58話。システィーナ王女と婚約させられそうになる

「そなたが、カル・アルスター男爵であるか。海竜王の討伐、誠に見事であった。なにより、我が娘、システィーナの命を救ってくれたこと、幾重にも感謝いたそうぞ!」


 国王陛下が僕に深く腰を折った。

 ここは王宮の謁見の間だ。居並ぶ大貴族や大臣たちが目を見張る。


 国王陛下が若輩の男爵に、このような態度を取るなど、前代未聞のことだ。

 僕はひざまずいて、頭を垂れた。


「はっ、陛下、お褒めにあずかり光栄です。これからも、陛下と王女殿下に変わらぬ忠誠を捧げます」


「おおっ! なんと頼もしい。そなたのような英雄がおれば我が国は安泰だ。わしも枕を高くして眠れるぞ」


「カル殿はかの海竜王リヴァイアサンを討伐し、人魚の国オケアノスとの友好関係構築にも尽力してくださいました。お父様、その功績を讃え、彼に子爵の地位を授けたいと思うのですが、いかがでしょうか?」


 システィーナ王女が熱っぽい目で僕を見つめる。


「うむ。だが、子爵の地位のみでは、とうてい今回の功績に報いることはできぬ。カル殿には我が娘、システィーナを与えようと思うのだが、いかがかな? 王配として、女王となるシスティーナを支えて行ってもらいたい」


 僕はあまりのことに、息が止まりそうになった。

 大貴族、大臣たちが大きくざわつく。


「すばらしいご提案ですわ、お父様! それではさっそく今日、この場にて婚約の契りを……!」


 システィーナ王女が歓喜に声を弾ませた。

 僕は呼吸を整えてから告げる。


「国王陛下、誠にありがたいお話ですが、報奨については、実は折り入ってお願いがございます」


「なに? 何か望みの物があるのか? よいよい、何なりと申してみよ。そなたは、もはや我が息子も同然であるぞ!」


 国王陛下の言葉に、僕の後ろで平伏していた父上が、肩を震わせたのがわかった。

 父上はレオン兄上とシスティーナ王女を結婚させ、公爵の座を得たいと考えていた。


 まさか、追放した僕に王女殿下との縁談が持ち上がるなど、思ってもみなかっただろう。

 

「我が父、ザファルは聖竜王に寝返り、王国を売り飛ばそうとしていましたが……今回の僕の功績をもって、父上の助命とヴァルム伯爵家の存続をお願いしたいのです」


「カルよ……!」


 額を床に擦りつけていた父上が呻いた。

 父上は、売国奴として処刑。ヴァルム家は取り潰しが、すでに決まっていた。


 ここに集まった国の重鎮たちの前で、国王陛下から、その沙汰がこれから述べられる予定だった。


「システィーナ王女殿下をお救いできたのは、王弟殿下が聖竜王と内通している可能性を、父上が教えてくれたからです。どうか、情状酌量くださいませんでしょうか?」


「ザファルはそなたを追放したばかりか、そなたの領地を襲撃し、あまつさえ聖竜王に寝返ったというではないか? そんな男の減刑を求めると?」


「はっ! しかし、父上は最後にヴァルム家当主としての誇りを取り戻してくださいました。そして、海竜王討伐に貢献してくれたのです」


 なにより、父上が処刑などになるのは、僕も寝覚めが悪い。


「むむむっ……」


 国王陛下は困り顔になった。


「陛下、ザファル・ヴァルムを助命するという無茶を通すなら、カル殿とシスティーナ王女の婚約までは、我らは承服できませんぞ!」


「さよう、いかに英雄殿と言えど、横紙破りが過ぎるというもの!」


 大貴族や大臣たちが声を上げる。

 彼らは、僕の急激な出世を快く思っていないようだった。


「そ、それは困りますわ! 王国の将来を考えればカル殿を王家に迎え入れるのが、最善の道です。あなたたちは、何をおっしゃっているの!?」


 システィーナ王女が怒声を発する。

 彼女は王国のため、義務感から僕と結婚しようとしているのか……

 それはかわいそうだ。僕は助け船を出してあげることにした。


「王女殿下には、より相応しいお相手がいらっしゃると存じます。僕は変わらぬ忠誠を王女殿下に捧げます故に、どうかご容赦くださいますよう」


「なっ、ななな、何をおっしゃっておられるのです!? カル殿以上にわたくしに相応しい殿方など、この世にはおりませんわ」


 えっ?

 システィーナ王女から、なぜか泣きそうな顔をされて、僕は困惑してしまった。

 しまった。もう少し、上手な言い方があったのかも知れない。

 まだ宮廷作法に対する理解が浅かったと反省する。


「わかった。カル・アルスター男爵の願いを聞き届けよう。ザファルは流刑。ヴァルム伯爵家は取り潰さぬ代わりに、その9割の領地を召し上げる。それでよろしいかな?」


「ありがとうございます」


 僕は心からの感謝を述べた。正直、父上の助命が叶うかは大きな賭けだった。


「カルよ、すまぬ……!」


 背後から、父上の痛切な感謝の声が聞こえてきた。


「ではカル・アルスター男爵の今回の報奨は、子爵の地位を与えるのみとする! なにシスティーナよ。焦るでない。カル殿なら、すぐに次の手柄を挙げよう。

 伯爵位を得たカル殿との婚約なら、周囲も反対せぬだろうからな」


「……は、はい。お父様、そうですわね。それまで、わたくしはカル殿に相応しい花嫁になれるように、より自分を高めてまいりますわ。カル殿、どうかよろしくお願いしますね」

 

 システィーナ王女は僕を見て、微笑んだ。

 えっ、どういう意味だろう。

 宮廷式の社交辞令だと思うけど……

 うかつに返事をしたら危険な気がして、沈黙することにした。


「それでは、今夜はカル・アルスター子爵の勝利を祝っての宴とする! みなで、この若き英雄を讃えようぞ」


 国王陛下の言葉に、満場一致の賛同が上がった。

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