22話。ヴァルム家の落ちぶれが始まる

【父ザファル視点】


「このバカ者がぁああっ!」


「ぶべぇ!?」


 ヴァルム家当主ザファルは岩のような拳を、息子レオンの顔面に叩き込んだ。

 レオンはぶっ飛ばされて、壁をぶち破って倒れる。


 ここはヴァルム家の屋敷だ。

 罪人として取り調べを受けて帰ってきたレオンに、ザファルは制裁を加えていた。

 まさか古竜討伐に失敗した上に、カルに王女を襲撃した罪まで暴かれるとは……

 あまりに予想外の失態に、ザファルは怒りが抑えられなかった。


「お前のおかげで、俺は皆の失笑を買ったのだぞ! 伯爵位に降格だと!? この栄光なるヴァルム家の歴史に泥を塗りおって、クズが!」


 王家からの通達で、ヴァルム侯爵家は伯爵位に降格という信じがたい処罰を受けることになった。


 ザファルはシスティーナ王女とレオンの婚姻を実現させ、公爵位を得ようと考えていが、真逆の結果になってしまった。


 王女はレオンの顔など見たくもないと国外追放という厳罰を強く要求した。

 ザファルは平謝りした上に、王家と被害者貴族に多額の賠償金を払って、なんとかそれは免れた。


 しかし、この事実は嘲笑と共に、瞬く間に貴族たちの間に広がった。


『なんでもレオン殿は、魔法の使えない無能と追放したカル殿に、古竜討伐の手柄を奪われたそうですよ』


『……カル殿は失われた無詠唱魔法の使い手であったとか。いやはや、当代のヴァルム家当主殿は人を見る目がないですな』


『レオン殿は気に入ったご令嬢を手に入れたいがために、自作自演で竜に襲わせていたそうです……王女殿下も被害に合われ、大変なお怒りようだとか』


『跡取りが、そんな愚か者ではヴァルム家はもう終わりですな。未来を見据えれば、今のうちからカル・アルスター男爵と懇意にした方が良いのでは? 齢14にして古竜討伐とは、伝説の英雄カイン・ヴァルムの以上の傑物ですぞ』


 ザファルが昨晩出席した国王主催の夜会で聞こえてきたのは、ヴァルム家の凋落をあざ笑う声だ。

 レオンだけでなく、ザファルの評価も地に落ちていた。

  

「しかも、ローグと飛竜に寝返られただと? 部下をまともに掌握することさえできぬのか!?」


 ベテラン竜騎士のひとりが、カルの家臣となったことも痛手だった。その知識と経験が、そっくりアルスター男爵家に渡ってしまう。


「げぼろしゃああっ!?」


 ザファルはレオンの腹に鉄拳を撃ち込んだ。

 レオンは血反吐を吐いて、のたうち回る。内臓が潰れたようだ。


「俺が嫌いなモノは良く知っているだろう? 1に弱者、2に敗者、3に無能だ! お前はそのすべてに当てはまる!」


 ザファルは肩を怒らせて、息子に歩み寄る。まだまだ殴り足らなかった。


「あーあー、情けないんだレオン兄様は、私、結構憧れていたのにさ」


 レオンの醜態をニヤニヤしながら眺めるは少女は、シーダ・ヴァルム。13歳になるレオンの異母妹だった。

 ザファルの妻が子供に伝わる呪いを受けたために囲った妾の娘だ。いわば、レオンのスペアである。


「カル兄様は王女様から古竜討伐の手柄を認められて、男爵位を頂戴したんだってね。あーあー、これじゃヴァルム家の面目丸潰れだね」


 シーダはこの状況を楽しんでいるようだった。


「て、てめぇシーダ、何が言いたい!? 妾の娘の分際で、この俺をバカにするつもりか!?」


 レオンが怒声を上げるが、シーダはどこ吹く風だ。


「別にぃい? ただ、レオン兄様がここまでの失敗をやらかしたのなら、次期ヴァルム家当主は私ってことになるよね?

 私、自分より弱い男の下につくなんて、まっぴら御免なんだよね。

 まさか、レオン兄様の自慢の怪力が、カル兄様のバフ魔法のおかげだったなんて、傑作じゃない!」


 けらけらと手を叩いてシーダは笑う。かわいらしい顔立ちをしているが、そこには兄への情など一切ない。

 それもそのハズ。ザファルは兄妹で競い合えと教えてきた。


「それにカル兄様は冥竜王をも支配下に入れちゃったんでしょう? そんなスゴイ相手と、知恵も力も足りないレオン兄様で、対等に付き合えるの?」


 シーダは最近、急激に実力を伸ばして自信を付けていた。

 父や兄に対して、まったく物怖じしていない。レオンに対しては、もはや見下す態度に出ていた。


「ねぇ父様、レオン兄様はさっさと廃嫡してさ。私を次期当主にしてくれないかな? こいつには、もう目をかけるだけ無駄だよ」


「な、なんだと!?」


「この俺に意見する気かシーダ? カルが冥竜王を支配下に入れたなど、ハッタリに決まっている。くだらぬ話を真に受けるな!」


 ザファルは娘を一喝した。

 もし事実ならカルの能力は、すでにヴァルム家当主であるザファルを上回っていることになる。そんなことは断じて認める訳にはいかなかった。


「まあ、そうかも知れないけど、カル兄様が古竜を倒したこと。無詠唱魔法の使い手であることは、もう間違いないよね」


「ぐっ……!」


 システィーナ王女の話もある。

 それについては、疑問を差し込む余地はなかった。


「一方で、レオン兄様は自演で王女様にけしかけた手下の竜に負けちゃうようなていたらく。動機はモテたいから……? 妹としては、恥ずかしくて外も歩けないよ」


 シーダは今まで妾の娘だと軽んじられてきたことの仕返しとばかりに、レオンに噛みつく。


「クソッ、てめぇ! 妹の分際で!?」


 激高したレオンがシーダに掴みかかったが、足払いをかけられて転倒した。

 シーダは心底、軽蔑しきった目でレオンを見下ろす。


「ダサ……ホントにこの程度だったんだレオン兄様は」


「まさかシーダにまで手玉に取られるとは……レオンよ、これ以上失態を犯したら、もはや次期当主の座は無いものと思え!」


「ひっ、ひぃいいい!」


 レオンは怯えた犬のような悲鳴を上げた。

 さんざんヴァルム家次期当主であることを自慢してきたレオンにとって、致命的とも言える宣告だ。

 シーダは我が意を得たりとばかりに満面の笑みをこぼす。


「やっぱり、私が次期当主になった方が良いねよ。私、カル兄様とは、割と仲良かったしさ。

 アルスター男爵家と、うまくやっていけると思うんだよね。無詠唱魔法にも興味があるし。今度、アルスター島に遊びに行ってみようっと!」


「シーダよ。まさかカルと馴れ合うつもりか? そんなことは断じて許さんぞ! そんなことを口にするなら、お前を次期当主にすることは、あり得んと思え!」


「へぇ~。了解……」


 叱責を受けたシーダは、失望したような目をザファルに向けた。

 追放したカルに好感を持っているなど、この娘は栄光あるヴァルム家の一員としての自覚が足りないようだ。しょせんは妾の娘である。


「まだ追求は終わっておらん。まさかカルが、伝説の無詠唱魔法の使い手だったとは……そのことに気づいていながら、この俺への報告を怠っていたな!?」


「いや、まさかカルがそんなスゴイ魔法を修得していたなんて、思わなかったんだよ!」


 見苦しい弁明をする息子を、ザファルはボールのように蹴り飛ばした。


「ぶばっ!?」


 レオンは天井や壁にバウンドしながら、廊下を転がっていく。

 たまたま居合わせたメイドが、悲鳴を上げた。


「ヴァルム家に対抗する竜狩りの台頭など許してはおけん。アルスター男爵家に、竜や魔物討伐の依頼を出した貴族は、今後、ヴァルム家の庇護は受けられないと伝達しろ!」


 ヴァルム家は国内に出現した竜を討伐する仕事で、地位と名声を盤石なものにしてきた。

 特に聖竜王が人間の領土に侵攻してきている現在、ヴァルム家の発言力は格段に増している。


 多くの貴族は、ヴァルム家と懇意にしたいハズだ。

 ヴァルム家の庇護が受けられないとなれば、新興のアルスター男爵家に依頼を出す貴族はまず現れないだろう、とザファルは考えていた。


「不安要素は芽のうちに確実に潰さねばならん。カルは猫耳族を領民にしておるのだな?

 なら手の者を放って、猫耳族どもを根こそぎ捕らえて奴隷として売り飛ばせ。ヤツの領地を干上がらせてやる。この俺に逆らったことを徹底的に後悔させてやるのだ!」


 ザファルは大声で吠えた。

 せっかく戻って来いと手を差し伸べたのに、それを突っぱねたばかりか、レオンの罪を暴いたカルが許せなかった。

 あの恩知らずの出来損ないに、ヴァルム家を敵に回した愚を思い知らさねばならない。



 ヴァルム家当主ザファルは、この決断をやがて後悔することになる。

 ザファルは思いもよらなかった。

 やがてカルが、先祖のカイン・ヴァルムも超える史上最強の英雄として歴史に名を刻むことを。


 そしてカルを敵に回したことで、ヴァルム家が没落し、全てを失うことを。

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