62話。迷惑行為をした貴族、カルに土下座する
「わはははははぁ! 見目麗しい娘がいるではないか!? よし、このボクの供をすることを許してやろう!」
その時、海パン姿の尊大な少年が、ティルテュとアルティナに話かけてきた。
「はぁ……? なによ、あなた?」
ティルテュが露骨に不快そうな顔をするも、少年は構わずに続ける。
「ボクはグランツ伯爵の嫡男、ケビン! 1年後に開校される王立魔法学校の特待生候補として、偉大なるカル・アルスター子爵閣下にお招きされた男だ! いずれ、カル様の右腕として、世界に名を轟かすであろうボクと遊べるなんて、お前たちは実にラッキーだぞ!」
「ああっ、グランツ伯爵のご嫡男でしたか。魔法の才に優れていらっしゃるということで、本日は顔わせのために来ていただいんですよね」
グランツ伯爵家は、魔法の名門貴族だ。他の生徒に先駆けて、なるべく早く僕に修業をつけてもらいたいと、彼の父親から頭を下げられた。そこで、本人に直接会ってみることにしたのだ。
「なんだ、貴様などに用はない! 控えよ下郎!」
ケビンは僕を不愉快そうに怒鳴りつけた。
あ、あれ? もしかして、僕が誰だか、わかっていない……?
「おい、なんじゃと?」
アルティナが怒気を膨らませる。
「あなた、今、自分が何をしたかわかっているの!? たかが伯爵風情の分際で! 私は人魚族の王女ティルテュよ。カル様の未来の妻である私の前で、よくもそんなフザけた口がきけたものね!」
「いや、未来の妻じゃないって……」
「おおっ、これは失礼をば……! 人魚族の王女殿下でございましたか!? 噂に違わぬお美しさ。あなたのような方に想いを寄せられるとは、カル様はやはり偉大なお方だ!」
ケビンはティルテュに頭を下げると同時に、僕に命令した。
「おい下郎、喉が乾いたぞ! ボクの好きなオレンジジュースを持って来い! 氷の魔法でキンキンに冷えたヤツだぞ!」
「はぁ!? 海水でも飲んおれ!」
「ほげぇええええ!」
ケビンはアルティナに突き飛ばされ、海に叩きつけれて盛大な水柱を上げた。
「おいアルティナ、いくらなんでも、やりすぎだぞ……?」
「ふん。この手のアホには良い薬じゃ。それに手加減はしたぞ」
「な、な、なにをするんだぁ! ボクが天才魔法使いでなければ、溺れ死んでいたところだぞ!」
ケビンは風の魔法で、空中に飛び出して静止した。
「へぇ〜。なかなかの魔法だね」
空中静止は、魔力のコントロールが難しい魔法だ。僕はちょっと感心してしまった。
「美しい娘だと思って声をかけてやったのに、よくもこのボクに無礼を働いてくれたな!? その水着をズタズタに切り裂いて、恥をかかせてやる!」
ケビンは風の魔法詠唱して、アルティナに撃ち込んだ。これは相手を殺傷するための強力な攻撃魔法だ。
僕はそれを基礎魔法【ウインド】の魔法で、かき消す。
「なぃいいい!? ボクの魔法が!? え、詠唱をしなかった? 無詠唱魔法だと!?」
「……ケビン・グランツ殿。殺傷力の高い魔法を人に向かって撃つとは、どういうおつもりですか? 相手がアルティナではなかったら、大怪我をしているところですよ」
僕はケビンを叱りつけた。
冗談では済まされないことを彼はしたのだ。
「アルティナとは……ま、まま、まさか、この娘が冥竜王!? それに今の魔法はは、もしやお前も特待生候補か!? 名門貴族であるボクを差し置いて、先にカル様の指導を受けるなんてズルいぞ!」
ケビンはまだ僕が誰であるかわかっていないようで、トンチンカンなことを言っていた。
特待生とは、僕が直接指導を担当する生徒のことだ。
「ケビン! こんなところにいたの!? カル兄様が午後からお会いしてくれるそうだから、上がって正装に着替えて!」
すると妹のシーダが走ってきた。彼女も連日、海水浴を満喫しており水着姿だった。
「おおっ! シーダ侯爵令嬢ではありませんか!? 相変わらずお美しい! いよいよカル様にお会いできるとは、光栄の極み!」
ケビンは砂浜に着地すると、僕を怒鳴りつけた。
「おい、下郎。道がわからなくなったぞ! 宿まで案内し……ほぐぅううううう!?」
「このバカ!」
シーダの飛び蹴りを喰らって、ケビンは再び海に水没した。
「カル兄様に、なんて口のきき方をするんだ!?」
「こばぁ! はぁ? ま、まさか……この下郎、いや、このお方が……!?」
海から顔を出したケビンは、驚愕に顔を引きつらせた。
「ええっと、僕がカル・アルスター子爵です。はじめまして。ケビン・グランツ殿」
「はぁいいいいい!? もっ、ももも申し訳ありません!」
砂浜に上がったケビンは、慌てて僕に土下座した。
「あなた様が、シーダ侯爵令嬢の兄君にして、大英雄カル・アルスター様とはつゆ知らず、ご無礼をいたしましたぁ! なにとぞ、これよりのご指導ご鞭撻のほどを!」
「……残念ですが、人格的に問題がある方を、僕が教える王立魔法学校に入れる訳には参りません。入学はお断りしますので、お引き取りください」
僕はきっぱり断った。
ケビンはアルティナを傷つけようとした。それは許せるものではない。
それにこの調子だと在学中に、他の女の子にも、セクハラや暴力を振るうことは目に見えていた。
「なぁっ!? そっ、そそそ、そればかりはお許しを! ボクは父上の期待を一身に背負って……! 魔法の名門グランツ伯爵家の名にかけて、なんとしても無詠唱魔法を習得しなくてはならないんです!」
青ざめたケビンは、ペコペコとスゴい勢いで何度も頭を下げた。
だけど、僕の答えは決まっていた。
「女の子にいきなり攻撃魔法を撃つような方は信用できません。僕の無詠唱魔法を悪用されたらたまりませんので、お引き取り願います」
「ひゃぎゃああああ! どうか、どうかお許しぉおおおっ!」
ケビンは泣きながら何度も何度も謝罪した。
だけど、強大な力を信用のできない者に渡すのは、危険極まりないことだと僕は痛感していたので、許さなかった。
僕の教え子がレオンのように味方を撃つような愚行に走ったら、目も当てられない。
王立魔法学校の校長となるからには、生徒は厳選しなければならないと思う。
「さすがはカル様だわ! やっぱりカル様こそ、大海を支配する王に相応しいわ!」
ティルテュが僕に抱き着いてきた。
「こら! おぬし、隙あればカルに密着しようとするのは、やめるのじゃ!」
「カル兄様! 午後の時間が空いたなら、私にマンツーマンで魔法を教えてよ! ねっ、お願い!」
さらに、アルティナとシーダも僕にひっついてくる。思わず、鼻血が吹き出そうになってしまった。
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