29話。怪我をした人魚姫を助ける
「知らなかったのにゃ。人魚って、足があるのにゃね」
ミーナが気絶した人魚族の少女を興味深そうに見つめる。人間離れした美しさを誇る彼女は、猫耳族たちによって砂浜に寝かされていた。
男性たちは、すっかりその美貌に魅了されて、目がハートマークになっていた。僕も思わず生唾を飲み込んでしまう。
アルティナの視線が痛いので、頭を振って全力で煩悩を追い出す。
なにより、彼女は全身にひどい火傷を負っていた。
「僕も実物を見るのは初めてだけど……人魚は陸上では人間と同じ二足歩行に。水中では、下半身が魚の形態になるようだよ」
僕はバックパックから、エクスポーションを取り出す。
「人魚は争いを好まず、海底都市に引きこもって暮らしておる。人間や他種族の前に出てくるのは珍しいのじゃ。戦闘好きな竜種とは、対極に位置する存在じゃな」
アルティナはなにやら呆れたように息を吐く。
「人魚は他種族であろうとも異性なら虜にしてしまう【魅了(チャーム)】の魔力を備えておるのじゃ。おぬしら、あまりジロジロ、この娘を見るでない。知らぬ間に、恋の奴隷にされてしまうぞ」
「は、はいにゃ!」
猫耳族の男子たちが、直立不動の姿勢で答えた。そうは言いつつも、視線は少女に固定されたままだ。
猫耳娘たちは、男子をジト目で見ている。
「……となると、【精神干渉プロテクト】が有効だね」
自身にかけると、湧き上がっていた少女への熱い想いがクールダウンする。
ふぅ〜。成功だ。人魚族の魔力、恐るべし。
「知らなかったのにゃ! カル様もアルティナ様も物知りですにゃ!」
ミーナが無邪気に褒めてくれる。
「僕は書物で読んだ知識があるだけだけどね」
「わらわも人魚と会うのは初めてなのじゃ。引きこもりという点では、シンパシーを感じるのう」
少女は重傷で意識を失っており、エクスポーションを口に注ぐが飲み込んでもらえなかった。
まずいな。これは一刻を争うぞ。
頭が熱くなるが、僕はエクスポーションを口に含んで、少女に口移しで飲ませた。
「う、うやましいにゃ!?」
「ぐっ! わらわもやってもらいたいのじゃ! 今から気絶しようかの」
アルティナやミーナたちから、嫉妬混じりの声が上がる。
えっ、キミたち、これは医療行為だからね。
「……あれっ? 傷が治らない?」
「やはりか。おそらく、この娘の怪我は冥属性の竜魔法【黒雷(くろいかずち)】によるものじゃな。治癒魔法を阻害する呪いを受けておるのじゃ」
アルティナが驚くべき見立てを告げた。
エクスポーションは封入した回復魔法の力で傷を癒す秘薬だ。
となると……
「もしかして、この娘は冥竜に襲われたということ?」
この近くに冥竜が来ているとなれば、大問題だ。冥竜は全竜種の中で、最大の攻撃力を誇る。
「そうじゃな。良く生き残ったと言うべきじゃが……ここまでのダメージを受けたとなると。かわいそうじゃが、このまま看取ってやる他にないの」
苦々しい口ぶりで、アルティナが断じた。
「にゃあっ!? 死んじゃうなんて、かわいそうにゃ! なんとか、なりませんかにゃ?」
「うーむ。この呪いの解除となると、聖竜でも連れて来ないと無理じゃな」
魔法以外の回復手段となると……
その時、僕の頭に閃くものがあった。
「……あっ、そうだ。古代遺跡のアレを試してみよう!」
「カルよ。アレとはなんじゃ?」
「アルティナの隠れ家には、古代人の残した治療カプセルという装置があったんだ。遺跡内の文献を読み漁っていて、昨日、偶然、見つけたんだよ。どんな怪我でも、回復させてしまうらしい」
「なんと!? そんな便利なモノが、あの家の中にあったのか? ま、まったく知らなかったのじゃ」
アルティナは目を白黒させていた。
「ただ、ホコリを被っていて。動くかどかは微妙なんだよね……」
なにしろ2000年近くも前の代物だ。使えたら奇跡だった。
「でも。試してみる価値はあると思う」
僕は人魚の少女を担ぎ上げた。
※※※
「ほ〜。こんな隠し部屋があったのじゃな」
アルティナが感嘆の息を吐く。そこは物置きほどの小さな部屋だった。
僕たちの目の前には、透明な謎の溶液に満たされたガラス張りのカプセルがあった。その中に人魚族の少女を入れる。
息ができるかちょっと不安になった。人魚族なら、大丈夫かな?
「あとは、このボタンを押して。10分もすれば、どんな怪我や病気も完治するらしいよ」
僕は操作手順書に従って、祈るような気持ちで少女の治療を開始した。
「……動いてくれよ」
治癒カプセル内に、気泡がボコボコと生まれる。
「おおっ! まさに奇跡じゃな。ちゃんと動いたぞ!」
よし、第一関門はクリアだ。
だけど、まだ安心はできない。経過を見ないと……
すると少女の火傷がみるみる回復して、肌が健康な色を取り戻していく。
「やった! この治療カプセルの効果は本物だ!」
僕は思わず喝采した。
エクスポーションでも、四肢の欠損までは回復できないけど、この装置では失われた肉体部位の回復もできるらしい。
まだ検証は必要だけど、本当だとしたら夢の装置だ。
「おおっ! わらわだけでは、この装置を発見することも、使い方を知ることもできなかったのじゃ。カルがいてくれて、本当に良かったのじゃ!」
アルティナの賞賛に思わず照れてしまう。
「……ううっ……はっ、ここは!?」
その時、人魚の少女が目を開けた。ラピスラズリのような美しい青い瞳をしている。
装置には治療中の人物と会話ができる機能もあり、外部スピーカーから声が聞こえてきた。
「あっ、気がついて良かったです。ここはハイランド王国領のアルスター島です。僕は領主のカル・アルスター男爵と申します。あなたを海で見つけて保護したのですが……」
「はぁ、男爵……? 気安く話しかけないで、辺境貴族の雑魚ふぜいが。私は人魚族の王女ティルテュ・オケアノスよ」
少女は傲慢に胸をそらして名乗った。
「な、なんじゃ、このエラソーな小娘は……」
アルティナが絶句している。
「私は海底王国オケアノスより、救世主とお告げの下ったカル・ヴァルム様にお会いしに来たの。竜狩りの名門貴族ヴァルム家に案内なさい!」
自分の要求が通るのが当然。自分は特別扱いされて当然という態度だった。さすがに、ちょっと引いてしまう。
「カル・ヴァルム……? それは、僕のことですが?」
一瞬の間があった。人魚族の王女ティルテュは、驚愕に口をパクパクさせている。
「は、はいっ……? でも今、アルスター男爵と……?」
「旧姓はヴァルムです。今は、アルスターの家名をシスティーナ王女殿下より頂戴しています。えっと、それで僕にご用とはなんでしょうか?」
「しっ、ししし、失礼しましたぁ! とんだご無礼を! おっ、おおおお、お会いできて光栄です! 最強のドラゴンスレイヤー、カル・アルスター様!」
ティルテュ王女は恐縮したように身体を震わせて頭を下げた。
僕は困惑してしまった。
なんなんだ、この娘は……?
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