10話。兄レオン、王女から婚約破棄を宣言される

【兄レオン視点】


「ああっ……まさか、そんな……カル殿が亡くなってしまったなんて!」


 システィーナ王女は、カルの遺品として差し出された上着を前にして泣き崩れた。


 俺の飛竜アレクサンダーが、例の無人島で拾ってきたボロ布だ。竜の爪に引き裂かれたようで原型を留めておらず、血痕も付着していた。

 まず確実に、カルは竜に襲われて死んだな。


 ちっ、もし生き残っていたら、俺の古竜退治に協力させようと思っていたのに。使えねぇ野郎だぜ。


「王女殿下、残念な結果となりましたが。竜と戦って敗れたのなら、カルは名誉の戦死というものです。何も悲しむことはありません」


 俺はシスティーナ王女に慰めの声をかけた。


「それよりも、気晴らしに今日はこれから俺と演劇鑑賞など、いかがでしょうか? 俺のご先祖様カイン・ヴァルムの英雄譚です!」


 女を落とすには精神的に弱ったタイミングこそ狙い目だ。

 今日こそ、王女との初デートを決めてやるぜ。ヒャッハー!

 俺は取りあえず古竜退治の難題は棚上げして、楽しむことにした。視線は王女の巨乳にロックオンだ。


「それは良い! いかがでしょうか王女殿下、ぜひとも我が息子レオンとの縁談を前向きに検討していただきたく。古竜討伐に成功したあかつきには、内外に婚約発表を……」


 システィーナ王女は父上のセリフを手で遮った。

 そして泣き腫らした目で、俺たちを睨みつける。


「……わたくし、やっと理解しましたわ。この身を引き裂かれるような感情。カル殿を想うと、胸が締め付けられて息もできないようなこの気持ちは……恋だったのですね」


「はぁ……っ?」


 な、何を言っているんだ、このお姫様は?

 俺と父上は揃ってあ然とした。


「ヴァルム侯爵ザファル殿。残念ですが、レオン殿との婚約の話は、破棄させていただきます。

 わたくしの愛するカル殿を、無惨にも古竜の巣食う無人島に置き去りにしたヴァルム家との縁談など、金輪際お断りですわ!」


「なっ!? し、しかし、それでは王女殿下……!?」


「お黙りなさい! もし王家と婚姻関係を結びたいとおっしゃるなら、カル殿を連れて来なさい。カル殿となら、わたくしは喜んで婚約いたしますわ!」


 システィーナ王女は怒り心頭で、テーブルを叩いた。

 

「何が名誉の戦死ですか!? 気晴らしに演劇鑑賞? あなた方はとんだ冷血漢です。恥を知りなさい!」


 や、やべぇ。完全に感情的になってやがるぞ。

 それにしても、この俺がせっかくデートに誘ってやったのに、カルに恋しましたとはこのクソ姫、どういう了見だ?

 この俺より、カルの方が男として優れているとでも言いたいのか?


「王女殿下、しかしカルは呪い持ちの出来損ないで……もし婚約などしたら王家に呪いが移ります! 俺の方が、王女殿下の夫によっぽどふさわしいと思いませんか?」

 

 腹が立つが、ここはなんとかなだめねぇとヴァルム家の面目は丸潰れだ。

 俺は渾身の口説き文句をかけた。


「あなたが……? ご冗談でしょう! わたくしのカル殿を悪し様に言うなんて、許せませんわ。わたくしを救ってくれた彼こそ、真の勇者です!」


 だが、システィーナ王女は怒りに拍車をかけた。


「不愉快です。わたくしは帰ります!」


「お待ち下さい。我が息子、レオンは必ずや古竜を討伐してみせます!」


 父上は慌てて、王女を引き留めた。


「そのあかつきには、レオンとの縁談を、なにとぞ、なにとぞ、ご再考いただきたく! 聖竜王の脅威がある現在、ヴァルム家は王国にとって必要不可欠な存在のハズです」


「……そ、それは確かにそうですが」


 システィーナ王女はいくぶんか、冷静になったようだ。

 それは、そうだ。一体、誰のおかげでこの王国が保っていると思ってやがる。この俺様の、ヴァルム家の活躍のおかげだぞ。


「わかりましたわ。では、もしレオン殿が古竜討伐に失敗したら、その時は、正式に婚約を破棄させていただきます。よろしいですわね?」


「ありがたき幸せ! 聞いたなレオン。必ずや古竜討伐を成功させるのだぞ」


「はっ……!」


 威勢良く返事をしながらも、俺は胃に穴が空きそうだった。

 目を逸らしていた難題が、重くのしかかってきた。


 カルのバフ魔法が無くなった今、俺はもう以前のような力を発揮することができねぇ。


 だが、今さらできませんなどとは、口が裂けても言えなかった。そんなことをしたら、王女との婚約破棄どころか、ヴァルム家そのものがおしまいだ。


「……期待しておりますわよ。レオン殿」


 システィーナ王女が蔑んだ笑みを投げてくる。


「お父上にここまで大見得を切らせて、失敗するなどということは、万が一にも有りえませんわよね?」


「はっ、も、もちろんです!」


 こ、この女、俺が失敗すると思っているな……

 

 準備期間として与えられた残り12日あまりで、なんとか古竜を倒せる算段をつけねぇと……お、俺は破滅だ。

 俺は内心、頭を抱えた。

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