7話。ヴァルム家、王女からカルを連れ戻すように命令される

【兄レオン視点】


「システィーナ王女殿下、カルを連れ戻せとは、一体どういうことでございましょうか? アレは魔法が使えぬ欠陥品でございますが……」


 父上は応接室に招いたシスティーナ王女に、困惑気味に尋ねた。

 てっきり王女は俺との縁談を進めるためにヴァルム侯爵家を訪れたと思っていた父上は、仰天していた。

 俺も訳がわからねぇよ……


 計画通りにことが進めば、システィーナ王女は俺に惚れ抜いて、午後は楽しくデートのハズだったのに。

 俺は15歳にしては大きい王女の胸に視線を釘付けにして、歯軋りしていた。

 

「実は叔父様が王位を狙って、わたくしを亡き者にしようとしていました。カル殿は、わたくしの身を案じてバフ魔法をかけてくださったのです。その効果はすさまじく、わたくしは暗殺者の凶刃から逃れることができたのですわ」


「そ、そんなことは初耳でありますぞ!」


 普段は豪胆な父上が、驚愕していた。

 俺もシスティーナ王女が命を狙われていたことを初めて知った。


 それに、カルのバフ魔法だって? あいつは無詠唱魔法を修得したとかほざいていたが、ただの妄想だと思って相手にしなかった。

 それが王女の命を救うことに繋がっていたっていうのか? そんな、バカな!


「それはそうですわ。ことは王家のお家騒動にまつわる話。叔父様に手の内を明かさないためにも、このことは極秘にしていました。

 しかし、先日、叔父様に暗殺の動かぬ証拠を突きつけ、王位継承権を剥奪。地下牢に幽閉しました。よって、ようやく事件のてんまつを公にできるようになったのです」


 システィーナ王女は、口惜しさに唇を噛んだ。


「わたくしの命を救ってくれた小さな勇者。カル殿にようやく報いることができると思って喜んでおりましたのに……

 独学で無詠唱魔法を復活させてしまったほどの天才を、こともあろうに竜の巣食う無人島に追放するなんて。呆れて物も言えませんわ!」


「はぁっ!?」


「まさか……本当にカルは無詠唱魔法を習得にしていたのですか?」


 父上が声を震わせる。

 俺もまったく、訳がわからない。

 この王女様は、頭がおかしくなったんじゃねぇか……?


「ヴァルム侯爵殿は、わたくしが嘘をついているとでも? わたくしはレオン殿との縁談のためにこの地を訪れた際に、カル殿にお会いしました。

 カル殿はわたくしの様子がおかしいことを察し、何か悩みごとがあるのでは? と尋ねました。身内に裏切られ、ちょうど精神的に追い詰められていたわたくしは、命の危険にさらされていることを漏らしてしまったのです。

 するとカル殿はわたくしに【筋力増強(ストレングス・ブースト)】の魔法をかけてくださいました。そして、非力なわたくしは暗殺者を一撃でノックアウト。自分でも驚きましたわ」


 そこまで聞いた俺は、心臓が凍りついた。

 ま、まさかカルの言っていたことは、本当だったのか?

 2年くらい前から俺の筋力は驚異的に伸びて、並のドラゴンなら一撃で倒せるほどのパワーを手に入れた。


 おかげで周囲から冥竜王を撃退した大英雄カイン・ヴァルムの再来だと、もてはやされた。

 そ、それが、まさかあのカルの野郎のおかげだとしたら……。


「知っての通り聖竜王サヴァンテルが、各国に戦争を仕掛けてきています。わたくしは次期王位継承者として、これに対抗するため古代魔法の研究に力を入れることにしたのです。

 カル殿を魔法講師として宮廷にお招きし、伝説の無詠唱魔法を広めていただきたいと考えておりましたのに……」


 システィーナ王女は、怒気のこもった目で父上を睨みつけた。


「今すぐ、カル殿を無人島から連れ戻しなさい! それが叶わないなら、レオン殿との婚約は無かったことにさせていただきますわ! これは我が国の……いいえ、人類の未来を決定する一大事ですよ!」


「そんな無茶な!? あの島には、古竜が……!」


 俺は思わず口を滑らせた。


「古竜ですって? どういうことですか!?」


「……レオンよ。説明せよ」 


「はっ。俺の飛竜が、あの島に近づいた時、古竜がいるとの警告を発しました。飛竜どもを使って調査したところ、聖竜王の配下の古竜が、手勢と共にあの島に巣食っているようです」


 竜にとって、人間の子供はご馳走だ。

 さらには、俺は上空からカルを投げ捨てた。そんな状態では、カルはまず生きてはいないだろう。

 捜索なんぞ、無意味だ。

 

「なんですって!? それが事実なら、民に被害が及ばぬ前に、早急に古竜を討伐せねばなりません。カル殿の捜索と古竜の討伐、両方を申し渡します」


「わかりました。システィーナ王女殿下。その任務、お引き受けいたします。

 我が息子レオンは、大英雄カイン・ヴァルムの生まれ変わりとも言える傑物。必ずやご期待に添えるでしょう。レオンよ、頼んだぞ」


「はっ……!」


 父上は王女の依頼を、俺に振った。

 こ、これはマズイことになったぞ。


 古竜なんぞに今の俺が遭遇したら、多分、100%死ぬ。

 カルもくたばっているだろうし、どちらの任務も達成不可能だ。

 だが、仮にも王女からの依頼だ。断るなんてことは、できねぇ。


「も、も、もちろん。かなりの手勢を用意していただけるのですよね。父上?」


「何を言っておるのだ? ここで一皮剥けるためにも、単騎での古竜討伐に挑戦してみるが良い。お前の名は世界中に轟くことになるだろう」


「そ、それはいくらなんでも……!」

 

 父上は声を潜めて、俺だけに聞こえるように付け加える。


「ここで手柄を立てれば、システィーナ王女殿下の覚えもめでたくなる。王女殿下との婚姻が現実に近づくのだぞ。

 なに、大丈夫だ。金に糸目をつけず最高級回復薬(エクスポーション)を大量に用意してやる。お前なら、必ず勝てる」


「い、いや! 古竜の他にも敵がいるようです! 優秀な竜騎士を最低でも10名はいただきとう存じます!」


 俺は必死になって訴えた。


「……なに?」


 父上は訝しげな顔をする。

 俺は慌てて、まくし立てた。


「カルの捜索は、飛竜を向かわせてすぐに行いますが! 古竜討伐には、入念な準備が必要です! 念には念を入れますので、2週間ほど時間をいただきとう存じます!」


 今の俺の力がどの程度なのか調べるのと、金に物を言わせて魔法のアイテムをかき集める必要があった。


 最高級回復薬(エクスポーション)だけじゃ足りねぇ。強力な攻撃系アイテムも取り揃えなくては……

 とにかく、俺はまだ死にたくない!


「……獅子は兎を狩るにも全力を尽くすという。油断せぬのは良いことだ。期待しておるぞ、レオンよ」


「はっ!」


 父上は俺の内心などつゆ知らず、期待に満ちた目を向けた。


「ありがとうございますわ。カル殿の捜索は、今ならまだ間に合うハズです。わたくしは、どうしてもカル殿にご恩返しがしたいのです。よろしくお願いしますわ。あの小さな英雄を助けてください」


 システィーナ王女は満足そうに微笑んだ。

 クソ王女が無理難題を押し付けやがって。


 俺は心の中で、毒を吐いた。


 何がご恩返しがしたいだ、てめぇの善人アピールと自己満足に付き合う身にもなってみやがれ。

 そもそも、この俺が好きになってやってるのに俺を好きにならないなんざ、おかしいだろう!? レオン様に抱かれたいって、泣いて喜べよ! それが、ふつうだろう?


 どこまでも輝いていた俺の未来に、暗雲が垂れ込めはじめていた。

 くそぅ、なんとかしなくちゃならねぇ……

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