30話。人魚姫から、海底王国を助けて欲しいと頼まれる
「なんとも見事な変わり身じゃな。最初は、わらわのカルのことを雑魚呼ばわりしておったのに……」
アルティナがティルテュ王女を不審の目で見つめる。
治癒を終えたティルテュは床に両膝を
ついて、平身低頭になっていた。
「もっ、もも申し訳ありません! 最強のドラゴンスレイヤーっていうからには、きっと筋骨たくましい大人の男性かと思っていたので……助けていただき、ありがとうございました!」
「そんなに頭を下げなくても……ところで、僕が最強のドラゴンスレイヤーというのは、何の冗談でしょうか?」
人魚族の王女だというティルテュに、こんなにかしこまられると、やりにくい。
それに何やら誤解があるようだ。
「はい。海神様よりお告げがありました。カル・ヴァルム様は聖竜王が恐れる唯一の存在。そのお力を借りれば、我が海底王国を襲う海竜王リヴァイアサンを撃退できると……!」
「海神のお告げ……? なんというか、過大評価過ぎるような」
それに海竜王か。いきなり大物が出てきたな。
「私たち人魚族の王家は代々、海神様から予言をたまわる巫女の家系です。海神様が、そのようにおっしゃったからには、カル様は最強のドラゴンスレイヤーに間違いありません!」
人魚姫からキラキラとまるで神を崇めるような目を向けられてしまい、二の句が継げなくなる。
「聖竜王めがカルの力を恐れて、魔法詠唱を封じる呪いを伝播させたのは間違いないのじゃ。海神の予言は説得力があるのじゃ……で、おぬしに怪我を負わせたのは、海竜ではなく冥竜じゃろう? 海竜王リヴァイアサンは、冥竜も従えておるのか?」
アルティナが何やら真剣な口調で尋ねた。
冥竜は、アルティナの元々の家来だ。
「はっ? そうだけど……あなたはカル様の従者よね? さっきから聞いていれば、主人に対する口のきき方がなっていないわよ!」
ティルテュがアルティナに指を突きつけた。
いや、なんというか、怖いもの知らずだな。
「えっ、いや。いいんです、ティルテュ王女」
「いいえ。カル様、こういった上下のケジメはきちんとつけるべきです。私たち王侯貴族には担うべき重責と誇りが……!」
「確かに、わらわはカルの配下であるが、同時に家族でもあるのじゃ」
アルティナは憮然と返した。
「はぁ? 何を訳のわからないことを……」
「ティルテュ王女……えっと、驚かずに聞いて欲しいんですけど。この娘は、冥竜王アルティナといって。聖竜王と敵対する七大竜王の一柱なんです」
「えっ……?」
ティルテュは呆気に取られたように硬直した。
「うむ。2代目冥竜王アルティナじゃ。わらわの元家臣どもが、海底王国で暴れ回っておるのではないか? 冥竜は竜の中でも、特に血の気が多い連中じゃからな」
「め、冥竜王というと、かつて世界を焼き尽くしたという伝説の怪物……!」
「それはわらわの母様じゃ。母様の戦闘狂ぷっりは、突き抜けておったからな。わらわは平和と文化を愛する理知的なドラゴン故に安心するが良いのじゃ。趣味は読書じゃぞ」
「う、嘘? ホントに……?」
「はい。本当です。でも安心してくだ……」
「ひゃああああっ! 無理無理! 私なんか食べてもおいしくないです! 助じげてぇえ!」
ティルテュ王女は脱兎の勢いで後ずさって、僕の背後に隠れた。
「怖がらなくても大丈夫です。アルティナは人を食べたりしません。そもそも、聖竜王の呪いで人の姿に封じられているから、ドラゴンになれないんです」
僕はティルテュ王女をなだめる。
人魚姫は涙と鼻水で、美貌をグショグショにしていた。
冥竜に襲われた彼女としては、冥竜王は格別に恐ろしいようだ。もうちょっと、配慮して説明するべきだったかも知れないな……
「そうじゃ、安心せい。人魚など襲ったところで、おもしろくも何ともないのじゃ。ラノベを読んでいる方がおもしろいのじゃ」
アルティナも腰に手を当てて、敵意を否定した。
「そもそも、わらわはカルの配下じゃぞ? カルが助けたおぬしを攻撃する訳がなかろう」
「ほ、本当なの……?」
おっかなびっくりといった感じて、ティルテュ王女が問い返した。
「うむ。わらわは聖竜王と敵対しておる。聖竜王に賛同する他の竜王どもとは、違うのじゃ」
「ほっ。そ、それなら……って、冥竜王を配下に!? すっ、すすすすごい! やっぱりカル様は、神に選ばれた最強のドラゴンスレイヤーなんですね!」
ティルテュはさらに尊敬を増したように僕を見つめた。
これは困ったな……
「それで、詳しくお話を聞かせていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「は、はい! もちろんです」
頬を赤く染めながら、ティルテュ王女は大きく頷く。
その時、通信魔法の媒介となる水晶玉から、呼び出し音がかかった。
「カル殿。お喜びください。ヴァルム家から賠償金300万ゴールドを手に入れましたわ! 船でそちらに贈りますね!」
システィーナ王女の弾んだ声が聞こえてくる。
僕は慌てて、水晶玉の置かれた机の前まで飛んで行った。
「システィーナ王女殿下、えっ、賠償金300万ゴールドですか?」
それは大豪邸が建てられるほどの莫大な金額だった。
そんな額を父上から、もらってしまったのか? ちょっとやり過ぎなような。
「はい。それと本日は竜討伐の依頼があります。海竜王リヴァイアサンの手下が我が王国の港町を襲撃しています。
アルスター男爵家として、これを討ち取ってはいただけませんか?」
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