45話。人魚族の王を救出する

 オケアノス王宮へと続く、秘密の地下通路には敵兵はまったく配置されていなかった。


「カルの作戦が功を奏したようじゃな! ここから侵入するとはヤツら、思ってもいないようじゃ」


「ええっ! 一刻も早くお父様の元に向かいましょう!」


 駆けるティルテュは気が急いてたまらない様子だった。

 しばらくすると、偵察部隊からの魔法通信が入った。


『こちらトラネコ偵察部隊ですにゃ。丘からの秘密の抜け道に、海竜を含めた多数の敵兵とトラップが配置されているのを確認しましたにゃ!』


 彼らには、姿と気配を消す魔法のアイテムと、通信魔法の媒体となる水晶玉を渡してあった。レオンからもらった戦利品だ。


「ありがとう。見つからないように退避してくれ」


『了解ですにゃ!』


 これで決まった。

 こちらの作戦が、海竜王に筒抜けになっている。

 やはり、父上は敵に通じていたのか……

 

 母上に呪いをかけた聖竜王に寝返るなんて、信じられないけれど。

 追放されてから、僕は父上の本質に気づいた。


 父上はヴァルム家の栄達にしか興味がない。それを邪魔する者は、手段を選ばずに排除する。

 だから、王国の一員となった猫耳族を襲うなど、王国に不利益をもたらすようなことも平然と行うのだ。

 しかし、まさか、ここまでするとは……


「シーダ、父上はやはり敵に通じていたみたいだ。拘束してくれ。後で事情を問いただす」


『了解だよ、カル兄様!』


 通信魔法で妹に指示を送る。シーダは特に意外だとは思っていない様子だった。


『これで気兼ねなく父様をブン殴れる訳だね』


「……相手には、聖竜もいるから油断は禁物だぞ。冥竜ゼファーと協力して、聖竜は確実に倒してくれ。おそらく聖竜王の手の者だ」


『了解!』


 妾の娘と呼ばれて冷遇されてきたシーダは、父上に思うところがあるようだ。葛藤もなく、嬉々としていた。

 

「ここよ! この下が地下牢獄だわ」


 ティルテュが床にぽっかり空いた縦穴を指さした。


「下には無数の敵の気配がするのじゃ。さすがに、警備は厳重なようじゃな」


「よし、任せてくれ【竜王の咆哮】(ドラゴンシャウト)!」


 僕は縦穴の底に【竜王の咆哮】(ドラゴンシャウト)を轟かせた。聞く者を恐怖で気絶させる竜魔法だ。

 同時に、ティルテュを抱きかかえて、穴の底に飛び込む。


「きゃああああ!?」


 ティルテュは悲鳴を上げたが、僕は地面に向けて【ウインド】の猛風を放って、落下速度を殺した。

 アルティナも僕の後に続く。


「キスされた上に抱き締められてしまうなんて! もうお嫁にもらっていただくしかないわ!?」

 

 ティルテュは何か良くわからないことを喚いていたが、それどころではないのでスルーする。


 底は広い地下空洞になっていた。天然の洞窟を牢獄に改装した施設のようだ。

 周囲には気絶した海竜や半魚人たちが横たわっていた。

 【ウインド】の風の刃で、全員にトドメを刺す。

 襲いかかってくるような敵はいなかった。


「見事じゃ。並のドラゴンなら、カルの威圧に耐えることはできんの!」


「……ここに古竜クラスの竜は、配置されていなかったようだね」


 僕は辺りを見回して告げる。


「おそらく、もうひとつの抜け道の方に行ったのじゃろう。もっとも古竜クラスであろうとも、もはやカルの敵ではないと思うがの」


 アルティナは誇らしげに微笑んだ。


「おおっ! ティルテュ、ティルテュではないか!?」

 

 その時、鉄格子の内側に囚われた男が、声を張り上げた。ボロをまとったみすぼらしい男だが、声には威厳がある。

 僕の【竜王の咆哮】(ドラゴンシャウト)は、人魚族を効果対象外に設定していた。おそらく、彼が人魚族の王だろう。


「お父様!」


 ティルテュが父王に駆け寄って行く。

 僕は親子の再会を邪魔する鉄格子を、風の刃で斬り裂いた。


「カル様を連れて帰ってきました! よくご無事で……」


「お前こそ! たったひとりで、よくやってくれた」


 ティルテュは父王と抱擁する。

 僕は今し方、父との決別を果たしたが、ティルテュは念願の父との再会を果たした。 


 よかったな。ティルテュ……

 アルティナが僕の気持ちを察してか、手を握ってくれた。


 そうだな。今の僕には、アルティナがいる。過去に囚われるのではなく、大切な彼女との未来のために行動しなくては。


 ここにやってきたのは、アルティナの呪いを解くことのできる【オケアノスの至宝】を手に入れるためでもある。気持ちを切り替えよう。

 人魚族の王は、しばらくすると僕に視線を移した。


「あなた様が、カイン・ヴァルムの末裔であるカル様ですな。まさか、本当に我が国の救援に来ていただけるとは、人魚族を代表して厚く感謝申し上げます!」

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