未来へタイムスリップ
ぼくの友人には物珍しいものを扱う古美術商をしている人がいる。坂道の途中にあるから『坂道さん』と呼ばれている。その友人に呼ばれ、ぼくは遠出ながらも自転車でそこへ向かっていた。
いつもなら電車やバス、もしくは坂道さんの車で来るのだが、今日は別の方法で行くことにしていた。自転車で店までどんな感じなのかを検証してみたく一人で動画をとるために運転を開始した。
最初は住宅街を通り、商店街、また住宅街、団地といった人通りあふれる道を進んでいた。最寄りのバス停を通り抜け坂道さんの店があるであろう坂道に到着し、「うへぇ~」と思わせる出来事に遭遇した。
「んだよこれ…」
いつもは通り抜けられるはずの坂道が交通トラブルのため、警察官たちが道を封鎖していた。近くにはパトカーが止まっており、この先で何かあったのであろうと思った。事情を聞いて見るというのもあったが、変なことに首を突っ込みたくなかったので別の道を探すことにした。
この坂道とは別の道を進むとなると二つの通り道がある。ひとつは坂道の反対である山の方、西洋館がある方から下っていくという道だ。この道は比較的に安全で西洋館という……まあ廃墟さえ見なければ問題なく通れる。
もうひとつの道はトンネル。西洋館を下る道と坂道さんの道の間に古いトンネルがある。車は通れないほどの狭さで付近の住民でさえもよっぽどのことが無い限り使うことはないほど荒れ果てている。普段は暴走族や不孝(ふこう)者が立ち寄りとして利用されているため、坂道さんもこのトンネルは来たくないと言っていた。
坂道さんに連絡し、どちらから行くかと聞こうとしたが、……つながらない。何度かけてもつながらない。なにか用事でもあるのだろうか。電話を切ってまずは西洋館がある反対の道を行くことにした。
しばしば進んでみてやっぱトンネルへ引き返そうと思った。なぜなら西洋館へ進むには反対の山を抜ける必要がある。高速道路を使えばあっという間につくのだが、自転車ではさすがに難しすぎる。なによりも蛇行運転であるぼくの操作力では別の意味で警察のお世話になってしまう。
それにわざわざ時間をかけていく必要もない。
トンネルは割と近い。ここから数分といった先にある。普段からトンネルを使う機会はないのだが、いずれ使ってみたいとも思っていたしいい機会だと自転車を走らせた。
トンネルはそこまで荒れ果てていなかったが、草むらがトンネルを隠すようにして生えている。整備する人がいないのだろうか。根っこが上からぶら下がるようにして垂れ下がっている。草むらをどけて入ろうとすると中は思っていたほど明るかったが、水のハケが悪いのか所々水が溜まっている。
やっぱ帰ろうかー…と思ったが、ぼくの後ろに別の人が歩いてきた。スーツ姿の会社員だ。メガネをかけているが曇っている。マスクをかぶり素顔は見ることはできない。ネクタイを整え、そのトンネルの中へと入っていった。背中は汗でぐっしょりとぬれている。
「あの人も入っていったし、まあ大丈夫だろうな」
先客がいると思うと少し安心した。会社員がつかっているんだ。このトンネルは普段から使われている。素行が悪い人であろうが何だろうか関係はない。その会社員に感謝しながら自転車を押しながらそのトンネルに入った。
少し違和感を覚えた。トンネルへ入ってから十数分と立とうとしているのだが、一向に出口にたどり着かない。距離は500メートルもない。ましてやそれほど遅く歩いているわけでもない。どういうことなのだろうか? 一向に不安がのしかかってくる。
「君、なにしにここへ?」
誰かに呼び止められ振り返った。が、誰もいない。
おかしいなと思い、自転車を押して歩くが、会社員どころか人の気配すらない。まるで最初からいないような嫌な予感がしてくる。
「おかしい、いったん引き返そう」
自転車の向きを変え、来た道を引き返す。
すると、カバンに入っていたてるてる坊主が突然チャックを開けて飛び出してきた。目の前に飛び出て自転車のかごの中身に見事着地したときは小さく悲鳴を上げた。
「はやく、乗るんだ!」と催促されるかのようにてるてる坊主は誘導している。ぼくは自転車にまたがると急いでこのトンネルを抜け出そうと急いだ。漕いでいる最中、ふと鼻をつまんでみた。もしかしたらと思い、その行為は的中した。鼻をもぐような異臭がトンネル内を立ち込めている。いやこれは胃の内容物を吐いたときの臭いと似ている。
思わず吐きそうになるが吐いてしまったらとても良くないことが起きる気がした。必死で我慢してトンネルを抜けると、そこには会社員がたっていた。先に入ったはずの会社員がなぜかそこに立っていた。ただ違うのは、汗でぐっしょりと濡れていた体は増して服全体を濡らしていた。そして悪臭も放っていた。
「君、大丈夫だったか!?」
会社員はその臭いを拭くかのようにカバンからアルコール除菌を出して拭こうとしていた。どうやら、ぼくと会社員は大変なことに巻き込まれていたようだ。
「このトンネルおかしいよなぁ~。歩いても歩いても出口につかないんだ。しかも、奥へ進むたびになんだか暑くてね。もう我慢ができなかったから引き返したんだよ。そうしたら、後ろからついてきていたはずの君がいなくて、もしかして違う道に入ったのかなって思って引き返したんだよ。そうしたら、後から君が出てきた。このトンネルは複数分かれ道があるのかい?」
「いえ、一本道のはずですよ」
「…そうだよなー。普段から使っているはずなのになー…まあ、別の道を探すよ。それにしても奇妙だよなー。まあ、オカルトチャンネルにでも書き込んでみるか」
そう言って会社員は去っていった。あの汗、あの臭い、そしてトンネルから漂う臭い。まるでこのトンネルは生きている生物のようだ。ぼくたちはソレの中へと入ったかのように服にしみ込んだ悪臭からそう考えざるえなかった。
自転車のかごの中にいたはずのてるてる坊主はいつの間にかいなくなっていた。どこかへ落したのかと思ったが、ちゃんとカバンの中に入っていた。
「こいつが、助けてくれたんだよなー……おーい」
試しに話しかけてみたが、なにも返ってこなかった。
坂道さんならなにか知っているのではないかと思い、もと来た道を引き返した。すると先ほどまでいたパトカーはいなくなっており、警察官もいなかった。近所の人がいたため、話ししてみた。
どうやら、失踪した人がいたらしく、その調査で来ていたみたいだった。家を出て一晩帰ってこないと不審に思った家族が連絡したらしい。警察に話しを聞いていたところ、その人が帰ってきたのだと。
その人は不思議そうな顔をしており、「なんかあった」と家族に詰め寄っていたそうだ。
近所と話しているとその人が出てきた。ぼくはびっくりした。
なんとあのトンネルで出会った会社員の人だった。さすがにスーツは着替えて、風呂上りなのかパジャマ姿でベランダから牛乳を飲んでいた。
ぼくに気づいたのか、会社員がぼくに手を振った。
「大丈夫だったか?」
なんの話なのか分からなかった。
会社員はちょっと話そうかと玄関前まで来て話してくれた。とても気さくで優しそうな人だった。近所からもボランティア活動を熱心にしてくれる善い人だと語っていた。
「どういうわけか、一日たっていたんだ」
「え、どういうことですか…?」
「スマホの時刻を見たら一日たっていたんだ。おかしいよね、おかしいと思うんだが、オレなぜか未来へタイムスリップしていたらしい……まあ、一日だけだけどね」
流石にスマホを見せるのはよくないので、カレンダーと玄関から見えるテレビに向かって指さしていた。するとぼくは「あっ」と声が出た。日付が更新している。昨日は土曜日だったのに日曜日になっていた。ぼくは絶句する。
「オカルトチャンネルにも聞いたんだけど、あのトンネルについては一切なにも書かれていないんだ。それどころかあそこは前々から閉鎖されていると書かれていたんだ。変だろ。それで、今日行ってきたんだ。そうしたら閉鎖されていたんだ。フェンスでガッチリと固定されていた。開いていたなんて思えないほどさ。夢でも見ていたのかと思ったんだが、君を見て思わず手を振ったんだ。証明してくれる大事な人が現れたんだ」
会社員の話を聞き終えたぼくは、もう一度トンネルの方へ走っていった。
そこにはフェンスで固定されたトンネルがあった。トンネルの先はコンクリートで流したのであろか行き止まりになっていた。フェンスは人の手では動かせないほどガッチリしており、高圧電流が流れていますという看板と共にここの管理をしている会社名が記入されていた。
ぼくは鼻をつまんでみた。臭いはしなかった。息ができなくなりそうで苦しくなりすぐ放した。
「坂道さんなら、なにか知っているのかも……」
ぼくはすぐに自転車を走らせた。案の定、坂道さんは不機嫌な顔をして待っていた。
「遅いよ。君の分なくなっちゃったよ」
テーブルの上に置かれていたであろう菓子箱は空になっていた。
「あの、坂道さん…実は……」
いまいまあったことを話した。
すると眉間をしわ寄せた。坂道さんは店の中にあった籠を持ってきた。中にはヘビのような模型が入っていた。
「なんですかこれ? 蛇ですか?」
「ちゃう。こいつが原因や。昨晩逃げられたんや。それで逃げた先を追っていったら例のトンネルの前でくるくる回っておったから回収したんや。なんで回っておったんかは不明や。けど、トンネルに潜んでおったもんがこいつを取り押さえるのを手伝ってくれたんやと思う」
「コイツはなんなんです?」
「この子はね、知り合いから譲り受けたんや。扱いにとても困った子で普段は籠の中で留守番してもらっているんや。だけどしょっちゅう抜け出しては悪さをする。この子は困ったことに人を飲み込もうとするんや。まあ、臭いに気づいて大抵は獲物は捕まらないんやな」
あのトンネルの臭いはこのヘビの模型からしていたみたいだ。模型であるということとお土産屋でよく見るヘビのおもちゃと似ている。
ふと、気になることを言ったいたことに気づいて、そのことを尋ねた。
「トンネル?」
「お、もしかして同じだと思っていたんか? あのトンネルには守護みたいなもんがおってな。まあ、いずれ合わせてやる。この店を守ってくれる女将(おかみ)さんみたいな人だから」
そう言って坂道さんはレジスターの下の金庫にあったお菓子袋を取り出してきた。とっておきといわんばかりに高そうな見た目をしていた。
「実はな、買い手が見つかって、たーんと支援してくれてな。そのお菓子ももらったんや。勇真君も食べてもらいたくて呼んだんだが、来なかったもんで食べてしまったんや。けど、このお菓子は近所の人からくれたんや。いつもウチのお店の片づけを手伝ってくれている優しい人なんや。普段は汗だらだらの会社員なんだんがな」
あ、あの人かとすぐに分かった。坂道さんは上機嫌ではなかったが、お菓子袋を開けるなりほれっとぼくに渡してきた。ぼくは、受け取るとなにを思ったのかカバンの中にいたてるてる坊主にも上げた。
坂道さんはにこにこと笑っていた。
「その子は君のことが好きなんやな。だから助けてくれたんやな。ボクはここを離れられない時が多い。そのうえ、すぐに助けにいけん。だから、少し羨ましいと思うん」
坂道さんは笑っていたがその表情からは少し哀しそうだった。
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