北の深淵、その最奥に眠るもの

橘 紀里

【調査報告1】北部山岳地方にて発生した大穴について

【担当地域】ガイナ山岳地帯 ダレンアール

【調査目的】

 先の大戦中に魔力の暴走を受けて発現したと見られる大穴の詳細及び人的、物的被害とその後の影響について。


【これまでの調査報告】

 イェルナ歴二百八年、花の月、十五日。


 長老会議の決定により、使者として旅立って二月。かねてより警告されていた通り、現地は大地の精霊の加護の厚い森に包まれている。ふもとの村では、ダレンアールには招かれた者しか入れない、使者であるならば、まずはその旨を村に伝え、迎えを寄越してもらわねばならぬ、と誰に訊いても同じ答えが返ってきた。

 村を囲む森にはこれといった名はなく、ただ深い森、と呼ばれている。不可視の未来を見通す先見視さきみの幻視も、精霊使いのたかの術も通さぬその森は、招かれずに入れば命の保証はない——のかといえばそうでもなく、しばらくぐるぐるとさまよわされた挙句、気がつけば入り口に立っているのだという。

 今回の調査は一刻を争うというようなものでもない。村人の勧め通り、話を聞きながらダレンアールの者たちがやってくるのを待つことにする。


 彼らは大地の一族とも呼ばれ、この地の精霊とのえにしが深い。山と森と共に生き、山野の実りや薬、毒にも詳しい。数日おきに山から下りてきては、塩や香辛料、その他細々こまごまとした日用品と山の獲物や薬との取引を行っているが、時には薬師としてばれることもあるという。故に麓の村人からは畏敬と敬愛の念のどちらをも向けられているようだ。


 肝心の『大穴』、あるいは『亀裂』については、誰もが口を閉ざしている。それは禁忌の術にまつわるためというより、単純に多くの犠牲が出たことへの哀悼あいとうの意が強いようである。いずれにしても、ダレンアールの住民に直接尋ねる方が確実であろうから、面会出来次第また報告書に追記することとする。


 調査担当者 エネア・オルランディ

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