59話。兄レオン、領地を召し上げられて罪人として投獄される

【兄レオン視点】


「ヒャッハー! ついに俺様の時代が来たぜぇええ!」


 俺はついに念願のヴァルム家当主の座を手に入れた。

 なんだか良くわからないが、王家の命令で、急遽、父上が更迭されたのだ。


 なんでもアルスター家と揉めたのが原因らしいが……詳しい話は極秘だとかで、教えてもらえなかった。


「まぁいい。当主になったら、領内のすべては俺のモノだ! ひゃははははっ!」


 俺はひとりで、所領の村に向かった。本当は箔付けのためにも、何人か家臣を引き連れて行きたいところだったが……


 みんなアルスター家に仕えるとか抜かして辞めていった。そのせいで、ヴァルム家は人手不足になっている。

 腹立たしいことこの上ねぇが、ひとりで行くことにする。


「こ、これはレオン・ヴァルム様、このような村に何用でしょうか?」


 俺が村に到着すると、村長が媚びへつらった笑顔で出迎えた。


「この村にいる若い娘を全員、差し出せ! 味見して気に入ったヤツは、俺の妾として連れ帰る! 貧乏娘どもにとってはこの上ない朗報だろ?」


「な、なんとご無体な! 娘たちを我々から、無理やり取り上げるということですか!?」


「うるさい黙れ! お前らは天才ドラゴンスレイヤーであるこの俺が、聖竜王から守ってやっているんだぞ! 見返りに娘を差し出すくらい当然だろ!? むしろ喜べ! この俺が抱いてやろうってんだぞ!?」


 俺は反発する村長の右腕を、剣で叩き斬った。


「ぎゃああああっ!?」


「ひゃはははは! このレオン様に逆らうとこうなるんだよ!」


 これこれ。弱者をいたぶるのは、最高の快感だよな。

 竜の相手なんざ、やってられるかっつーの。そんな危険な仕事は家臣に任せて、俺はかわい子ちゃんとニャンニャンだ。これこそ領主の醍醐味だぜぇ。

 

「きゃああああ!? お父さん! な、なんてことを……!?」


 若い娘がボロ家から飛び出してきて、俺をキツく睨みつけた。

 へぇ~っ、少しばかり身体は貧相だが、顔は悪くねぇな。


「よくもお父さんを! あなたが新領主!? 山賊の間違えじゃないの!?」


「へへへっ、いるじゃねぇか、俺好みの娘がよぉおおお!」


 気の強い罵声を浴びせられて、俺は逆にゾクゾクした。

 こういう勝ち気な平民娘を、無理やり屈服させるのが、俺は大好きだ。


 システィーナ王女や貴族令嬢たちから、さんざん嫌われ馬鹿にされた鬱憤を、この娘で晴らすとしよう。

 けっ、ホントはあの気の強い王女様を好き放題できたら、最高なんだけどな。


「おい、お前には俺に抱かれる栄誉を与えてやる! だが、ヴァルム家当主に抱かれたなんて調子に乗るなよ? これはあくまで遊びだからな!」


 俺は娘に張り手を食らわせて、地面に押し倒した。

 娘が悲鳴を上げる。


「いいねぇ。大興奮だ。オラッ、もっと泣け! 泣いて喜べぇええ!」


 俺が娘を組み伏せようとした瞬間……右手首から先が、突然、切断されて血が噴き上がった。


「ひぎゃあぁあああ!? 風の魔法!? だ、誰だ……っ!?」


「僕です。お久しぶり兄上」


 なんと、飛竜に乗った弟のカルが目の前に降りてきた。

 ヤツは生意気にも、顔を不快げに歪めている。


「ヴァルム家を訪ねたところ、領主の特権を行使するためにこちらに向かったとお聞きしたのですが……一体、何をなさっているのですか?」


「て、てめぇか!? ヴァルム家の領地で、俺様にこんなマネをして、タダで済むと思ってやがるのか……? あっあーん!?」


「罪もない王国の民に乱暴をして、兄上こそタダで済むとでも?」

 

 俺はカルの気迫に圧倒された。

 あれ、コイツいつの間に、こんな凄味を身に着けたんだ?

 ……ちょっと前までとは、まるで別人じゃねぇか。


「シ、システィーナ王女から、味方同士で争うなと言われてたハズだ! ひゃははははバカめ! てめぇからその禁を破るとはな! こうなったら賠償金をたっぷり請求して……!」


 俺は弱気の虫を追い払って、勝ち誇った。

 どうやったかはわからないが、カルは海竜王リヴァイアサンを討伐した。

 力じゃ、もう絶対にかなわねぇ。だが、コイツが禁を犯してくれたとなれば、好都合だ。


 へへへっ、兄である俺をコケにしてくれた礼をたっぷりしてやるぜ!


「……兄上、勘違いをされているようですが、この村はもうヴァルム家の領地ではありません。これは国王陛下からの命令文です。

 ヴァルム家はその所領の9割を王家に召し上げられることになりました。この村は、すでに王室直轄領です。兄上は王家に対して、乱暴狼藉を働いたことになります」


「はっ? な、何を言って……」


 俺はあまりに非現実的なカルの通告に、わなないた。


 手渡された文の封蝋には、驚いたことに王家のエンブレムが刻まれていた。中を開くと、国王の直筆で領地を召し上げることが書かれていた。 

 俺の全身から血の気が引いた。


「あっ、ああ、ありがとうございます! あなたは、まさかカル・アルスター様!? 海竜王を討伐し、王女殿下のお命を救った真の英雄! お会いできて光栄です!」


 俺がモノにしようとした村娘が、頬を桜色に染めて感動していた。


「申し訳ありません。僕がもう少し早く到着していれば、兄上にこんなマネはさせなかったのですが。これはアルスター子爵領で生産しているポーションです。お父さんに使ってあげてください」


「は、はい!」


「お、おおぅ。私のような者にも手を差し伸べてくださるとは……! なんと慈愛に満ちたお方だ!」


 村長はカルが手渡した回復薬をうやうやしく受け取って飲む。

 なんと俺が切断した村長の右腕が、輝きと共に元通りになった。


「こ、これは……! 信じられない! ありがとうございます!」


 村長と娘は感激して、何度もカルに礼を述べた。


「はぁっ!? 失われた四肢の再生なんぞ、エクスポーションでも不可能……」


 俺もエクスポーションを飲んで、傷を回復するも……カルに切り飛ばされた右手は元に戻らかった。


「水の竜魔法【再生竜水(ヒールドラゴンウォーター)】で生成した特殊な回復薬です。今度、売り出す予定なんですよ」


「すばらしい! これは回復薬業界に革命を起こす逸品ですぞ!」


 村長が大興奮する。


「ちっ! カル、その回復薬を俺にも寄越しやがれ!」


「なぜですか? 兄上は王室直轄領で、罪を犯しました。罪人として拘束させていただきますので、片腕なのはむしろ好都合です」


 こ、こいつ、本当にあのお人好しの弟か?

 毅然とした揺るぎない態度に、俺はあ然とする。


「知っての通り、王室直轄領のすべての民は、国王陛下の私有財産です。これを不当に傷つけることは、国王陛下への反逆に当たります。厳罰を覚悟してください」


「はぁ? 俺は領地を取り上げられて、右手も失ったんだぞ!? その上、厳罰だと? て、てめぇは鬼か!?」


「すべてはヴァルム家の、そして兄上の自業自得です。不服申立てをされるのは結構ですが、兄上の態度しだいでは、ヴァルム家は取り潰しにあいますよ?」


「ぐっ!?」


 何か父上がヤバい失態を犯して、国王の怒りを買ったのは間違いない。そうでなければ、領地の9割を召し上げなんてことはあり得ないハズだ。


 そこにきて、俺が王室直轄領で犯罪行為となると……マジでヴァルム家の取り潰しも考えられた。


「ち、ちくしょう! この場は大人しく従ってやる……!」


 俺は意気消沈するしかなかった。


「ああっ! 本当にありがとうございました! カル・アルスター様! お父さん、私、決めたわ。私もアルスター島に行って、カル様にお仕えします!」


「それが良い! カル様、どうか娘を使ってやっては、くださいませぬか?」


「ありがたいのですが、実はアルスター島には移住希望者が殺到して、住居が足りない状況でして……正規の手続きを踏んでいただけませんか?」


「はい! もちろんでございます! たとえ何年かかっても必ずお側に!」


 村娘は尊敬の眼差しでカルを見つめた。


 俺は武器を取り上げられて、縄で拘束された。

 やがて、俺はやってきた役人に連行されて、牢屋にぶち込まれることになった。


※※※


 俺は牢屋で臭い飯を食いながら、うめいた。


「ちくしょうぉおおお! 俺は栄光あるヴァルム家当主だぞ!? こんなクソマズイ飯が食えるか!?」


 屋敷では叫べば、すぐに侍女や執事が飛んできたが、誰からも返事がない。

 完全に無視され、放置されていた。


 数日経つが面会にやってくる者は、誰もいない。保釈金も、収入源である領地を取り上げられては払えなかった。


 せっかくヴァルム家の当主になったというのに、ヴァルム家は完全に没落し、何の力も無い名ばかり貴族と化した。

 そのことを俺は、嫌でも痛感するしかなかった。


 う、嘘だ。あり得ない。俺の人生は光り輝く栄光に包まれていたハズなのに……

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