40話。父ザファル、カルに絶対服従を誓わされる

「海竜王の討伐に同行したいじゃと? 寝言は寝てほざくのじゃな!」


 アルティナが父上の申し出を一刀両断した。父上はその剣幕に気圧される。


「そうにゃ! ミーナたちの村を襲撃させたのはお前なのにゃ! 絶対に許さないのにゃ!」


 ミーナも猛反発する。


「あっ、でも漁船と漁具はありがとうにゃ! 武器も使わせてもらっちゃてますにゃ! このナイフなんか何でもスパスパ切れて最高にゃ。できれば、もう一本欲しいにゃ!」


「ぐっ、そ、それは何より……先日の不幸な行き違いについては、システィーナ王女殿下のご配慮により、和解にいたることができで重畳(ちょうじょう)だ」


 父上は僕に右手を差し出してきた。


「カルよ。海竜王の討伐は、民を安んじるために必要なこと。ここは遺恨を水に流して、手を組もうではないか? お前を欠陥品扱いしていたことも、間違いだったとわびよう」


「父上、不幸な行き違いですか? 今のお言葉は残念ながら容認できません。僕はここの領主となりました。領民を庇護する立場です。

 猫耳族の村を襲った件について、謝罪を口にせずに済まそうというなら、父上を信用することはできません。同行はお断りさせていただきます」

 

 先日の件は賠償金をもらうことで、手打ちは済んでいる。だが感情的なわだかまりが、僕たちの側には残っていた。


 猫耳族も軍船のクルーとして同行する以上、ケジメはつけておかねばならないと思う。

 

「な、なんだとカルよ! それが父に対する口のきき方か? 手柄を立てて増長しおったか!?」


 父上は威圧的に僕を睨みつけた。

 それでわかった。

 やっぱり父上は何も変わっていない。反省していない。

 同行は危険だ。


 僕はこの島に来てからの経験で、安易に人を信用すると危ないということを学んだ。

 僕の判断が部下たちの命を左右する以上、信用できない人間を同行させる訳にいかない。


「今はアルスター男爵として、ヴァルム伯爵様とお話させていただいています。父上とお呼びしたのは、間違いでしたね。今後はヴァルム伯爵様とお呼びいたします」


「ぐっ……」


「カルを追放しておきながら、今さら父として敬えとは都合が良すぎではないか? そもそも、それが人に物を頼む態度か? 不愉快なのじゃ!」


「……ぬぐっ!」


 アルティナからも怒声を浴びせられて、父上は言葉に詰まる。


「あのね父様、カル兄様の軍船のクルーは、猫耳族とヴァルム家から出奔してきた者たちが大半なんだよ? そんなエラソーな態度で、協力関係なんて結べると思うの? お呼びじゃないから、栄光のヴァルム家に帰りなよ」


 シーダも呆れたように告げた。


「そ、そうだな、すまなかった。アルスター男爵領を襲撃した件について、深く謝罪しよう」


 父上が唇を噛みながら、僕に頭を下げた。

 僕は若干の違和感を覚えた。


「その剣は、竜殺しの魔剣グラムですよね? その剣を万が一にも、アルティナや僕の飛竜に向けられたら、たまりません。その剣を決してこちらに向けないという証を立てていただけますか?」


「うむ、その通りなのじゃ。ヴァルム家は身内であろうとも容赦なく切り捨てるからの。うっ……嫌な魔力を宿しておるのう。その剣は、わらわにとって天敵なのじゃ」


 アルティナが顔をしかめる。

 レオンは妹を裏切った。なら土壇場で、父上が僕を裏切らないという保証はどこにもない。


「それができないなら、申し訳ありませんが、やはりヴァルム伯爵様の同行はお断りさせていただきます」


「ぐぅ!」


 父上は背後の聖竜に目配せした。

 聖竜は何か承諾するように頷く。

 なんだろう? 配下の竜と、相談でもしているのか?


「……わかった。今さら、この俺を何の保証もなく信用しろというのも虫が良い話だ。この魔剣グラムをお前に差し出そう」


 父上は腰に吊った家宝の剣を差し出してきた。

 家名を何より重視する父上が、魔剣グラムを手放すとは、到底、信じられなかった。


「えっ、本気?」


 シーダも目を丸くする。


「これはヴァルム家当主に代々受け継がれる魔剣のハズ……これを僕に譲るというのですか?」


「そうだ。これで俺は最大の武器を失った。お前を裏切って勝てる可能性は、激減したハズだ。少なくとも、そこの冥竜王を騙し討ちすることはできなくなった」


 父上は殊勝に述べる。確かにその通りだ。

 ヴァルム家はレオンの失態により、評判が急落している。父上としては、海竜王の討伐に加わり、とにかく名声を取り返したいのかも知れない。

 でも何か怪しい気がする……


 読心魔法で、父上の本音を探ろうとするも、心の声が聞こえてこなかった。さすがというべきか、かなり高度な【精神干渉プロテクト】をかけているようだ。


 いや、この魔力の流れは……どうやら背後の聖竜が、父上の【精神干渉プロテクト】を強化しているみたいだ。聖竜は回復や防御を行う聖属性魔法を得意としている。

 それにしても、アレが父上の自慢の聖竜か。近くで見たのは初めてだった。かなり強い力を感じる。


「海竜王リヴァイアサンの首を取ることは、何よりも優先する。我が国、最高戦力で挑まねばならぬ。王国のため、どうか、わだかまりを解いてはくれぬか?」 


 最大の武器を差し出され、王国のためにわだかまりを解きたいとまで言われたら、断るのは難しかった。

 もし断れば、僕の王国への忠誠を疑われかねない。新興の貴族家としては、避けたい事態だ。


「……わかりました。そこまでおっしゃるなら。しかし、ヴァルム家に対して、猫耳族は良い感情を抱いていませんので、船室は別にさせていただきます」


「ちょっとカル兄様、本当に父様の同行を許しちゃうの?」

 

 シーダが僕に耳打ちしてきた。

 無論、完全に信用しきるのは危険だ。


「竜騎士ローグを父上の護衛につけさせていただきます。それと、船室に余裕がありませんので、ヴァルム家から同行を許すのは父上だけです」


「なるほど、それなら安心じゃのう。さすがはカルじゃ!」


「わかった。感謝する」


 父上が頷いた。

 ローグを護衛と称して監視につければ、万が一にも僕たちの妨害めいたことはできないだろう。それと……


『シーダ、父上の側にいて、目を離さないようにしておいて』


 僕は他人に聞こえないように、心の声を魔法でシーダに届けた。読心魔法の応用だ。


「任せておいてカル兄様」


 シーダが小声で返事をする。

 実の娘ならば、父上の近くにいてもおかしくはない。二重に監視をつけておけば、大丈夫だろう。

 と思ったら、シーダはトンデモナイ要求を父上に突きつけた。

 

「父様! 父様は今から私の部下ってことで勝手な行動は取らないでね。敵が出現したら、そこの聖竜と一緒に真っ先に出撃して戦うこと! もし裏切ったら、背中からズドンだからね。

 もちろん、トップであるカル兄様の命令には絶対服従だよ! 死ねと言われたら、ハイ喜んで! と、死ぬ。OK?」


「な、なんだ、それは!? まるで戦争奴隷ではないか……! 俺は共同戦線を持ちかけたのだぞ!?」


 父上の配下の聖竜も、慌てて抗議するように鳴いた。

 「おい、こら待て」とでも言いたげな雰囲気だ。


「おおっ! その通りじゃ。そうしないと、元ヴァルム家の者や猫耳族は納得しないじゃろうからの!」


 アルティナも、これに乗っかった。


「ヴァルム伯爵殿、話はすべて聞かせていただいているわ。人魚族の王女としても、あなたがカル様に絶対服従を誓わないなら、海底王国への入国は認めないわ!」


 なんとティルテュ王女まで、援護射撃してきた。

 父上は困り果てたように聖竜と視線を合わせる。聖竜は不承不承といった様子で、頷いた。


「ぐぅ……! わ、わかった! カルの命令に全面的に従おう」


「OK。もし不服従があったら、その瞬間、船から放り出すからね。命令に従わないような部下はゴミ。父様の言葉だよね?」


「む、無論だ! 最前線で戦ってやる!」


 半ばヤケクソで、父上は承諾した。

 プライドの塊のような父上が、ここまで言われて付いてくるとは、ちょっと意外だ。


 でも、これなら安心だ。

 父上は戦闘中、無防備な背中を僕たちにさらすことになる。まず悪さはできないだろう。


 それに魔剣グラムという強力な武器が手に入ったのも幸運だった。

 魔剣グラムはなぜか僕の手に馴染むような気がする。


 こうして、僕たちは海底王国オケアノスに出発することになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る