3章。海竜王リヴァイアサンの討伐
38話。父ザファル、栄光のために聖竜王に寝返る
【父ザファル視点】
ヴァルム伯爵ザファルは、頭を抱えていた。
栄光のヴァルム家を見限り、辞めて行く家臣が続出しているのだ。
「何もかも愚か者のレオンのせいだ……!」
レオンが味方の軍船を沈めた悪評は、またたく間に広がった。
逆に、敵対するヴァルム家の者たちを救い、古竜を討伐したカルの名声はうなぎのぼりだ。
外に出れば、領民からの非難と嘲笑が聞こえてくる。
『ヴァルム侯爵様……いけね。今は伯爵様だったかは、後継者選びを完全にお間違えになったな!』
『ザファル様はまったく人を見る目がないよ。カル様こそ、王国の新たなる英雄さね!』
『レオン様が活躍できていたのは、実は全部、カル様のバフ魔法のおかげだったらしいぞ!』
『ええっ!? そんなカル様を追い出したなんて信じられないわ! もうヴァルム家はおしまいね』
『味方を撃つアホ後継者についていくのは、自殺志願者くらいなものだぜ。
俺はたった今、ヴァルム家に辞表を出してきた。これからはアルスター家の時代だ!』
シーダに去られたのも痛かった。
もはや、レオンしか跡取り候補はいないが、レオンは王女からは嫌われ、領民からはバカにされ、家臣からの信用も失っている。
ヴァルム家はお先真っ暗だった。
「なぜ、こんなことになったのだ……! カルを追放したのが、すべての間違いだったのか!?」
今さらそのことに気づいても、もう遅い。
「酒だ! 酒を持てい!」
酒をあおって、気分を紛らわせねば、とてもやっていられなかった。
「おい! 聞こえぬのか!?」
呼び鈴を鳴らしても、一向に侍女がやって来る気配がなく、ザファルは苛立った。
「ふふふっ、今のあなたに必要なのは、勝利の美酒ではなくて?」
小鳥のさえずるよう美声と共に、部屋に入ってきたのは見慣れない少女だった。
ザファルの背中に冷や汗が流れた。
彼は歴戦の猛者だ。その美しい少女から身の毛がよだつような恐ろしい気配を感じ取っていた。
それは先日、ここを訪れた冥竜王アルティナと同種の気配だ。
「誰だ貴様は……!? どうやってこの警戒厳重な屋敷に入ってきた? ま、まさか竜の化身か!?」
ザファルは家宝である魔剣グラムに手をかけた。
古代文明の遺産であるこの剣は、竜に絶大なダメージを与える特別な効果が付与されていた。ヴァルム家当主に代々受け継がれる切り札である。
「初めまして。ヴァルム伯爵ザファル様、私は聖竜セルビア。聖竜王様の使いとして、まかりこしましたわ」
スカートの裾を摘むと、少女は優雅に一礼した。
聖竜は神に近いとされるドラゴンだ。
個体数が少ない上に、上位の聖竜は神がかった特別な能力を個別に備えていた。聖竜王は未来が見えるといった噂がある。
うかつに攻撃するのは危険だった。
「聖竜王の使いだと!?」
「はい。敵の敵は味方、そうではなくて? 古竜を立て続けに葬った新興のアルスター男爵家。私たち双方にとって、忌々しい存在ですわよね」
聖竜セルビアと名乗った少女は、許可も得ずにソファーに悠然と腰掛ける。
すると、その目の前に湯気を立たせる紅茶とケーキが出現した。
なんらかの魔法?
しかし、呪文を詠唱した素振りは無かった。だとすると、セルビアの持つ特殊能力か?
紛れもなくこの娘は、上位の聖竜なのだと確信する。
「これは私たちが征服した土地から採れた茶葉を使った紅茶ですわ。このハイランド王国も、いずれ滅ぼすつもりですが……
その侵攻計画を数十年単位で遅らせ、ヴァルム家を再び、比類なき英雄の座に押し上げることができます。ザファル様は思う存分、栄華を楽しむことができますわ」
ザファルは生唾を飲み込んだ。
それは魅力的な提案だった。葛藤を感じつつも問いかける。
「ヴァルム家に再び栄光を取り戻す? 具体的にはどうするのだ」
「あなた様の息子。カル様は、海竜王を討つために海底王国オケアノスにおもむくつもりです。そこにザファル様も同行し、逆に冥竜王アルティナを討っていただきたいのですわ。
カル様にこれまでの非礼をわびて協力を申し出れば、同行は叶うのではなくて?」
それは悪魔のささやきだった。
海竜王リヴァイアサンの討伐は、人類の悲願と言って良い。それを妨害することは、王国のみならず人類への裏切りだ。
だが……
「海竜王と協力して、カルと冥竜王を討つ。冥竜王がカルをたぶらかしていたことにすれば、ヴァルム家は冥竜王を討った英雄となれると、こういう筋書きか?」
「さすがは、ザファル様です。その通りですわ。ザファル様は海竜王にも大きなダメージを与えて、撃退したということにします」
ザファルは冷徹に、ヴァルム家のメリットと、計画の実現性を考察した。
魔剣グラムなら、力を封じられた冥竜王アルティナを倒すことが可能だ。なにしろ、かの英雄カイン・ヴァルムが、初代冥竜王を撃退したのに使った剣である。
カルを信用させさえすれば、それは容易に達成できるだろう。
「聖竜王様は、いずれ人間の国をすべて滅ぼすおつもりですが、ハイランド王国は一番最後にさせていただきますわ。ザファル様は名実共に、ハイランド王国の守護神とたたえられるでしょう」
セルビアはにっこりと微笑んだ。
「ぬっ!?」
それはザファルが喉から手が出る程、欲しい立場、名声だった。
跡取りが愚か者でも、敵と組んでしまえば、レオンが致命的な失態を犯す危険も無くなるだろう。
だが、この提案を飲んで、もし失敗すれば、今度こそヴァルム家は断絶だ。裏切り者として、歴史に拭えぬ悪名を残すに違いない。
「わかった。聖竜王と手を組もう。カルにヴァルム家に……いや、父であるこの俺に逆らったことを後悔させてやる!」
しかし、もはや堕ちるところまで、堕ちたのだ。手を差し伸べてくれる者であれば、相手が悪魔だろうと構わなかった。
成功すれば、再びヴァルム家に栄光を取り戻すことができるのだ。
「わかりましたわ。では、私の言う通りに行動してくださいませ。その魔剣グラムは、カルを信用させるために、使わせていただきますわ」
※※※
ザファルは己の道が栄光に繋がっていると、まだ信じていた。
生まれた時から、栄光に包まれていた彼にとって、栄光とは空気のようにあって当然、なくてはならない物だった。
だが、この決断により、ヴァルム家の崩壊は決定的になるのであった。
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