33話。兄レオン、妹を殺して当主の座を得ようとする

【兄レオン視点】


 くそぅ、くそぅ! シーダのヤツ、妹の分際で、この俺に恥をかかせやがって。ぜってぇ許さねぇ。

 俺は軍船で海竜が生息するという海域に向かいながら、怒り狂っていた。


 昨日、シーダからアッパーを喰らって気絶したため十分に休めなかった。

 これから港を襲う海竜と一戦交えようというのに、最悪だぜ。


「きゃははははっ! うわっ、また釣れたよ!」


「お見事です、お嬢様!」


「シーダお嬢様がいれば、海竜など恐れるに足りません!」


「うん、うん、任せておいて!」


 シーダは海に釣り糸を垂らして、呑気に釣りを楽しんでいた。

 クルーたちは、どうも俺よりもシーダに期待しているらしく、合いの手を入れている。  


 ちくしょう、いい気になりやがって……

 だが、すぐにその笑顔は、泣きっ面に変わるぜ。

 

 俺の今回のターゲットは海竜ではない。シーダだ。

 ヤツも、まさかと思うだろうな? そこが狙い目なんだよ。

 俺が天才たる由縁は、この知略にあるんだぜ。

 

 ヴァルム家の次期当主になるために、最も確実なのは馬鹿正直に手柄を上げることなんかじゃねえ。ライバルを消すことだ。


 この海の上で、クソ生意気な異母妹を軍船ごと亡き者にする。そうすりゃ、嫌でも次期当主の座が転がり込んでくるって、寸法だ。


「ひゃははははっ! さすがは俺! 脳筋バカ妹なんかとは、頭のデキが違うぜ!」


 俺は自分の完璧な計画に酔いしれた。

 その時、ひときわ大きな波が押し寄せ、甲板が大きく揺れた。


「海竜だぁ!」


 見れば巨大な3匹の海竜が、海から首を出してこちらに突進して来ている。海竜は竜種の中で、もっとも巨大だ。

 体当たりをされて、船に穴でも空いたらそれだけで全員、海の藻屑だ。


「ようやく、お出ましか。待ちかねたぜ」


 俺は今使える最強の攻撃魔法【爆裂(エクスプロージョン)】の詠唱に入った。無論、俺の行動を怪しむ者は誰もいない。


「近づけさせるな! 撃ち方はじめ!」


 軍船の大砲が火を吹いた。いくつもの水柱が上がり、海竜が苦痛の咆哮を上げる。


「ようやく、出番だね。行くよ、ルーク! みんな私に続け!」


「はっ!」


 シーダが喜々として、相棒の飛竜に駆け寄った。

 その後を、部下の竜騎士どもが続く。


「シーダお嬢様、ご武運を!」


 シーダの出陣に、みんなが期待の声援を送った。

 ひゃは、今だぜ。


 俺はシーダに爆裂魔法を叩きつけた。閃光と同時に、甲板に待機していた飛竜たちが爆発で吹き飛び、船体が大きく抉られる。

 軍船は魔法障壁で全体がガードされていたが、障壁の内側からの攻撃には脆かった。


「くはははははっ! バカめ、大成功だぜ!」


 俺が口笛を吹くと、上空に偵察と称して飛ばしておいた飛竜が降りてくる。

 この飛竜は俺の配下だ。俺の言うことしか聞かないように躾けてある。飛び乗って上空に俺だけ脱出した。


「シーダ、お嬢様!?」


「な、何が起こったぁ……!?」


 甲板がふたつに割れて、船が沈んで行く中、兵たちは大混乱に陥った。


「ぐぁ、ルーク!? ……ま、まさかレオン兄様!?」


 妹は飛竜ルークにとっさに庇われて、致命傷には至らなかった。

 盾となった飛竜は悲しそうに鳴くと、血の海に沈む。


 だが、飛竜はこれで全滅。脱出の手段は無くなったぜ。さらにはシーダもボロボロで、アイテムを入れた腰のバックパックも吹っ飛んでいた。

 その無様な妹の姿に、俺は笑いが込み上げてくる。


「シーダ、兄であるこの俺様をさんざんバカにしてくれたな! ざまぁ見やがれ!」


「ま、まさか、これほどのバカだったなんて!? 降りてこい卑怯者! ルークの仇を取ってやる!」


 シーダは俺を睨みつけて、吠える。

 ヤツは巨大なファイヤーボールを連続で生み出して投げつけてきた。

 だが、俺はすでに魔法攻撃の射程外に離脱していた。我ながら素晴らしい知略の冴えだった。


「ひゃははははは! 誰がてめぇの相手なんざするかよ!  てめえは奮闘むなしく海に散ったって筋書きだ! これでヴァルム家次期当主は、俺に決定だぜぇ!」


「レオン、自分が何をしたのか、わかっているのかぁあああ!?」


 シーダの負け惜しみの絶叫が、俺の耳に心地よく響く。

 ああっ、最高の気分だぜ。


「今の魔法攻撃は、レオン様の仕業なのですか!? あ、あり得ない! なぜ!?」


「ずっとヴァルム家に仕えてきたのに、どうして、こんな非道な仕打ちを!?」


 兵たちはようやく状況を理解したようだが、次の瞬間には海竜に激突されて、船体が砕け散った。


「ハハハハハッ! 天才ドラゴンスレイヤーの俺様の完全勝利だ。ありがとうよ、海竜ども!」


 俺は勝利の笑い声を上げた。

 できれば、ここで海竜をすべて討ち取ることができれば完璧なんだけどな……

 まあ、俺は無理しない主義だ。さっさと帰って、次期当主の座を得た勝利の美酒に酔いしれるとしよう。


「なぁっ!? あの船は……!?」


 だが、視界の端に猛スピードでこちらに迫ってくる軍船を見つけて、俺はギョとした。

 その軍船はカルを当主とする新興のアルスター男爵家の旗を掲げていた。


「ヴァルム家のみなさん、カル・アルスター男爵です! 救援します!」


 魔法で拡大されたカルの大声が、海原に響き渡った。

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