35話。海竜の軍団を基礎魔法で倒す

「ぐぅっ! 敵はかなりの数だね。私はカル兄様の指示に従うよ!」


 怒涛の勢いで、海原を引き裂いて海竜の軍団が迫ってくる。

 先頭にいる島のような巨体の多頭竜が、古竜か。

 古竜と戦った経験が無かったら、圧倒されてしまったであろう威容だった。


「……よし、まずは取り巻きを倒そうと思う。これから、ヤツらを海面に飛び出させるから、シーダは魔法で撃って欲しい。アルティナは力を温存しておいて」


「うむ!」


「そんなことができるの!?」


 シーダは呆気に取られた様子だった。

 海竜たちは、空にいる僕たちを視界に入れるために首を海上に出している状態だ。ここからその首を魔法で狙っても、海中に潜られたら威力が散らされてしまう。


 無論、アルティナの【黒炎のブレス】なら、ヤツらに大ダメージを与えられるだろうけど、大技は古竜対策に取っておきたかった。アルティナの魔力も無限ではないからね。


「ティルテュから学んだ【水流操作】をさっそく試すのじゃな! 小娘、おぬしの兄は最強じゃから、安心して指示に従っておれ」


「冥竜王にそこまで信頼されるなんて、さすがはカル兄様! わかった! それじゃ、最大威力の範囲攻撃魔法をぶちかましてやるよ!」


 シーダは目をつぶって詠唱に入る。

 僕は海竜たちの周囲の海水を、【水流操作】で、僕たちに向けて強引に引き寄せた。


 元々、海竜たちも同種の魔法で、海中を高速移動していた。それがさらに加速したことで、彼らは勢い良く海面に飛び出すことになった。


「「グォオオオオン!?」」


 僕が【水流操作】を使えることを知らない海竜たちにとって、これは完全な不意打ちだった。魔法障壁も張らない無防備まま、空中に投げ出される。


「【炎の嵐】(フレア・ストーム)!」


 シーダから灼熱の炎の旋風が放たれた。海竜たちを飲み込んだ炎は、大量の海水を瞬時に気化させて、水蒸気爆発を起こす。


 スドォオオォーオオン!


 慌てて飛竜アレキサンダーに後退を命じなければ、僕もその爆発の煽りを受けていただろう。

 予想より、シーダの魔法の腕は上がっていた。


「おおうっ! さすがはカルの妹じゃな! 人間とは思えぬ見事な魔法じゃ」


「えへへっ! 私の得意属性は、火だからね。火竜だって焼き尽くしてやるよ!」


「……僕の妹ながら、恐ろしい」


 人間の扱う魔法は、竜魔法の下位互換だ。だけどシーダの火魔法は、古竜にすら通用する域にあると思う。


「【ウインド】!」


 僕はシーダが撃ち漏らした海竜を、収束させた風の刃でバラバラに切り刻んだ。

 ヤツらを海中に逃がす訳にはいかない。

 海竜が未だ混乱状態にあったのも幸いした。連射に優れた無詠唱魔法の利点を活用し、一匹残らず肉片に変える。


「えぇええええっ! な、何? その連射は!?」


「何って……基礎魔法【ウインド】だから、連射しても負荷がかからないだけだよ」


「はぁ!? い、今のが基礎魔法なの!? 海竜を切り刻んじゃってるけど……」


 シーダは何か気圧された様子だった。


「小娘、この程度で驚いておっては身が持たんぞ。カルの真骨頂は【竜魔法】にあるのじゃからな」


「りゅ、【竜魔法】って! うっ、うーん。私の知っている魔法の常識と違い過ぎる! そもそもカル兄様の得意属性って、風だっけ?」


 そう言えば、僕は自分の得意属性を知らなかった。

 なにしろ、呪いで詠唱を封じられていたせいで、魔法がマトモに使えなかったからね。本来は修行の過程で得意属性を知って、その系統の魔法を伸ばしていくものだ。


「おぬしたち、戯れはそこまでじゃ。真打ち登場じゃぞ」


「ま、まさか……人魚族でも無い者が、海竜を超える【水流操作】だと……!」


 7つの首を持った多頭竜が、敵意を剥き出しにして迫ってきた。さすがにこの巨体は、【水流操作】で空に飛ばせない。


「だが、この古竜フォルネウスと、海で戦おうなどとは笑止千万! 貴様の得意とする風の魔法などでは、我が肉体を裂くことはできんぞ!」


「えっ……多分、僕の得意属性は風ではないような」


 では、何かと問われると……わからない。多分、冥属性ではないと思う。

 一度、アルティナの【黒炎のブレス】をマネして使ってみようと試したけど、うまくいかなかった。

 冥属性の魔法は、先天的に冥属性が得意な者以外は修得できない。


「はっ? では、水属性か!? ハハハハハッ! 確かに見事な【水流操作】だったが、なおさら貴様に勝ち目はないぞ! 真の海竜が操る水の竜魔法の恐ろしさを、たっぷりと教えてやる!」


「それも違うような気が……」


 人魚族の【水流操作】は使えたけど、あまりしっくり来るような感覚ではなかった。

 いや、それよりも。

 

「もしかして、水の竜魔法を教えてくれるのか? それは、とてもありがたい!」


 不謹慎だけど、ぜひ、お願いしたいところだった。僕はもっともっと魔法を極めたい。


「えっ? カル兄様、何を言って……」


「カルは前に古竜と戦った際に、雷の竜魔法を見て盗んでしまったのじゃ。一度、見聞きした魔法の術式を、頭の中で完璧に再現できるようじゃな」


「……ごめん、カル兄様って人間なの? 天才過ぎて、何がなんだか」


 妹は呆気にとられていた。


「もちろん人間だよ」


「魔法に関しては、人間を遥かに超越しておるのじゃ。古竜ごときでは、おそらく相手にはならぬのじゃ。この勢いで成長すれば、いずれ竜王をも超えるじゃろうな」


「ぐっ! 人間風情が侮るなよ! 水の竜魔法を貴様がごときが扱えるハズがなかろう! 海の藻屑と消えよぉおおお!」


 古竜の咆哮が大海原に響き渡った。

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