13話。兄レオンが負けた古竜を倒す

【古竜ブロキス視点】


「マズイ、なんだこの料理は!? さっさと生け贄の娘を連れてこい!」


 平伏した猫耳族に、古竜ブロキスは蹴りを入れた。


 古竜ブロキスは、皮鎧を着た戦士風の人間の姿をしていた。古竜の有り余るパワーを抑えるためだ。

 本来のドラゴンの姿で闊歩したら、それだけでこの村が壊滅しかねない。


「酒がなくなったぞ、早く代わりを用意しろ!」


 ブロキスの手下の火竜が、不機嫌そうに命令する。

 竜にとって、酒は好物のひとつだ。

 ブロキスの前にも、酒が並べられていたが、どれも口に合わなかった。しょせんは下等な蛮族の作る酒だった。


「そ、その、生け贄の娘は逃げてしまいまして……今、必死で探させていますにゃ」


 村長の男が、脂汗を浮かべながら弁明した。

 生け贄は猫耳族に、自分たちが奴隷であることを思い知らせるために用意させていた。


「生け贄は、お前の娘だったな? ……まさか故意に逃した訳ではあるまいな? 俺は今、腹が減っている。見つからぬのなら、すぐに代わりを用意しろ!」


「はひぃ! い、いや、それは……」


 しどろもどろになる村長は、時間稼ぎをしているように見えた。

 ブロキスはあまり見せしめに猫耳族を殺傷すると、冥竜王の捜索に支障が出ると考えて手加減をしていた。

 それが裏目に出てしまったらしい。


 自分たちは奴隷なのだと、コイツらに思い知らさねばならない。


「もういい。それなら村長交代だ。お前はここで死ね」


「そ、そんにゃ……!」


 ブロキスは村長の首をねじ切ろうと、手を伸ばした。


「今だ集中砲火! 奴らを殲滅しろ!」


 その時、空に突如、飛竜に乗った竜騎士の一団が現れた。数は20騎ほど。どうやら、魔法のアイテムで姿と気配を消して接近していたらしい。

 その家紋は、竜狩りの名門ヴァルム侯爵家だった。


「レオン様、猫耳族が射線上に入っていますが!?」


「邪魔くせぇ! 今がチャンスなんだよ。古竜ごとぶちのめせ!」


 彼らは強力な攻撃魔法を雨のようにブロキスに浴びせた。手下の火竜たちが魔法の矢を受け、数秒で穴だらけにされる。


「にゃっ! にゃぃいい!?」


 巻き添えを喰らった村長が、死物狂いで逃げ惑う。

 村の建物が木っ端微塵になり、あちこちから悲鳴が上がった。


「ヒャハハハッ! 人間の姿になっているとは油断もいいところだぜ! これなら一気に……!」


 指揮官と思われる男が、勝利を確信してバカ笑いをする。

 おそらく、ヴァルム家の跡取りであるレオン・ヴァルムだろう。


 竜の鱗を裂くほどの怪力無双と聞いていたが、手ぬるい遠距離攻撃を仕掛けてくるとは、がっかりだった。


「これが竜狩りの名門ヴァルム侯爵家か? 期待外れにも程があるぞ!」


 ブロキスは人間への擬態を解いて、古竜の姿へと変身する。多少ダメージを受けたが、戦闘に支障はなかった。


「し、仕留め切れなかっただと!?」


 人間の姿になっている状態の竜は、戦闘能力が落ちている。

 そこを狙えば倒せると考えたのだろうが、仮にもブロキスは上位古竜だ。


「く、くそっ、怯むな! 次の魔法詠唱だ……っ! 攻撃アイテムで時間稼ぎしろ! 全部使え!」


「はっ!」


 予想外の事態に、敵は浮足立つ。


「コイツに勝てなかったら、ヴァルム侯爵家の……俺のメンツは丸潰れだぁ!」


「メンツだと? 愚か者め! この程度の力で我に挑むとはな! お前はここで死ぬのだ!」


 ブロキスが放った巨大雷球に、5名の竜騎士が飲まれて消滅する。


「ひ、ひゃぁああああ!? 撃て! 俺を守れぇええええっ!」


 レオンは恐怖に半狂乱になって命じた。


「やめてくださいにゃ!? この村が、みんなが死んでしまいますにゃ!?」


 大怪我をした猫耳族の村長が、ヴァルム竜騎士団に訴える。

 無論、連中はそんなことはお構いなしで、強力な魔法を一斉に放とうとした。

 傷ついた猫耳族たちは、それを絶望と共に見上げ……


 グオオオォォォン!


 すさまじい威圧感を持った咆哮が轟いた。大気が震え、ブロキスは心臓を鷲掴みにされたような恐怖を覚える。

 自分にこんな恐怖を与えられる存在と言えば、ひとりしか思い浮かばない。


「【竜王の咆哮】(ドラゴンシャウト)。まさか……冥竜王か!?」


 ブロキスは歓喜する。ようやく討伐対象に出会えたのだ。

 レオンとその配下は、白眼を剥いて失神した。もうこんな雑魚に構っている暇はない。


「我が最大の一撃で、跡形も残らず消滅させてやる!」


 口腔に魔力を収束させ、ブロキスは咆哮がした方角に必殺の【竜魔法】を放つ。


「【雷吼(らいこう)のブレス】!」


 発射された超高圧の電撃が、木々をなぎ倒し、大地を抉った。

 勝利を確信した瞬間、ブロキスは背後から黒い炎の奔流に襲われる。


「なにぃいいい!? 【黒炎のブレス】だと!?」


 それは、かつて世界を焼き滅ぼしたとされる冥竜王のブレスだ。

 まるで解せなかった。こんな素早く背後に回り込んで、最強の一撃を放つなど、いくらなんでも不可能だ。

 冥竜王が2体いなければ、絶対に起こり得ないことだった。


「ぐぉおおおお! お、おのれ……この古竜ブロキスが!?」


 全身が焼けただれていく中、ブロキスは絶叫した。

 

「舐めぇるなぁあああ! 人間の姿に封じられた貴様風情に討たれる我ではないわ!」


 冥竜王は呪いによって、ドラゴンの姿になることができなくなっていた。

 たとえ不意打ちで大ダメージを受けたとしても、まだ勝算はある。

 だが、次の瞬間、さらなる衝撃がブロキスを襲った。


「なんだと!?」


 頭上から自身の得意技である【雷吼(らいこう)のブレス】が押し寄せてきたのだ。

 輝く雷撃が、ブロキスの全身を打ち据える。

 見上げれば飛竜に乗った少年が、上空から【雷吼(らいこう)のブレス】を発射していた。


 信じられない光景だった。人間が竜魔法を、しかもブロキスの切り札である【雷吼(らいこう)のブレス】を使っているのだ。

 その上、ブロキスの【雷吼(らいこう)のブレス】よりも破壊力が勝っていた。


「バカなぁあああ……! 何者だぁ!?」


 古竜ブロキスは、断末魔と共に焼き滅ぼされた。

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