34話。海竜を倒し、妹を助ける

「ティルテュ王女、【水流操作】最大船速!」


「任せておいて!」


 甲板に立った人魚姫のティルテュが、水流を操作し、軍船を飛ぶように滑走させる。水魔法を得意とする彼女の真骨頂だ。


「カ、カル様だ! カル様が助けに来てくださったぞ!」


「信じられない船速だ! もしや水魔法のスペシャリストを何人も召し抱えているのか……!?」


 海に落ちたヴァルム家の水兵たちが、歓声を上げた。


「アルティナ、竜魔法【黒炎のブレス】だ!」


「うむ、敵たった3体。いずれも小物じゃ。蹴散らしてやろうぞ!」


 冥竜王アルティナが、人間には発音不能な魔韻(まいん)を含んだ呪文を詠唱する。彼女を中心に爆発的な黒い魔力が噴き上がった。

 その威の前に、海竜たちは怯えたように動きを止める。


「め、冥竜王ともあろうお方が、まことに人間の犬に成り下がったか!?」


「ふん、敵の敵は味方という言葉を知らぬのか愚か者め! それに、わらわは人間を滅ぼされると困るのじゃ! 小説の続きが読めなくなるじゃろうが!」


 海竜からの罵声を、アルティナは笑って跳ね除ける。


「この世から消えるが良い【黒炎のブレス】!」


 轟音と共に放たれた黒い炎の奔流が、海竜たちを一瞬で焼き尽くした。それは生命を蝕む高純度の呪いだ。


「すさまじい威力だ! カル様が冥竜王を支配下に入れているという噂は本当だったのか!?」


「すごい! ちょっと、めちゃくちゃな破壊力だわ!」


 ヴァルム家の者たちだけでなく、ティルテュ王女も驚嘆していた。

 アルティナが味方で良かったと、つくづく思う。


「まだ敵がいるかも知れない。みんな油断しちゃ駄目だ! ローグとミーナは救命浮き輪を撒いて!」


「がってんです!」


「任せてくださいにゃ!」


 竜騎士ローグと、猫耳族のミーナがヴァルム家の者たちのために、救命浮き輪を次々と投げた。

 猫耳族に命じて、水難者の引き上げ作業を行う。


「カル兄様!」


 瀕死の飛竜を担いで、甲板に跳び上がってくる少女がいた。僕のひとつ下の異母妹シーダ・ヴァルムだ。

 母が違ったこともあり、実家にいた頃は微妙な距離感があった妹だ。


「お願いだよ。私のルークを助けて……!」


 見ればシーダは全身ズタボロで、回復アイテムも失ってしまっているようだった。


「わかった。エクスポーションを飲ませる」


「あっ、ありがとう……! 恩に着るよ」


 僕はシーダの飛竜に駆け寄ると、エクスポーションをその口に流し込んだ。

 飛竜の閉じていた目が開き、全身の傷がみるみる塞がっていく。

 飛竜は感謝したように、大きく鳴いた。


「ああっ、ルーク、ルーク! 良かった。本当にもう駄目かと思ったじゃないか!?」


 シーダは感極まったように飛竜に抱擁した。


「お前は私のモノなんだからね。私の許可なく、死ぬなんて絶対に許さない!」


「ぐぉおおおん!」

 

 飛竜はシーダをあやすように、鳴く。

 そういえば、この飛竜はシーダが自ら世話をして育てていた。

 妾の娘と蔑まれ、実家で僕同様に居場所の無かったシーダにとって、心を許せる貴重な友人なのだろう。


「シーダ、その火傷は海竜にやられたモノじゃないよね? 一体何が起こったんだ?」


 僕はシーダにエクスポーションを手渡しながら尋ねた。海竜は火属性の魔法は使えないハズだ。


「ありがとう……実は、レオンが。裏切り者が。絶対に許さない!」


 シーダは回復薬を飲み干すと、怒りに全身を震わせた。


「まさか、レオン兄上が妹を……味方を撃ったと?」


 事実だとしたら、あまりにもヒドイ。

 海での諍いごとは、船員全員の死に直結する。船上で魔法をシーダに向けて撃ったのだとしたら、単なる兄妹喧嘩では済まされない暴挙だ。


「許さない! 許さない! ルーク飛べる? アイツを……レオンを追って! 丸焦げにして海に沈めて、魚の餌にしてやる!」


「待てシーダ。今は溺れている人たちの救助が先だ。レオン兄上が逃げ去ったのなら、ヴァルム家のここでの最上位者はキミだろ? 元気が有り余っているなら、救助作業を手伝ってくれないか?」


 僕は口笛を吹いて、飛竜アレキサンダーを呼び寄せた。跳躍して、その背に乗る。


「……っ! カル兄様がそう言うなら! レオンに落とし前をつけるのは、後のお楽しみに取っておくとするよ」


 僕が飛び立つと、シーダも飛竜に乗って後に付いてきた。

 僕たちは波間に漂う人たちを拾い上げて、飛竜に乗せる。


「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」


「カル様、このご恩は一生忘れません!」


 救われた人たちは、涙ながらに感謝を口にした。

 一通りの救助作業を終えて、甲板に戻ってくる。助かった人たちは、お互いの無事を喜び合っていた。


「シーダお嬢様もありがとうございます。ザファル様は、アルスター男爵家の船を見つけたら沈めろとおっしゃっていましたが。カル様の指示にすぐに従ったご判断はお見事でした」


「そ、そうかな……」


 シーダは家臣たちに褒められて、まんざらでもない様子ではにかんだ。


「うん、そうだよ! やっぱりカル兄様は、レオンなんかとは器が違う! みんなの救助を優先して良かった! 私、頭に血が上り過ぎていたみたいだよ」


 シーダが僕に尊敬の眼差しを向けてきた。


「まさしく! カル様が戻ってきて家督を継いでくれたら、どんなに良いことか!」


「その通りだ!」


 それは救助された他の人たちも同じだった。

 今さらそんなことを言われても困ってしまうのだけど……


「レオン……あんな男が当主になるとしたら、ヴァルム家はもうおしまいです。俺はこの場にて、カル様に忠誠を誓わせていただきます!」


「ええっ!?」


 中には僕に臣下の礼を取り出す男もいて、非常に驚いた。


「私も! 私も! アルスター男爵家にお仕えしたく存じます!」


「カル様どうか、この俺を家臣に!」


 それを皮切りに、次々に僕の臣下になりたいとヴァルム家の者たちが申し出てきた。


「シーダお嬢様。誠に申し訳ありませんが、私も今日限りでヴァルム家とはおさらばさせていただきます!」


「いいよ、私だって気持ちは同じだもの!」


 本来、それを止めるべき立場のシーダまで、アルスター男爵家へのくら替えに賛同する始末だった。


「まだ救助作業が終わっていないので、その話はすぐにはお受けできません。次は怪我人の治療を……」


「はっ! まずは、味方の治療でございますね!」


「海に落ちた物資の中には、回収すればまだ使える物もあります! 野郎ども回収して、すべてカル様に献上するんだ! 最初のご奉公だぞ!」


「おおっ!」


 まだ承諾していないのに、スッカリ彼らは僕の家臣になったつもりでいた。

 困ったな。いきなり大所帯になると、住居も足りないし、給与の支払いも大変になる。


 ……今回の海竜討伐依頼の達成で、王国からまとまった報酬がもらえるから、なんとかなるか。

 ヴァルム家からもらった賠償金もあるしね。


「カル様、大変よ! 巨大な海竜がこちらに向かって来ているわ! こ、こここれって、まさか古竜!? しかも群れをなしているわ!」


 水魔法で周囲を索敵していたティルテュ王女が驚愕の声を上げた。

 船上に一気に緊張が走る。


「まさか、おびき寄せられた!?」


 海竜は僕たちを倒すために、群れで待ち伏せしていた可能性が高い。港町を襲っていた海竜は、いわば釣り餌か。


「ぐっ! マズイのじゃ。カルよ包囲される前に船を下げて、わらわたちだけで戦うぞ!」


 アルティナが飛竜アレキサンダーに飛び乗った。僕もその後に続く。


「よし、わかった。ティルテュ王女、みんなを連れて全速力で逃げるんだ!」


「も、もももちろんよ! 古竜に率いられた海竜の群れとなんて戦えないわ!」


 ティルテュ王女は首を竦めて、慌てて船を【水流操作】で後退させた。


「カル兄様、私も一緒に戦うよ! ルーク、行こう!」


 シーダが大剣を抜き放って叫んだ。異母妹との初の共同戦線だな。

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