31話。人魚族の至宝で、冥竜王を復活させる

「海竜の討伐。謹んでお受けいたします」


 アルスター男爵家は竜討伐のために新設された貴族家だ。一にも二にもなく、僕は引き受けた。

 僕が手柄を上げることは、母上の名誉挽回にもなる。


「ありがとうございます。同様の依頼が王国からヴァルム家にもされておりますわ。無詠唱魔法の力を知らしめるためにも、ぜひヴァルム家に先んじて、討伐を果たしてください」


 システィーナ王女が凛とした口調で告げる。

 海竜の討伐は、ヴァルム家との競争ということか……

 被害を受けている人たちのことを思えば、実家と協力して討伐した方が良いだろうけど。それは父上や兄上は承知しないだろうな。


 それに無詠唱魔法の学校を作りたいというシスティーナ王女の夢を叶えるためにも、ここで実績を作らなくちゃならない。

 ただ、ふたつ懸念点があった。


「その上で、ご相談があるのですが。海竜は人間が手出ししにくい海に生息しています。僕は水属性の魔法や軍船を持っていませんので、海中に逃げられたら非常に厄介です」


「えっ、そ、そうなのですか? 申し訳ありません……この依頼は難しいでしょうか?」

 

 システィーナ王女は顔を曇らせた。

 もちろん、打開策はある。


「そこで王女殿下にお願いなのですが、ヴァルム家からの賠償金で軍船を買うことはできませんでしょうか? 海竜に攻撃されてもひっくり返らないような頑丈な軍船が手に入れば……!」


「なるほど、さすがはカル殿です! 海軍の払い下げの軍船が民間に出回っていないか、すぐに調べさせます。それと水夫の手配も」


「よろしくお願いします。海竜に対抗するための水属性魔法についてなのですが……」


「ハイランド王国のシスティーナ王女殿下? はじめまして。私は人魚族の王女ティルテュ・オケアノスと申します」


 人魚姫のティルテュが顔を出した。


「おそらく貴国の港町を襲っている海竜は、我が海底王国オケアノスを攻撃している海竜どもと同じはずです。私も水属性魔法のスペシャリストとして、討伐のお手伝いをさせていただきます!」


 ティルテュに協力を頼もうと思っていたので、願ったり叶ったりの申し出だった。

 これで海竜と戦うための条件が揃った。


「人魚族の王女様!? こ、これはありがたいお申し出です。援軍、感謝いたしますわ。それで動かせる兵の総数はいかほどでしょうか?」


「兵はいないわ……」


 ティルテュ王女は苦渋に満ちた声で応じた。


「えっ……?」


 システィーナ王女は目を瞬く。ティルテュ個人ではなく、人魚族の軍が協力してくれるものと期待したようだった。


「我が国オケアノスは海竜王によって壊滅状態です。奴らは民たちを奴隷にしています。王族もことごとく捕らえられ……私だけがなんとかカル様に助けを求めるために、お父様に逃していだだきました」


 まさか、そんな深刻な事態になっているとは……

 僕たちは言葉を失ってしまった。


「ですから、お願いです。厚かましいかも知れませんが、海竜討伐に協力した見返りとして、ぜひ我が国を救うためにカル様のお力を貸してください!」


 ティルテュは必死に頭を下げた。


「わかりました。僕は救世主などではないですけど、協力したいと思います。システィーナ王女殿下、よろしいでしょうか? 海竜王は共通の敵です。ここは共同戦線を張るべきだと思います」


「はい、もちろんですわ。ティルテュ王女、これを機に我がハイランド王国と国交を開いていただくことは可能でしょうか? 人魚族は海を統べる種族。我が国の航海の支援をしていただけますと、非常に助かります」


「あっ、あああ、ありがとうございます!オケアノスを救っていただいたあかつきには、もちろん国交を開くことをお約束します。

 海の上でお困りなら友好国として、できる限りの支援、お手伝いをさせていただくことを、人魚族の王女の名にかけて誓います!」


 ティルテュは歓喜した様子で、腰を勢い良く折った。

 システィーナ王女は満足そうに微笑む。


 海竜の脅威が取り除かれ、人魚族と友好関係を結べれば、海上貿易や漁業の安全性が飛躍的に高まる。ハイランド王国にとって、とてつもなく大きなメリットだ。


「話はまとまったようじゃな。聞きたいのじゃが、竜王たちが滅ぼすと決めたのは人間だけじゃ。なにゆえに、海竜王は人魚族を攻めたのじゃ?」


 アルティナが真剣な眼差しで質問した。


「め、冥竜王……! 海竜王の狙いは【オケアノスの至宝】にあるようで、国中をひっくり返して必死に探させているわ。お父様が隠したから、まず見つからないと思うけど……」


「なぬ? 至宝とはなんじゃ?」


「【オケアノスの至宝】とは、人魚族の先祖が海神様より賜った、あらゆる魔法や呪いを無効化する宝珠よ。この力で私たちは外敵の海底王国への侵入を防いできたの」


 その一言でピンと来た。


「……そういうことか。その【オケアノスの至宝】があれば、アルティナの呪いが解けるんだ!」


「ふむ。わらわが復活する可能性を潰しておきたかったということか?」


「おそらく、そうだと思うよ。よし、海竜王を倒してアルティナの呪いを解こう! ティルテュ王女、【オケアノスの至宝】をそのために使ってくださいますよね?」


「冥竜王の復活のために……っ!?」


 ティルテュは全身を硬直させた。

 だけど、迷いは一瞬で解けたようだ。彼女は僕に深々と頭を下げた。


「も、もちろん、海底王国オケアノスを救っていただけるのでしたら、どのようなお礼でもさせていただきます! どうかお願いします、カル様!」

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