28話。ヴァルム家、カルに賠償金300万ゴールドを支払うことになる

【父ザファル視点】


「ヴァルム伯爵家当主ザファル殿、あなたにはカル・アルスター男爵に、賠償金300万ゴールドの支払いを命じます」


 氷のように冷ややかな顔でシスティーナ王女は、ザファルに告げた。300万ゴールドとは、ヴァルム家の財政が傾くほどの大金だ。

 ザファルは水晶玉による通信魔法で、王女と会話していた。


「今、な、なんと申されましたか……?」


「この度、ヴァルム伯爵家がアルスター男爵領で起こした領民の誘拐未遂と乱暴狼藉について、お父様も大変お心を痛めておいでです。

 今は国内で、愚かにも足の引っ張り合いをしている時ではないと、ヴァルム家の当主ともあろうお方が理解できませんか?」


 ザファルは心臓が止まるほどの衝撃を受けた。とにかく、しらを切る。


「カ、カルの領地が襲撃されたなど、初耳です! 何を証拠にシスティーナ王女殿下は、私を犯罪者扱いされるのでしょうか? 名誉毀損もはなはだしいですぞ!」


「獣人ハンターの陣頭指揮を取っていたのは、ご子息のレオン・ヴァルム殿だと、カル殿は証言されています。

 さらにレオン殿は謹慎期間中にもかかわらず、複数の貴族令嬢のお屋敷を訪れていたとか。謹慎という言葉の意味を、もしやご存じない?」


「くっ……まさか、あのバカ息子……」


 レオンは自らカルの領地を壊滅させたいと強く訴えてきたので、正体を秘匿しつつ陣頭指揮を取るように命じた。

 それが、まさか正体が露見するような失態を犯すとは、開いた口が塞がらなかった。

 それ以前に女好きをこじらせて、まだ遊び歩いていたとは……


「さらにはカル殿の読心魔法により、襲撃を指示した首謀者はザファル殿であったことが明らかになっています。

 正直、呆れました。逆恨みもはなはだしいです。竜殺しの英雄カイン・ヴァルムの血統も地に落ちましたね」


「な、なんと……!」

 

 ザファルは驚愕した。

 獣人ハンターどもには、厳重な対精神干渉プロテクトをかけたつもりであったが……


 欠陥品であるカルが、突破した?

 もし本当だとすると、カルの魔法の腕前は最低でもAランク魔導師以上ということになる。


「システィーナ王女殿下は、カルめの言い分のみを聞くということですか? これはカルが父である私を陥れようとしているとしか……」


「お黙りなさい!」


 ザファルの弁明を、王女は一刀両断した。


「温情により、レオン殿は国外追放を免れたというのに……カル殿に賠償金を支払わないということであれば、今度こそレオン殿を国外追放します!

 この件については、お父様も同意しています」


 システィーナ王女の目は怒りに燃えていた。

 跡取り息子が国外追放などになれば、ヴァルム家はもはやおしまいだ。


「はっ! か、かしこまりました。ではカルに賠償金を支払います故に、このことはくれぐれもご内密に……」


 ただでさえ、ヴァルム家の悪評が出回っている状態だ。ここでさらに、他領を私怨から襲撃したなどという噂が広がれば、致命的になる。


「わかりましたわ。そうしていただけるのでしたら、この件については、これ以上追求はいたしません。

 しかし、今後もし同じような問題を起こすなら、わたくしは決して容赦いたしませんわよ? 今回以上の厳罰を覚悟するのですね」


「はっ、肝に銘じます」


 まさか襲撃に失敗した上に、カルを利する羽目になるとは……

 ザファルは内心、腸が煮えくり返るような思いだった。

 その怒りはカルだけでなく、レオンにも向いた。

 まさかレオンがこれ程までに無能であったとは……


 これならカルではなくレオンを追放すべきだったかも知れないが、すべては後の祭りである。


「ふふふっ……これで、カル殿に喜んでいただけますね。わたくしとカル殿の婚約に一歩近づけましたわ」


「……はっ、今、なんと?」


 王女がボソッと漏らしたことを、ザファルは聞き逃してしまった。


「な、なんでもありませんわ! それとレオン殿にはわたくしの半径50メートル以内に決して近づかないように厳命します。パーティなどで会っても、絶対に声などかけて来ないでください。気持ち悪い……!」


「はっ! 息子にしかと伝えます」


 レオンが、ここまで王女に嫌われてしまうとは……

 システィーナ王女は第一王位継承者、やがては女王となる身だ。

 レオンを当主に据えても、システィーナ女王の統治下では冷遇されることになるのは目に見えていた。


 レオンが大手柄を立てでもして名誉を挽回できなければ、シーダを当主に据えるべきだろう。


「賠償金の支払いはすみやかに行うように。要件は以上ですわ。下がりなさい」


「はっ!」


 胃痛を感じながら、ザファルは通信を切った。

 冷静に事後のことを考えようとするが、苛立ちを抑えきれない。


「くそぉおおおお! 酒だ、酒をもてい!」


 テーブルを叩きながら、侍女に命ずる。


「……父上、ただいま戻りました」


 そこに、ガックリ気落ちした様子のレオンが帰ってきた。


「カルの領地を襲撃した件ですが、雇った獣人ハンターどもが予想以上に無能で、失敗……」


「無能はお前だぁ!」


 配下に責任を擦り付けようとしたレオンを、ザファルは殴り飛ばした。


「げはぁ!?」


「今しがた、システィーナ王女殿下からお叱りを受けた。襲撃を指示したのがヴァルム家であったことが露見して、俺はカルに多額の賠償金を支払うことになったのだぞ!」


「はっ、えっ……?」


 口から血を流したレオンは、目を瞬いている。


「なんとしても、早急に手柄を上げろ! 王国政府より、海竜が港町で暴れ回っている故に、討ち取って欲しいという依頼が来ている。我が領内でのことだ。送り込んだ竜騎士たちが返り討ちにあっている。

 シーダと協力して、これを討ち取れ! もし失敗したら今度はお前を追放して、シーダを当主とする!」


「は、はぃいいい!」

 

 ザファルの剣幕に、レオンは逃げるようにこの場を後にした。

 レオンは無能だが、妾腹の娘シーダは有能だ。シーダに協力させれば、レオンの名誉挽回はなんとか叶うだろう。


 シーダはレオンをバカにして嫌っているのが気がかりではあるが……さすがに兄妹で足の引っ張り合いをするほど、あいつらも愚かではないだろう。

 ザファルはそう考えて、運ばれてきた酒をあおった。


 だが、レオンのバカさ加減は、想像をはるかに超えていたことを、ザファルは後に思い知ることになるのである。

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