4話。兄レオン、バフが無くなって王女相手に大失態をやらかす
【兄レオン視点】
「おっ……そろそろ王女様御一行のご到着だ。お前ら手筈通り、うまくやるんだぞ」
俺は配下の2匹の竜に指示を送った。
竜どもは、小さく鳴くと岩陰に隠れた。
これからこの街道を、御年15歳のシスティーナ王女殿下の馬車が通る。
王女はなんでも、父上に火急の相談があるとかで、ヴァルム侯爵家にやってくる予定になっていた。
まさに好都合という奴だ。
俺は配下の竜どもに王女を襲わせ、自作自演で、さっそうとお助けする作戦に出た。
それで王女は、俺にメロメロになるって計画だ。完璧だぜ。
「実行犯の竜どもは、殺処分するから絶対に足はつかねぇしな」
竜を2匹も使い潰すのは、ちともったいないが、それに見合うだけのリターンはある。
最近はわ聖竜王が魔物の軍勢を指揮し、世界各国に侵攻している。奴の仕業にすれば問題ない。
俺はこの手を使って、何人もの貴族令嬢を落としてきた。
しばらく遊んだらポイして、他の女に乗り換えて楽しんできた。英雄色を好むという奴だ。
だが、そろそろ俺も18歳。将来のために婚約者を決めておくべき時期だ。
俺にふさわしい娘といえば、この国一番の美少女と名高いシスティーナ王女に決まっている。
父上もヴァルム侯爵家の栄達のために、王女と俺との縁談を進めていたが、生意気にもあの小娘は渋っているらしい。
なんでも、何人ものご令嬢と浮名を流すようなお方は、信用できないとのことだ。
けっ、お高くとまりやがって小娘が……せっかく天才ドラゴンスレイヤーと謳われるこの俺の女にしてやろうというのに、ざけんじゃねぇぞ。
「まっ、いつもの手で、コロっと落としてやるぜ」
俺は舌舐めずりした。
あの美しい王女が手に入ると思うと、ワクワクと興奮が止まらないぜ。
「バカな!? ヴァルム侯爵家の近くで、ドラゴンの襲撃だとぉ!?」
「王女殿下をお守りしろ!」
俺の配下の竜どもが、王女の馬車に襲いかかった。
護衛の騎士どもは、油断していたようで浮き足立っている。
へへっ、いいぞ。騎士が何人か殺されたな。王女の甲高い悲鳴も聞こえてきた。
そろそろ頃合いだ。
俺は飛竜に乗って、格好良く登場した。
「システィーナ王女殿下を襲う不埒な竜ども、このレオン・ヴァルムが相手だぁ!」
高らかに名乗りを上げると同時に、火竜に突っ込む。
俺の振りかざした剣が、その頭を叩き斬……あれ?
ガッキィイイン!
剣が弾かれ、俺はまたがった飛竜から転がり落ちた。
「ちっ!? なんだ……!?」
いつもなら、竜の鱗くらい楽々斬り裂くことができるのに……。
まさか剣の寿命か?
火竜が俺めがけて鉤爪を振り下ろす。
自作自演だとバレないように、コイツらには俺を本気で攻撃するように命令していた。
「はぎゃぁあああっ!?」
サッとかわして、華麗なカウンターを入れるつもりが、右肩を深くえぐられる。
血が噴き出して、気が狂いそうな痛みに俺はのたうち回った。
「痛ぇええっ!? 痛えよ!?」
こんな、こんなハズがねぇ。
俺は常に戦場で敵を圧倒し、天才の名を欲しいままにしてきた。こんな怪我をするなんて初めてだ。
「レオン殿が、まるで歯が立たないだと!?」
「あの冥竜王を撃退した英雄カイン・ヴァルムの再来と呼ばれたお方が!?」
騎士たちが呆気に取られている。
「ちくしょっおおおお! てめぇ何をやってやがる!? 誰がてめぇのご主人様だと思ってやがるんだ!? あっあーん!?」
俺は火竜を叱りつけた。奴はビクッと身を縮ませる。
チャンスだ。俺はもう一度剣を振り上げて、その胴体に斬撃を叩き込む。
キィイイイン!
「はぁっ……?」
相手は無防備に受けたというのに、まるで歯が立たなかった。ビリビリと手が痺れる。
なんだ、コイツ……? ただの火竜の癖に、なんでこんなにも鱗が硬いんだ?
あ然とする俺の背中に、もう一匹の竜が爪を食い込ませた。
「ぎゃあぁああ……っ!? 死んじゃう、俺、死んじゃうよ、ママぁあああ!?」
俺は泣きながら転げ回った。地面を濡らす血に気が動転する。
さらに竜が追撃を仕掛けて来ようとした。
「もういい、お前ら散れ! 散るんだよぉおおお!」
俺の怒声に、竜どもは慌てて逃げ散った。
「う、うぉおおっ、痛ぇよぉお……!」
俺は懐から、最高級回復薬(エクスポーション)を取り出して一気飲みする。みるみる傷がふさがり、九死に一生を得た。
「あ、危ねぇ……マジで死ぬかと思ったぜ」
なんだって今日に限って、こんなにも力が出ねえんだ。何か、病気でもしたか?
今までと違うことと言えば……
ふと俺の脳裏に、弟のカルの言葉が蘇った。
『レオン兄上。僕は兄上の無事を祈って、毎日、バフ魔法をかけ続けてきました。僕たちは兄弟なのに……追放なんて嘘ですよね?』
……いや、まさかそんなハズがねぇ。
奴は呪われた子供。呪文が唱えられない欠陥品だ。
そんな奴が伝説の無詠唱魔法を習得するなんてあり得ねぇし、そのおかげで俺が活躍できていたなんてハズもねぇ。
俺は当代随一の天才ドラゴンスレイヤー様だぞ。
「はっ………!?」
その時、俺は騎士たちから白い目で見られているのに気付いた。
やべぇ。なんとか、ごまかさねぇと……
「わはははははっ! 竜どもは俺の勇猛さに恐れをなして逃げ出したぞ!」
剣を掲げて、俺は勝ち誇った。
普段なら、ここで拍手喝采となるところだが、返ってきたのは気まずい沈黙だった。
ひゅーっと、乾いた風が吹く。
「ご助勢ありがとうございました、レオン・ヴァルム殿。わたくしの目には、竜たちはあなたの命令を聞いて逃げ出したように見えたのですが……気のせいでしょうか?」
冷たい声をかけてきたのは、システィーナ王女殿下だ。彼女は護衛に手を引かれ、馬車のタラップを降りてきた。
相変わらず、かわいい。こんな状況でなければ、見惚れてしまう程の美少女だ。
「な、な、なんのことでございましょうか……?」
冷や汗ダラダラになりながら、俺はすっとぼける。
「レオン殿の攻撃は竜に通じず、大怪我をしていらっしゃいましたよね? お聞きしていた噂と、かなり違うようですが?」
「ぐっ……そ、それは。そう、訓練! 我が栄光のヴァルム侯爵家に伝わる訓練の一種です。ワザと竜の攻撃を身に受けて、身体を鍛えていたのですよ」
「……わたくしの護衛が殺されているというのに、随分と余裕がお有りなんですね。感心してしまいましたわ」
王女は美しい顔を不審そうに歪めた。
俺は愛想笑いで、ごまかす。
これ以上追及されてはマズイ、早急に話題を変えなくては……
万が一、竜どもをけしかけた事がバレたら、反逆罪で最悪、死刑なんてこともあり得るぞ。
「し、して王女殿下、我がヴァルム侯爵家にどのようなご要件でありましょうか? 不肖このレオン・ヴァルム、お迎えに参上いたしました」
「あなたの弟、カル殿がヴァルム侯爵家を追放されたと聞き及びました。とんでもない愚行です。
カル殿は、わたくしの命の恩人にして、失われた無詠唱魔法の使い手。この国の将来を背負って立つ人材です。今すぐ、カル殿を連れ戻しなさい。これは命令です!」
システィーナ王女は目を吊り上げて言い放った。
「はぁあああっ!?」
欠陥品のカルが、この国を背負って立つ人材だと?
この小娘は何を言ってやがるんだ?
あまりの衝撃に、俺は呆然と立ち尽くした。
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