6話。詠唱魔法は初心者向けの魔法にすぎない

「ところで、気になっていたんだけど……ここはどこなの?」


 お腹いっぱいになった僕は、周囲を見渡して尋ねた。

 天井にはこうこうと光を放つ、見たこともない魔導器が設置されている。本棚にはハードカバーの本が並べられ、観葉植物なども置かれていた。

 不思議なのは窓が無いことだ。もしかして、地下室? 


 アルティナの隠れ家らしいけれど、無人島にこんな立派な家があるなんて驚きだった。


「ここは、わらわが偶然発見した古代文明の遺跡なのじゃ。機構が生きておって便利なので、そのまま使っておる」


 アルティナは立ち上がって本棚から、いくつか本を取り出した。


「これらは古代文字で書かれていて、わらわには意味不明じゃ。カルになら、わかるか?」


「……何とか読めるね。発行年月日からすると、エレシア文明後期に書かれた物か」


 僕は無詠唱魔法を習得するために、実家の蔵書を漁って古代文字を研究した。そのために古代文明にも詳しくなっていた。


 2000年前、人間は今よりはるかに高度な魔法文明を築いていた。だけど、その文明は神の怒りに触れて、滅び去ってしまったという。

 その時代の遺産が、無詠唱魔法だ。


「【魔法基礎理論】……?」


 本のタイトルから、魔導書であることがわかった。

 パラパラとめくって、内容に引き込まれる。どうやら、魔法術式に組み込まれた魔法文字が、どういった現象を引き起こす要因になっているか書き記した書物であるらしい。

 僕は興奮を抑えられなかった。


「これはスゴイ書物だよアルティナ! 世紀の大発見かも知れない!」


 どの魔法文字がどんな現象を引き起こす要因になっているのかわかれば、魔法を改良したり、新しい魔法を創造するのに役立つ。

 この魔導書は古代文明の叡智そのものだ。


「本当か!? よくわからぬが、カルに喜んでもらえて、うれしいのじゃ!」


「他にはどんな本があるんだろう? ちょっと調べさせてもらって良い?」


「ここはカルの家でもあるのじゃ。遠慮なく見るが良い。わらわの物はカルの物じゃぞ」


 本棚を漁ってみると、【魔法基礎理論】が53巻まであった。

 一般的な魔法文字だけでなく、精霊言語、竜言語、魔族言語、エノク語(天使言語)といった人間以外の種族が使う特殊な魔法文字まで網羅されていた。

 すごいなんて、ものじゃないぞ。


『無詠唱魔法の本質とは、詠唱の省略ではない。人間の声帯では発音不可能なあらゆる魔法言語を使用できることにある。

 詠唱魔法とは、魔法初心者向けの技術にすぎないのだ』


 と、1巻のまえがきにあった。

 もしかして、この遺跡は古代の魔法研究施設か何かだったのかな?


 よし、これから毎日【魔法基礎理論】を読み漁るとしよう。

 ああっ、今からワクワクが止まらないなぁ。


 ただ、この書物だけでは、別種族の魔法をマスターするのは不可能だと思う。魔法文字の意味が理解できても、発音がわからない。

 【竜魔法】を習得するためには、アルティナから竜言語の発音を教えてもらう必要があるな。


 他に本棚を埋めているのは娯楽小説だった。


「これらの小説は、わらわが買い集めた物じゃ。人間は実におもしろい物語を作るのう。こんな素晴らしい生き物を滅ぼそうとは、聖竜王は気が狂っているのじゃ!」


 アルティナが絶叫する。

 まさか、アルティナが人間の味方なのは、小説が読みたいためか……?


「……ふうん?」


 パラッと読んで見ると、主人公が異世界に行って活躍する冒険小説が多かった。

 この手の娯楽小説は、子供の頃、母上に読んでもらったことがある。ちょっと懐かしいな。


「へぇ……これはおもしろそうだな。あとで、僕も読んでみよう」


「本当か!? うぉおおお! やったのじゃあ! わらわの初めての同志ができたのじゃ!」


 アルティナが、ずいっ!と、鼻息も荒く僕に美貌を寄せる。

 って、距離が近すぎる。吐息がかかりそうな距離だ。


「わらわのオススメはコレ! 挿絵がエロ可愛くて最高で、わらわ好みの美少女がたくさん出てくるハーレム物じゃ。特にヒロインのラニちゃんが、かわいくてハァハァするぞ!」


 アルティナが書物を開くと、半裸のメイド美少女が涙目になっているイラストが描かれていた。


「おわっ!? な、なんだこれ……?」


 ちょっと僕には刺激が強すぎた。

 最近は、こんな小説が市場に出回っているのか?


「これこそ世界最高の文学じゃ。あまりにもおもしろくて、16巻を一気買いしたぞ」


「そ、そんなにたくさん出ているんだ!?」


「よし、寝物語にわらわがこの素晴らしい小説を朗読してやるのじゃ!」


「それはさすがに結構なんで……」


 何やら熱く語ってくるアルティナを引き剥がして、家の中を探索してみる。

 他には風呂場とトイレ、キッチンがあった。

 どういう仕組みになっているのか、ボタンを押すと水が流れる。これには非常に驚いた。


「その水は飲めるのじゃ! あと、コッチのボタンで、お湯も出るぞ! ほら温かいじゃろ?」


「なんだって……?」


「温度調整もできるぞ! ボタンを押して、5分でお風呂に入れるのじゃ」


 なんだ、この非常識な便利施設は?

 王宮ですら、ここまで凝った上下水道なんて完備されていない。

 召使いが井戸で水汲みをし、薪でお湯を沸かすものだ。


「このお湯は、もしかして魔法で沸かしているのかな? どうやって瞬時に適温に? 魔力の供給は……?」


 頭を捻るが現代の魔法文明では、どう考えても不可能だった。


「ふふふっ! あとで、一緒にお風呂に入ろうのう! それと、こっちは冷蔵庫じゃ!」


 アルティナが案内してくれたのは、ヒンヤリと冷たい空気に満たされた食料貯蔵庫だった。


「ま、まさか、魔法で食料が腐らないように、温度を下げているのか? しかも恒常的に……?」


「詳しい仕組みは、わわらにもまったくわかん!」


 温度は高くするより、低くする方が難しい。また、魔法とは一時的効果をもたらすのが常で、効果を維持し続けるような魔導具は、作ることができなかった。


 これは興味深い施設だな……使われている魔法技術について、徹底的に研究してみる必要があるかも知れない。


 しかし、冷蔵庫の肝心の中身は、ほぼ空っぽだった。

 果物などが、申し訳程度に置いてあるだけだ。


「外は聖竜王の手下がうろついておるので、食料を探しに行きづらいのじゃよ。場所は特定されておらぬが、この島にわらわの隠れ家があることはバレておるからな。あっ、出口はこっちじゃぞ」


 推測通り、ここは地下らしく出口は階段を登った先だった。


「出入り口は岩に偽装されておるから、まず発見されぬぞ。じゃが、外には極力出ないことじゃな。わらわのストーカーがしつこくてな。おかげで、小説の新刊も買いにいけん。はぁ〜っ」


 アルティナがガックリと肩を落として、溜め息をつく。


「一応、キノコの栽培などを家の中でしておるから、完全に飢えることはないが。キノコばかりで夢に見そうじゃ……」


「……なるほど」


 僕を歓迎するために、アルティナが貴重な食料を大盤振る舞いしてくれたのには、改めてじ〜んと来た。


 だけど、食料事情が悪いのは大問題だ。それに血眼(ちまなこ)になって、敵がここを探しているなら、見つかるのは時間の問題だろう。


 悠長にはしていられない。早急に力をつけないと……僕は決意を新たにした。

 とりあえず【魔法基礎理論】は、一週間で全巻読破しよう。


「よし、では一緒にお風呂に入るとするかの? わらわが背中を流してやるのじゃ」


 アルティナが不意打ちのようにすり寄ってきた。


「ぶぅうううっ!? いくら家族でも、それはダメだって! 前にも言わなかった?」


 女の子に免疫が無い僕は、想像しただけで、鼻血が吹き出そうになる。


「ぷっ、何を想像しておるのじゃ……? 湯浴み着を身に着けてに決まっておろう?」


 アルティナがワンピース水着のような薄手の服を取り出して、笑った。

 彼女は僕の反応を見て、楽しんでいるようだった。


「えっ、そんなものがあるの? なんだそれなら……」


 うれしいような残念なような複雑な気分になる。

 

「あと、ベッドはひとつしか無い故に、わらわと毎晩一緒に寝るのは確定じゃぞ。あっ、床に寝るとかは無しじゃからな。そんなことは、絶対に許さんのじゃ」

 

 アルティナが胸を張って宣言した。

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