47話。聖竜セルビアの仕掛けた罠を破る
その時、目の前の空間がグニャリと歪んで、聖竜セルビアと父上が現れた。
「えっ!? どうやってここに!?」
ティルテュが、驚愕にわななく。
僕はある程度、予想が立てられていたので、冷静に事態を考察できた。
今のは空間転移。現代魔法では実現不可能な奇跡に等しい現象だ。
おそらく、これが聖竜セルビアの特殊能力だろう。
「くぅうう! やってくれたわね。まさか、私たちに偽の情報を流すなんて!? まんまと騙されたわ!」
聖竜セルビアが、甲高い少女の声で叫んだ。人語を話すということは、知能の高い歳月を重ねた竜の証だ。
「セルビア、キミは聖竜王の配下だな? 父上の配下の聖竜と、入れ替わっていたんだな?」
「御名答。ザファルが聖竜を支配下に入れたと自慢して回っていたので、使えると思ったのよ」
「カル、まさかお前に策を見破られていたとは……!」
父上は悔しそうに顔を歪めた。
「おかげさまで、僕も他人を疑うことを覚えました。セルビアの特殊能力については意外でしたが、父上はここで拘束させてもらいます。行くぞアルティナ!」
「任せるのじゃ!」
僕とアルティナは目配せして、まずは聖竜セルビアを倒すことにした。空間転移で逃げられたらたまらない。
「ふん、甘いわ! 人魚族の王を閉じ込めておく牢獄に、なんのトラップも無いと思って!?」
セルビアが叫ぶと同時に、床に複雑怪奇な魔法陣が浮かび上がった。
「これが私の奥の手よ。【聖竜鎖(ホーリーチェーン)】!」
これはキーワードで強力な魔法が発動するように仕組まれた魔法トラップだ。
僕たちの身体を、床から伸びた光の鎖が幾重にも絡め取る。
「くっ! 身動きができんのじゃ!?」
「魔力の集中も封じられている!?」
光の鎖は身体を拘束するだけでなく、魔法の発動も阻害するようだった。
さらには、僕の腰から魔剣グラムが消えて、父上の手に収まった。
物体の移動……これも空間転移の応用か。
「でかしたぞ、セルビア! くははははっ! 最後に勝つのは、この俺だ!」
「ええっ。早く冥竜王にトドメを刺しなさい。カルの得意属性はおそらく【聖】よ。彼は古竜さえ拘束するこの縛鎖を破るかも知れないわ」
聖竜セルビアの身体が光って、小柄な少女へと変化する。力を使い過ぎたために、ドラゴンの姿を維持できなくなったようだ。
その言葉通り、僕はこの魔法を破るために頭をフル回転させていた。魔法術式の穴を徹底的に探す。
「……っ! わかっておる。冥竜王、キサマを討ち取ってヴァルム家は、再び栄光を取り戻すのだ!」
父上は魔剣グラムを振りかざして、アルティナに突進した。
魔剣グラムは、アルティナの母親である初代冥竜王イシュタルを撃退した剣だ。イシュタルはその傷が元で、やがて命を落としたという。
「カル……!?」
アルティナが短い悲鳴を上げた。
父上の斬撃が、アルティナの細首に落ちる。
パッキィイイイン!
その瞬間、魔剣グラムの内側より黒炎が噴き上がり、魔剣は粉々に砕け散った。
「はっ……?」
父上は何が起こったかわからず、彫像のように立ち尽くす。
「ウソ……」
セルビアも呆然と、その様を見つめていた。
「ふぅ。まさにカルの狙い通りになったのじゃな」
アルティナが安堵の息を吐いた。
僕は【聖竜鎖(ホーリーチェーン)】のの解析を終えた。
精神を集中して、術式の脆弱な部分を起点に、魔法を分解していく。僕たちを拘束していた光の鎖が、みるみるうちに崩れ去っていった。
「魔剣グラムはヴァルム家の象徴とも言える至宝です。それを父上がいとも簡単に手放すつもりは、無いと考えていました。必ず取り戻す方法があるものだと……なのでこちらも備えをしていました」
「なに……? こうなることを読んでいたというのか?」
父上が目を瞬いた。
「くぅ……」
少女となったセルビアは逃げ出そうとしたが、僕は【聖竜鎖(ホーリーチェーン)】を使って拘束した。
どうやら空間転移は、無条件に何度も使える訳ではないらしい。
セルビアを光の鎖が、幾重にも絡め取る。
「ま、まさか、【聖竜鎖(ホーリーチェーン)】すらも盗んでしまったの!?」
「当然じゃろう聖竜よ。わらわのカルを見くびるでない」
アルティナが得意そうに胸を張った。
【聖竜鎖(ホーリーチェーン)】には、なんとなく、しっくり来る感覚があった。セルビアが言ったように、僕の得意属性は【聖】なのかも知れない。
「どういうことだ? なぜ? なぜ魔剣グラムが……!?」
父上は現実が受け入れられず、わなわなと震えていた。
「魔剣グラムがアルティナの身体に触れた瞬間、【黒炎のブレス】が発動して、魔剣を内側から崩壊させるような魔法トラップを仕掛けていたんです」
「カルは体質的に、冥の竜魔法は扱えん。じゃが魔法を分析、改変して、その術式をわらわに伝えることはできるのじゃ。わらわは、魔法トラップに改変された【黒炎のブレス】をカルから教えてもらい。魔剣グラムに仕込んだのじゃ」
アルティナが上機嫌で解説した。
「弟子に教えられるとは、まさにこのことじゃのう。それに母様の命を奪う要因となった魔剣グラムを破壊できて、わらわは大満足じゃ!」
「カ、カイン・ヴァルムの子孫たる者が、魔剣グラムを破壊して、冥竜王を助けただと!? おのれ、カル! 貴様はヴァルム家の面汚しだ!」
僕が行ったのは、伝説の英雄カイン・ヴァルムとは正反対のことだ。
家名をなにより重視し、先祖を崇拝してきた父上にとっては、許しがたい所業だろう。
「今更のお言葉ですね。僕にとって大切なのは……僕の家族は、ヴァルム家ではなくアルティナです。彼女の命を奪おうとするなら、誰であろうと僕の敵です」
父上は僕の迫力に圧倒されて、後退した。
「魔剣グラムも、魔法使いである僕には必要ありません。そんなモノに頼らなくても、僕には母上から与えられた無詠唱魔法がありますから」
「は、母から与えられた無詠唱魔法だと?」
「僕は聖竜王の呪いおかげで、無詠唱魔法を身に着けざるを得なくなりました。
でも、そのおかげで、僕は愛する人を守れるだけの力を手に入れました。父上は決して認めないでしょうが、僕が母上から与えられたのは、呪いではなく恩恵だったんです。今からそれを証明します」
僕はポケットに入れていた手袋を、父上に向かって投げた。
貴族の決闘の申し込みの儀式だ。名誉と体面を重んじる父上は、これで決して逃げられなくなったハズだ。
「勝負です父上」
僕と父上の対決が始まった。
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