふと思い出し、坂道さんに聞いて見た。
あごに指を当て天井を見上げる。覚えてないなぁと言った。
「記憶違いか」
そう思い、この話はなかったことにした。
坂道さんの店で掃除を終え、帰宅する準備をしていたとき、思い出したかのように坂道さんは言った。
「そういえば、ボクの知り合いに”小池さん”という学者さんがおった。小池さんに聞けばなにかわかるかもしれん」
小池さんとは、坂道さんがいつもお世話になっているお客さんのひとりだ。坂道さんの人柄を気に入り、ぼくが会いに行くと大抵は坂道さんとお話しているのを見ている。小池さんは一言でいえば金色の髪をした外国人のような人だということ。般若(はんにゃ)のお面をかぶった変わった人だ。
ぼくが挨拶しても小池さんは振り返り軽くお辞儀するだけで会話をしたことはなかった。変わった人だなぁと思ったが、坂道さんも十分変わっていることに気づく。
「どこに住んでいるの?」
「目と鼻の先、あの西洋館に住んでおる」
窓から外に向かって指を差した。山の峠にある大きな屋敷だ。地元民からは『西洋館』と呼んでいるが、いつも人がいるのかいないのか気配がないことから地元民でも怖がって近寄る人はいない。夜に忍び込んだ人がいるにはがらんとしていてなにも置いていないと言っていたほどだ。
そんな西洋館に住みながら部屋に何も置かないとはいったいどんな人なのだろうか。散らかっているのが苦手な人なのだろうか。それとも装飾を嫌ってなにも置いていないのだろうか。想像が膨らませるが大した答えは出てこない。
「一緒に会いに行こう。小池さんの家に入るには度胸が必要やからな」
度胸…? とは…??
坂道さんが少し嬉しそうに微笑んでいた。まるで恋人に会いに行くかのようなそんなウキウキとしていた。
西洋館の前のベルを鳴らし、相手から返事を待たずに坂道さんが中に入った。
「ちょっ、坂道さん!!」
ぼくの方へ振り返り唇に人差し指を当て、静かにせよと合図を送った。
なにか意味があるのかと思い、ぼくは坂道さんの指示に従い、西洋館の中に入る。中は言われた通りがらんとしていた。コンクリートばりに壁紙も色も塗られていない。まるで建てたばかりのようだった。
「ガラガラですね。本当に人が住んでいるんですか?」
「いるよ。ただ、ボクらみたいな客人は苦手なんや」
「苦手? 人見知りか人嫌いとかですか?」
「そんなんだったらよっぽどよかったやんけどなぁ」
柱の影から金色の髪に般若のお面をかぶった小池さんが姿を現した。ビクッと驚き悲鳴を上げそうになった。
「急にすみません。実は、お話が合って――」
小池さんはこちらへといわんばかりに手招きをした。ぼくは坂道さんに振り向くと「さあ、いくで」とぼくの手を引っ張った。珍しく坂道さんの手汗がべったりとついた。緊張している。ドクドクと脈を打っていた。
小池さんは部屋の中で待つようにとぼくらを案内するなり、扉を閉めた。
すると、雑巾でも絞ったかのような身体中から血を抜かれるかのような違和感を覚えた。体から血の気が引くかのような肌に色が薄くなっていく。坂道さんも同様に元々真っ白だったのがもっと真っ白になっていく。ぼくは小池さんに「やめてください」と叫んだ。けど、声はでなかった。息がヒューヒューと出るだけで声が出ない。まるで声だけ取られたみたいだ。
意識が遠のく。深い深い闇の中へと沈んでいく。
目が覚めたとき、そこは洋館の中ではなく、青い原っぱに囲まれた場所に立っていた。
「――一緒についてこい」
微かにそう聞こえた。視界がぼやけ、再び闇の中へと消えていった。いつの間にか眠っていたようで、ぼくはベッドの上で寝かされていた。ソファーに座りお菓子を食う坂道さんを見て、思わず「坂道さん!!」と叫んでしまった。しかも涙声で。
「ボクはここにいるよ」
あいかわらず坂道さんは坂道さんのままだった。ぼくはしばしぼーとしていた。意識がまだここに帰ってきてはいないようで、あの原っぱの中で取り残されているような感じだった。
「――一緒についてこい」
あのとき、そういったのは坂道さんだったのだろうか。声は今よりも若い。
小池さんが暖かいスープを持ってきて、それを飲み終えるころには意識ははっきりとしていた。
「一種の催眠術や。小池さんは催眠術を掛けるのが上手い。ボクでもかかったのか覚えておらん程や」
「催眠術…」
「なにか、思い出したか?」
「……誰かはわかりませんが、”一緒についてこい”って言っていました。ただ、その先は覚えいないのです」
坂道さんと小池さんは不思議そうな顔をしていた。
「催眠術でもわからんとなると……やっぱり」
小池さんは頷き、坂道さんは目を瞑り深くうなずいた。
「勇真君、また来よう。今度はきっと思い出せるはずや」
「はい」
ぼくは小池さんにお礼を言い、家路についた。
それからというものの、坂道さんは毎日のようにぼくを連れて西洋館へと足を運んだ。
ぼくが記憶を取り戻そうと必死になっている姿に、少し心を痛めたのか、それとも気になることがあったのか、ぼくを連れていくときはいつもと違った表情をしていた。
ぼくは、あの日以来、ずっと西洋館の前にいる。
そして、今日もまた、ぼくらは西洋館の前に来ていた。
パシっとなにかにひっぱたかれるかのように転がった。頬が痛い。触ってみるとズキっと痛みを感じた。
「え……」
目の前には西洋館があったはずなのにあるのは坂道さんのお店があった。どういうことなのだろうか。さっきまで西洋館の前まで来ていたはずなのに。
カバンに目をやる。そこにてるてる坊主がいた。どうやら彼が助けてくれたようだ。
「な、なにが…どうなって…」
わけが分からない。西洋館の前にいたはずなのに。なぜ坂道さんのお店があるのだろうか。それに坂道さんの姿がどこにも見当たらない。店の中に入るが、そこは坂道さんのお店ではない。緑色に染まった原っぱ。周りは山々と囲み、空は晴天日和。雲はあるが、動いていない。まるで箱庭の世界に閉じ込められたかのようだ。
「ぼくは、いったい…いつからここに…!?」
てるてる坊主が誘導するかのようにぼくを引っ張る。導かれるままに歩いているとそこには西洋館があり、入り口には小池さんが立っていた。
「――一緒についてこい」
小池さんはそう言うと、西洋館に向かって歩いた。後姿は小池さんそのものだが、本能的に違うのだと否定している。てるてる坊主を見やる。てるてる坊主は微動だにしなかった。
「いったい誰なんだ! どうして、ぼくを……いや、ごめん」
ぼくはこの声の主をいま、はっきりと思い出していた。どうして忘れてしまっていたのだろうか。どうして忘れようとしていたのか。ぼくはその声の主に向かってこう呼んだ。
「じいちゃん」
ふわっとまるで草葉が舞うように原っぱはきれいに空に向かって飛んでいった。真っ白い空間だけが残った。
幻影なのか蜃気楼なのかじいさんの影が見えた。姿は昔、一度だけあったころの姿をしていた。じいさんは「一緒についてこい」といい、ぼくの手を引っ張った。その先にあるのは例の祠だった。
瞼を開けると、顔は涙と鼻水でいっぱいだった。
小池さんと坂道さんが怪訝そうな顔つきで覗き込んでいた。
「良い夢をみれたかい」
「はい」
「もう忘れてはだめだよ」
「は……ひぃ……」
あの時は涙一粒も出なかったのに。ワンワンとこの場で泣き崩れた。最愛の人を失いその悲しみがどこかへ置いてきてしまっていた。その悲しみがまるでタイムスリップしたかのようにぶり返してきた。
「暖かいスープでも飲んで今日は、泊っていきなさい」
小池さんのお誘いに黙って「はい」と頷いた。
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