41話。父に戻ってきて当主になって欲しいと言われる

「潜航、開始するわ!」


 人魚姫のティルテュが、【水流操作】で海中にトンネルを作り出した。

 僕たちの軍船は、その中を滑るように進む。


「うゎああ〜、お魚が空を泳いでるにゃ!」


 ミーナが頭上を見上げながら、目をキラキラさせている。

 海中を進む僕たちの周囲を、魚たちが取り囲んでいた。僕たちは甲板の上でその幻想的な眺めに、ため息をつく。


「おもしろい光景だね! ……でも、これティルテュがヤラレたら、私たち深海に放り出されて死ぬんじゃないの?」


 シーダは若干、不安そうになっている。


「僕も【水流操作】が使えるから、そうしたらすぐに海上に脱出するつもりだよ」


「へぇ。さすがはカル兄様!」


「まさか……人魚族の魔法を使えるというのか!?」


 父上が驚きの声を上げた。


「そうです。無詠唱の強みのひとつです。人間には発音できない他種族の魔法も使えます」


「知らなかったのか? カルは古竜との戦いでヤツらの得意とする【竜魔法】を盗んでしまっておるのだぞ。

 しかも、わらわの教えた【竜光牙】を改良した新魔法まで作ってしまうし。この調子で強くなったら、どこまでの高みに到達するか想像もつかんのじゃ」


「海神様はカル様を、人魚族の救世主だと予言されたわ! 【水流操作】も人魚かと思えるほどのレベルで使えるわよ」


「バカな。し、信じられん……!」


 父上は、雷に撃たれたように身を震わせた。そして、何か葛藤するように重々しく告げる。


「……カルよ。今からでも遅くはない。ヴァルム家に戻ってきて、当主の座を継ぐ気はないか?」


 その時、父上の背後に控えていた聖竜が、咎めるような鋭い鳴き声を発した。


「父上には申し訳ありませんが、僕はすでにアルスター男爵を名乗っています。それにヴァルム家のやり方は僕には合わないことが、よくわかりましたので」


「そうか……」


 父上は悔しそうに歯軋りした。

 結果として領地の発展に繋がったけど、父上が猫耳族の襲撃を指示したことは、ショックだった。


 ヴァルム家は自分たちの利益のためなら、平然と非合法な手段を取る。そんな家に戻ったら、僕もその片棒を担がされることになるだろう。

 そんなことは、ごめんだった。

 

「ヴァルム家にいた時の僕は、本でしか世界を知りませんでした。実際に外に出てみて、この世界にはまだまだ僕の知らないことがたくさんあることを知りました。なので、家から出て良かったと思っています」


 家から出たおかげで、本当の家族と呼べるアルティナにも出会えたしね。


「うむ。ヴァルム家などにずっといたら、カルの稀有な才能は埋もれたままになっていたじゃろう。ザファル・ヴァルムよ、おぬしの息子はヴァルム家程度に収まる器ではないぞ」


「その通りだね。どうせヴァルム家なんて、もう落ち目なんだからさ。父様の方こそ、このままカル兄様の家来になったらどうなの?」


「な、なんだと……っ!」


「ちょっと、シーダ……!」


 シーダが憎まれ口を叩いたので、慌ててたしなめる。

 妹はこの前の一件で、完全にヴァルム家に嫌気が差しているらしい。後継者争いの末に殺されそうになったのだから、気持ちはわかるけどね。


「私はね父様、強い人が好きなの。カル兄様より弱い癖に、威張り散らしている父様なんて嫌いだよ」


「お、おのれシーダ! 父に向かってなという言い草だ!」


 小馬鹿にされて、父上は激怒した。


「た、大変よ! この船に冥竜の群れが向かって来ているわ!」

 

 その時、ティルテュが警告を発した。


「冥竜の群れじゃと!?」


 冥竜はドラゴンの中でも、最大の攻撃力を誇る種族だ。そして、アルティナの元々の家来たちでもある。


「マズイわ! か、かなり速くて、振り切れない……!」


「迎え撃つ! みんな戦闘配置だ!」


「がってんです! 野郎ども、大砲の発射準備だ!」


 敵が水中にいるため、歯がゆいがこちらから打って出ることができない。クルーたちは、大砲の弾を込め始めた。

 シーダは船を守る魔法障壁を展開する。


「カルよ。冥竜どもは、できれば殺さないで欲しいのじゃ。わらわの配下につくように説得を試みてみたい」


「わかった!」


「さあ父様、活躍のチャンスだよ。その聖竜と一緒に、突撃開始! 船の盾になってよね」


「ぐっ、シーダ、本気で父にそのような危険な役目を……」


「グズグズしない! もう敵が来ているよ。返事は、ハイ喜んで! でしょう? それとも、裏切るつもりなのかな?」


「クソッ! ハイ、喜んでぇええええ!」


 父上が聖竜にまたがって、迎撃のために飛び上がった。

 シーダはやりすぎなような気もするが……

 父上がなにか怪しい動きをしないかにも注意を払う必要がある。

 シーダもそこを見極めるために、無茶振りしているのだろう。


「アルティナ姫! 腑抜けの貴女(あなた)が、まさか竜狩りの一族と手を組んで、海竜王を討ちに来るとはな!」


 黒い巨体の冥竜たちが、船に向かって押し寄せてきた。

 先頭の冥竜が雄叫びを上げる。


「ふん! ひさしいなゼファーよ。今日こそ、【主従の誓約】をしてもらうぞ!」


 アルティナが気炎を吐いた。

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