6皿目 サーモン
……結城、先生?
あ、うん、ママから話、聞いているから。
……入っていいよ。
ああ、本はたくさんあるんだ。ママも、おじいちゃんも買ってくれるから。
別に見てもいいけど、本、好きなの? ……ふうん。
いろいろある、っていうか、読みたい本しか買ってないし。
……その本? なに? 「星屑から生まれた世界」。
うん、読んだよ。難しくはなかったけど。
専門書ってこういう書き方でしょ?
そう思って読めば別にマンガとかと変わらないし。ちゃんと難しい漢字にはふりがな、ふってあるし。
元素の話と生命の生まれ方の話がいっしょになっているのがおもしろかった。絵も多いし。こういう系の本って、化石の話題になりがちだけど、そうじゃなくて今生きている生き物の話につながるのがおもしろかった。
その本が説明していない宇宙から来た生命の話がたしか本棚のそっちのほう……
ねえ、家庭教師にこんな話、必要?
……うん、理科は好きだよ、もちろん。
国語と数学も。英語は少し苦手。っていってもできるけど。
なに。
うん、学校には行ってないけど。
いじめ? ママにも言ったけど、それ、関係ないから。
……え。
あ、うん、えっと。
……かわいい、のかな。
うん、このブラウス、かわいいよね?
リボンがね、こことここにあって。
スカートもね、布がすごく柔らかくて、こうして動くと……
ね? 広がってきれいでしょ?
ウエストの後ろ、編み上げになってるのが可愛いでしょ?
制服なんかつまんない。
こんな服で学校行けたらいいのに、って。 ……あ。
……別にそれが理由じゃないし。
これ? ママが買ってくれたの。
えっと、「私、こういうフェミニンな服が似合わないから、あなたが着るとすごく楽しいわ」って。
ママ、あんまり問題を深く考えてないよね。
……考えてくれてる? まあ、たしかに家庭教師を頼むのはそうなのかも。
ママは自分で勉強することで今の生活を手に入れた……
それはそうだよね。うん、話はおじいちゃんからも聞いてる。
……私の子だから、きっと自分で自分の人生を切り開いていけるでしょ、って?
ママに言われたら、う~ん、そうだね、っていうしかないかも。
反抗、みたいな気分にはならないよ。前にちょっとバトったけど。
ママのこと、好きだし。
別に、学校の先生とかも嫌いじゃないし。
……大人は嫌いじゃなくて。
うん、なんかクラスの人たちがガキっぽくって、嫌になったんだ。
すぐに群れるし。
自分の意見とか、言わないし。
誰かの言ったことにすぐに流されて、自分の考えとか持ってないし。
……少しでも周りと違うと、すぐに騒ぎ始めるし。
めんどくさくて、もう行かなくていいかなって。
勉強なら通信使って自分でできるし。
だからどうしてママが家庭教師を頼むことにしたのか、分からないんだ。
……こうして誰かと話をすることが必要、なの?
通信でも向こうの先生に質問とかできるけど。そういうんじゃないんだ。
分かんないけど、でも結城先生は話しやすいって思う。
ね、先生が得意な教科ってなに?
社会? ……歴史とかかあ。
うん、苦手。なんかつながらない単語をただ覚えるだけみたいで。
あ、本棚でバレてた? ないよね、歴史系の本。
え、本屋って、これから外に出かけるの? ……このまま?
それもママに頼まれたの?
……うん、あんまりっていうか、ぜんぜん外に出てない。
え、でも……、結城先生と一緒なら大丈夫かな。
……えっと、あの、ね、本屋の帰りに、……駅前の回転寿司に行きたいんだけど。
先生、もう一人、家庭教師してるでしょ?
あの子とはLINEで時々話、するの。
この間先生とお寿司食べた! ってイクラの写真を送ってきたんだよ、ほら!
……こっちのゴリラみたいなヒバゴン、って何? 先生、知ってる?
ママが買ってきてくれるお寿司はおいしいけど、……自分で好きなのを選んで食べてみたい。
大丈夫だよ、おこづかい、あるし!
あのね、サーモン。サーモン食べたい。サーモンにも種類があるんでしょ?
炙りとか、トロとか、オニオンサーモンとか、サーモンマヨとか。
うん、サーモン、好きなの!
ね、先生、知ってる? サーモンって白身魚なんだよ。
小さいエビとかを餌にしているから、そのエビの殻の色で紅くなってるんだって。
白身魚も赤身魚も、サーモン自身にはそんな区別なくて、人間側の勝手でそう呼んでいるだけなんだよな、って、そんなところも、好き。
……あのね、一昨年から、僕が通っている中学校で、女子の制服がスカートとパンツ、選べるようになったんだ。
じゃあいいのかな、って、僕がスカートの制服で学校に行ったら、なんか、いじられた。
おかしくない? 女子には選ぶ自由があって、男子にはないんだ。
だけど制服の問題なんて、勉強にはそもそも関係ないじゃん。
っていうことを、いじってくるやつらに言ってもぜんぜん通じないんだよね。
ばからしくなって。
うん、学校行ってないのは、それが理由。
ママも、周りとは違ってしまうことの生きづらさってやつを分かっているから、僕の好きにさせてくれてるんだと思う。
親子だよね、どうしようもなく。
そうだ待って、先生。この間ね、ママが今シーズンのサンダルを買ってくれたの!
それ履いていくから、クローゼットから出してこないと。
すぐに行くから、玄関で待ってて!
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