44話。父と聖竜を逆に罠にかける

 海底王国オケアノスは、魔法で形成した空気ドームの中に、人間と同じ街を作っていた。


「すごい、これが人魚の国かぁ……」


「ふふんっ! どう美しいでしょう?」


 ティルテュが得意そうな顔をしている。

 海底に美しい尖塔の群れが並ぶ光景は、圧巻だった。

 船のクルーたちは、みな感嘆の声を上げている。


「あっ、不思議な船がいっぱいあるにゃ!」


 ミーナが指差した先には、船が停泊できる港があった。

 帆もない丸っこい船が、いくつも停まっている。


「あれは、潜水艦よ。海中を進むことができるの!」


「へぇ〜。興味深い船だね、魔法動力式か……」


 かなり高度な魔法文明だ。おそらく2000年前に滅びた古代文明の流れを組むものだと思う。

 詳しく調べたいところだけど、生憎とここには観光に来た訳ではない。


「じゃあ港に到着と同時に、ゼファーたちは捕虜収容所を攻撃して欲しい。なるべく派手にね」


「承知した我が主よ!」


 冥竜ゼファーが重々しく応える。


「父様と聖竜は、私と同じ陽動部隊だよ。きっちり働いてよね」


「わ、わかっておる!」


 シーダの言葉に、父上は顔を嫌そうに歪めた。父上の怪我は聖竜の治療のかいあって、あるていど癒えていた。


「シーダ。陽動部隊の指揮官はキミだ。捕虜たちを解放したら、彼らと一緒に王宮の制圧に向かってくれ」


「了解!」


 妹は元気よく敬礼を返す。

 僕が考えたのは、オケアノスの兵士が捕まっている捕虜収容所に攻撃を仕掛ける陽動作戦だ。


 そうすれば、海竜王の手下たちは大慌てで迎撃に出てくるだろう。

 僕とアルティナとティルテュは、手薄になった王宮に密かに潜入して、海竜王を討つという計画だ。


「ティルテュ王女。王宮への隠し通路の入口ですけど……」


「港の北の丘にあるわ。私が案内するわね! それと、まどろっこしいので、お互いに敬語は無しにしましょう!」


 ティルテュが元気良く宣言した。


「それは助かるね。じゃあ、これからはティルテュと呼ぶね」


「カル様に呼び捨てにされちゃった!? ま、まるで夫婦みたいだわ!」


 なぜかティルテュは頬を上気させて、腰をくねらせている。

 どうしたんだろう?


『カルよ。あの聖竜じゃが……』


 アルティナが魔法で、僕の心に語りかけてきた。


『わかっているよ。怪しい動きをしているということだよね』


 聖竜セルビアが不自然に魔法を使っていたことは、ゼファーから聞いていた。

 そもそもアルスター家を潰そうとしていた父上が、僕にこんなにも従順なのはおかしい。

 今もシーダの命令に、不平不満を言いながらも従っている。


「まずは、父様と聖竜が突撃。敵をなるべく引き付けてね」


「ぐぞぉおおお! ハイ、喜んでぇええ!」


 そこで父上の前で、嘘の作戦を述べることにしたのだ。

 ティルテュによると、王宮への隠し通路は実はふたつある。


 実際に使うのは、今話してもらったのとは別のルートだ。向かう先は海竜王の元ではなく、地下牢に閉じ込められている人魚族の王の元だ。


 オケアノスの兵士が大人しく捕虜にされているのは、王を人質に取られているからだ。

 捕虜収容所を襲うと同時に、王を解放してオケアノス軍を味方につけるのが、本当の作戦だった。王を解放すれば、潜伏しているオケアノスの兵たちも、決起するだろう。


 さらに王からアルティナの呪いの封印を解くための【至宝】の在り処も教えてもらうつもりだ。

 このことは、まだティルテュにしか話していない。敵を欺くにはまず味方からだ。


『ティルテュが今話した隠し通路には、隠密行動に長けた猫耳族を偵察に行かせる。もし、そこで敵の罠や待ち伏せがあったのなら……シーダとゼファーに、父上たちを討つように命じるよ』


『おおっ! そこまで考えておったとは、さすがなのじゃ!』


 これで父上が、本当に僕に協力しようとしているかが、わかるだろう。

 杞憂だったら、それで良いのだけど…… 

 父上には一度、追放という形で裏切られている。

 もし2度、僕を裏切るつもりなら。父上とは、敵として戦うしかないだろう。


 

※※※


【聖竜セルビア視点】


 ふっ、や、やったわ! カルの陣営に潜り込んで、屈辱に耐えたかいがあったわね。

 私は密かに喝采を上げた。

 カルの作戦の全容を掴むことができたのだ。


『おおっ! これでヴァルム家に再び栄光を取り戻すことができるのだな!』


 そこにザファルが、通信魔法を送ってきた。

 この男は不安なのか、ちょこちょこ語りかけてくるのよね。


『……ええっ、その通りよ』

 

 短く回答して、私は通信を遮断した。

 ザファル、バカな男……

 せいぜい、つかの間の喜びに浸るがいいわ。


 ヴァルム家が再び栄光を浴びるなんて、未来永劫あり得ない。

 カルとアルティナを始末したら、ザファルにも消えてもらう手筈よ。

 

 私はこの情報をさっそく海竜王に送った。


『俺の首を直接狙いにくるたぁ、なかなか豪気だが……詰めが甘かったな。ヤツらの通るルートに、戦力を集中させる。

 この程度の罠も突破できねぇようなら、この俺が相手してやる価値もねぇからな』


『ふふっ、私も頃合いを見て、加勢に向かいますわ』


 よし、これで私は大手柄だわ。聖竜王様もさぞお喜びになるでしょう。

 私はスキップしたくなるほど、弾んだ気持ちになった。人間を思い通りに操って滅ぼす【白翼の魔女】の面目躍如だわ。


 この時、私は自分が逆に罠にかけられているとは、思いもしていなかった。

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