63話。番外編。聖竜セルビアの陰謀を無自覚に防ぐ

【聖竜セルビア視点】 


 私、聖竜セルビアは偉大なる聖竜王様の腹心よ。

 ……だけど、この前まんまとカルに騙されて大敗北し、ドラゴン仲間からは『人間ごときに負けるとは、聖竜のとんだ面汚しよ』と嘲笑されたわ。

 

 くぅうううっ、今に見ていなさい。

 カルの陣営を壊滅させるために、アルスター島に潜り込んで、その情報を丸裸にしてやるんだから。


 いくつもの王国を内部から崩壊させてきたこの【白翼の魔女】を侮らないことね。

 という、訳で……


「あはははははっ! ほら! ミーナ、そっちに行ったわよ!」


 私は大はしゃぎで、飛んできたビーチボールをトスして、猫耳少女ミーナに打ち返した。

 ここは、アルスター島の砂浜よ。

 私は水着姿で、猫耳族の女の子たちと戯れていた。


「にゃーん! シルヴィアさん、パスですにゃーん!」


「うわっ、とと! やるわねぇ!」


 ビーチボールを砂浜に落としたら負け。というルールで私たちは遊んでいた。

 もちろん、本気で楽しんでいる訳ではないわ。バカンス客に溶け込み、敵を油断させるためのフリよフリ!


 私は砂金のように輝く自慢の金髪を、銀髪に染めて変装。貴族令嬢の身分を偽り、バカンス客としてアルスター島にやって来た。


 名前もシルヴィアと偽名を使ったおかげで、誰も私が恐ろしくも美しい【白翼の魔女】だとは気づいていないわ。

 ふふーん、優雅で知的な私は、変装だってお手の物なのよ。


「シルヴィアさんの負けですにゃーん! ジュース、ゴチになりますにゃん!」


「うん、もうしょうがないわね!」


 負けたらジュースをおごるという罰ゲーム付きだったので、テンションが上がる。

 アルスター島に自生している天然の果物から作ったジュースが、これまた格別に美味しいのよね。

 犬型獣人イヌイヌ族が経営している海の家で、みんなで仲良くジュースを買って飲んだ。


「うわっ、キンキンに冷えてますにゃ!」


「きゃぁああ冷たい!」


 氷の魔法で冷やされたジュースが、火照った身体に心地良い。

 ちなみにお金は、聖竜王様から必要経費として出されるので、私の懐は痛まないわ。


 もう最高よね。今までの過酷な任務で溜まった疲労が、洗い流されて行くのを感じるわ。

 

 アルスター島のリゾート最高。ステキな場所よね。

 ああっ、もう何ヶ月でもここにいたいわ……

 

「って、はっ……! つい任務を忘れて楽しんでしまったわ!」


 パラソルの下のベンチで、まったりお昼寝休憩していた私は我に返った。


「にゃー、にゃー、もうお魚にゃ、食べれませんにゃ……」


 隣では猫耳少女ミーナが、ベンチに横たわって、だらしなくグーグー寝ていた。

 ここにやって来て、もう5日ほど経っているわ。そ、そろそろ成果を出さないと、マズイわね……


 私はここ数日、島を調べて立ち入り禁止区域になっている場所を発見していた。


『立ち入り禁止。魔法の修業エリア。入ったら死にます! 命の保証なし!』


 と赤い文字でデカデカと書かれていたけど……

 ふんっ、神に近いとされる聖竜である私にとっては、人間の修行場なんて別に危険でも何でもないわ。


 迷子になったフリをして、立ち入り禁止区域を探索してやるとしましょう。もしかすると、トンデモナイ秘密が隠されているかも。

 ふふふっ、暴いてやって聖竜王様にお褒めいただくのよ。

 そう思って、私はいそいそと出発した。


「えーっと……ここね」


 立ち入り禁止になっている岩場にやってくる。

 さすがに、周囲に人はまったくいないわ。魔法の修業というのは、どのあたりでやっているのかしら?


 そう思ってキョロキョロしていると……空を覆うような巨大な火の玉が、轟々と音を立てて落ちてきた。


「はっ……?」


 あまりに非現実的な光景に、私は一瞬、硬直してしまう。


「おわぁああああ! なんなんのよぉおおお──っ!?」


 あんなモノの直撃を受けたら、死ぬわ。

 空間転移の発動には、数秒を要する。

 私はより早く発動できる【聖竜盾】(ホーリーシールド)の魔法障壁を多重展開して、必死にガードした。


どどぉおおおおおーん!


 直後、大爆発が起こって、私は木の葉のように吹っ飛ばされる。


「きゃあぁああああ!?」


 ゴロゴロと岩場を転がった私は、大岩に激突して止まった。


「痛ったたた……水着でなんて来るんじゃなかったわ」


 全身がひどく痛む。

 今のは本気で命の危険を感じた。

 私が上位聖竜じゃなかったら、100%死んでいるわよ。


 よく見れば、あたりはクレーターのような大穴がいくつもできていた。おそらく、今の魔法を放ってできた穴だわ。


 地形さえ変えてしまうなんて、非常識な威力!

 見たことも無い魔法だけど、もしかして、カルのオリジナル魔法かしら……?


「すみません、大丈夫ですか!? 生きてますか!?」


 すると、飛竜にまたがったカルが私の目の前に降りてきた。


「ここは立ち入り禁止エリアですよ!? とにかく、この回復薬を飲んでください!」


 一瞬、ギクッとしたけど、カルは私の正体には全く気付いていないようだった。

 私の変装は完璧だから、当然ではあるけどね。


「あっ、ありがとうございます……!」


 素直に回復薬の小瓶を受け取って、あおる。

 ふっ、私が誰ともわからずにバカなヤツ……


 えっ?

 そのとたん、手が痺れ、思わず回復薬を地面に落としてしまう。

 身体が内側から焼けるような猛烈な痛みが襲ってきた。


「良かった。これは今売り出し中の【再生竜水(ヒールドラゴンウォーター)】の改良版です。どんな生物のどんな怪我でも治しますが、ドラゴンにだけは猛毒になるようにしたんですよ。これを作るには、毒と回復の両方の魔法術式を……ぺらぺら」


 カルは楽しそうに解説した。

 なんですってぇえええ!?

 ま、まさかコイツ、私の正体に気付いてこんな手の込んだ攻撃を?


「あれ? お顔が真っ青ですよ。もしかして、気分でも悪いのですか? おかしいな……」


 カルが私の顔を心配そうに覗き込む。

 演技だとしたら、大した役者だわ。とにかく逃げなくては……!


「わっ、わわわ、わたし! お腹痛くて! お花を摘みに行ってきますぅうううう!」


「えっ……?」


 トイレに行きたいという美少女にあるまじき理由を告げると、私は脱兎のごとく逃げ出した。

 そのまま、草むらに飛び込むと同時に、空間転移で隠れ家まで長距離ワープする。


「くぅううう……! やってくれたわね! 次を見ていなさい!」

 

 私は究極の回復薬【エリクサー】を棚から取り出して一気飲みする。痛みが引いて、ようやく人心地がついた。

 それにしても。


「うぅうううっ! せっかくの私のバカンスがぁあああ!」


 私の嘆きが部屋にこだました。

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