3話。冥竜王アルティナに拾われ、メチャクチャに溺愛される
気がつくと顔に柔らかいモノが押し付けられていた。花のような甘い香りが、鼻腔をくすぐる。
ふが、ふが……っ、なんだ……息苦しい。
「おおっ! 良かったのじゃ、気がついたのじゃな!?」
華やいだ声が耳元で聞こえた。
ぶぅううううう!? 僕は思わず鼻血を噴き出しそうになる。
なんと、僕はあの銀髪の女の子に、ベッドの上で抱きしめられていた。
「おわわわわわっ!?」
僕は慌てて女の子から離れようとして、ベッドから転がり落ちた。
こんなかわいい女の子と一緒に寝ていたなんて、信じられない。
僕は呪われた子だったので、女の子たちからは避けられ、侍女たちからも腫れ物扱いされていた。
「キミは!? ここは、どこだ……!?」
「そう言えば自己紹介がまだじゃったな。わらわは、冥竜王アルティナじゃ。そして、ここはわらわの秘密の隠れ家なのじゃ!」
「はぁっ!?」
アルティナと名乗った美少女は、ネグリジェ姿のあられもない格好をしていた。
ボリューミーな胸が存在を強く主張しており、白いおヘソがチラ見えしていて、なんとも悩ましいって……違う!
「冥竜王っていうと……300年前に世界の半分を焼き滅ぼしたという、七大竜王の一柱? もっとも邪悪なドラゴン? そ、それがキミだっていうのか?」
冗談にも程があると思う。
「それはわらわの母様のことじゃな。わらわは、母様の座を受け継いだ2代目冥竜王じゃ。
母様のように闘争に明け暮れなければ気が済まない脳筋バーサーカーではないゆえ、安心するが良い。平和的で文化的なドラゴンなのじゃ!」
「……いや、ホントに!?」
このアルティナが心優しい少女であることは、初対面の僕を助けようとしてくれたことからも理解できた。
だけど……
「ほう。どこからどう見ても、こんな可憐な女の子が、冥竜王であるとは到底思えないか……やはり、カルはわらわを討ちに来た訳ではないようじゃな。で、あるならこの出会いは運命なのじゃ!」
「……えっ、な、何……?」
ぽっと頬を上気させるアルティナに、僕は面食らう。
彼女のセリフの前半部分は、僕が今し方思ったことそのまんまだ。
「それに心の優しい女の子とは、照れるのう」
「はぁっ? ま、まさか僕の思ったことが、伝わっている……!?」
「悪いが、わらわは敵が多い身じゃからな。カルが敵でないか調べるために、【読心】の魔法をかけさせてもらったぞ」
アルティナは事も無げに告げた。
じゃ、じゃあ、僕がアルティナの胸とか、おヘソとか、お尻をガン見していたことも、全部伝わっている!?
「当然なのじゃ。わらわは魔物の頂点に君臨する冥竜王であるが故に。言葉の通じぬモンスターとも意思疎通するための魔法を必須教養として心得ておるのじゃ。カルの考えは、わらわにみな伝わっておるぞ…… 子供とはいえ、立派な男子よな。ウブでかわいいぞ! そんなにわらわの胸が気になるのか?」
「人の心の中を読まないでくださいよ! 恥ずかしいぃいいいい!」
「恥ずかしがらなくても良いではないか? ここにはカルと、わらわしかおらぬのじゃぞ? くふふふっ、おぬしは、実にわらわ好みの男子なのじゃ。うん、すりすりぃ」
アルティナは歓喜して、僕に抱きついてくる。
顔、かわいい顔が近いぃいいい!
「ひぇえええっ!?」
僕は慌ててアルティナを引き剥がす。
「まあ、あまり、からかってもかわいそうじゃ。読心魔法は解除してやろうぞ」
まるで小悪魔のようにアルティナが微笑んだ。
お、落ち着け、冷静になるんだ……
おそらくアルティナは、僕の強い思念を読み取っているのだろう。
僕は独学で魔法を勉強し、読心魔法の知識もあった。強く思ったこと以外は、多分、伝わっていないハズだ。
僕が昔好きだった女の子の名前といったトップシークレットが漏れることは、思考に上らせなければ、まず無いだろう。
これからは気をつけなくては……
てっ、今、さらっと引っかかることを言ったような……
「2代目冥竜王なら、強力な邪竜を多数従え、魔物の群れに傅かれているハズ。なのに、ここにはアルティナしかいないの?」
僕はアルティナの正体については、まだ半信半疑だった。
「うむ。実は、わらわは聖竜王との戦いに敗れて、人間の姿に封じられたのじゃ。
口惜しいが配下どもはヤツに寝返るか、倒されてしまっての。ここに隠れ潜んでおるのじゃ」
「七大竜王の関係は、良く知らないのだけど……アルティナは聖竜王と敵対しているのか」
「そうじゃ。ヤツと、わらわは不倶戴天の敵同士。聖竜王めは何をトチ狂ったか、人間を滅ぼすとか抜かして、他の竜王たちに協力を呼びかけたのじゃ!」
「聖竜王が人間を滅ぼす……?」
僕は絶句した。
聖竜王が人間の領土を削りとるために、各国に侵攻してきていることは知っていた。
だけど人間を滅ぼすとは、穏やかではない。
「わらわは、人間が滅ぶと困ると訴えたのじゃが、奴は聞く耳を持たなかったのじゃ。それで、わらわは力を封じられて、この有様じゃ」
アルティナは肩を落とした。
「それが本当なら、アルティナは人間の味方ということだよね?」
「その通りじゃ! 安心したじゃろ?」
さきほど襲ってきた巨竜は、アルティナを討つために聖竜王が放った刺客というこか。
彼女の言葉に矛盾は無いように思えた。
「それよりも、カルよ。お腹が空いておらぬか? わらわが腕によりをかけて料理を作ったのじゃ!」
アルティナがテーブルを指差すと、そこにはぶ厚い骨付きステーキと焼き魚、色とりどりのフルーツが盛られていた。
どれも美味しそうで、思わずお腹が鳴る。
「そういえば誕生日に家から追放されて、何も食べていなかったな。
いや、母上が死んだ以上、僕の誕生を祝ってくれる人なんて、この世界のどこにもいないか……」
今さらながらに、家から追い出されたことを思い出して心が痛んだ。
「な、なんじゃと!? 誕生日に、おぬしのような子供を無人島に追放したというのか? ヴァルム家というのは、ひどい連中じゃな!」
アルティナが僕を抱きしめてくれた。
「安心せい! わらわがおるぞ。わらわはカルがこの世に生まれてくれて嬉しいぞ! なにせ命の恩人じゃからな。さあ、おぬしの誕生日を一緒に祝おうではないか!?」
「ええっ!?」
母上以外から、こんなことを言われたのは初めてだったので、僕は戸惑ってしまった。
ジンワリと、その意味が心に浸透するにつれて、温かさが広がっていく。
「母様が亡くなって寂しいのじゃな……わかるぞ。よし、よし、これからはわらわが、カルの母代わりになってやるのじゃ!」
「そ、それはうれしいけど、アルティナは歳も近いし、変なお姉さんといったような……」
「なぬ!? わらわを小娘だと言いたいのか? 確かにまだ400歳じゃが。わらわから見れば、カルなど、童(わらべ)もよいところなのじゃ!」
アルティナは頬を膨らませる。
さすが竜だけあって、アルティナは僕の母上よりずっと年上だった。お姉さんぶっているようにしか思えなくて、微笑ましいけど。
だけどアルティナはどうして、初対面の僕にこんなに良くしてくれるんだ?
ここまで他人にやさしくされたことが無かったので、信じられない心地だった。人間が滅ぶと困るというのも、良くわからないし。
あっ、そうだ。読心魔法の術式は……
僕は実家で何度も読んだ魔導書の記述を反芻して、アルティナ相手に【読心】を試してみた。
無詠唱魔法は頭の中で呪文を発音し、魔法を組み立てるため、イメージ力が重要だ。これがかなり難しいのだけど。
【ウインド】の魔法が成功したのだから、もしかすると【読心】も使えるかも知れない……
悪いけど、僕ばかり心の中を覗かれるのはフェアじゃないからね。
『うぇへへへっ……わらわはなんとラッキーなのじゃ! カルは絶対に絶対に、誰よりも立派な良い男に成長するぞ。わらわの手で育てて、わらわを大好きになってもらうのじゃ!
そして、同じ小説について語り合ったり、同じベッドで寝たり、一緒にお風呂に入って背中の流しっこをしたりするのじゃ! カルから、アルティナ大好きだよ、とか言われて……おおっ、夢が、夢が広がるのじゃあああ! 今日は400年の生涯で最良の日なのじゃ!』
アルティナの本音を知りたいと思った瞬間、彼女の喜悦に満ちた思考が流れ込んできた。
な、なんだこれ……
万が一にも、こちらの思考を読まれないように細心の注意を払いつつ、満面の笑みを浮かべる美少女を見つめる。
「さあ、食事にするのじゃ、今日から、わらわとカルは家族じゃぞ!」
少なくとも、アルティナが僕に好感を持ってくれているのは、確かなようだ。
そして、彼女が魔物の頂点たる冥竜王であることも……心を読むことで確信が持てた。
「ありがとう。そして、ごめんなさい。もうアルティナの心を無闇に読んだりしません。
だからアルティナも僕のプライバシーには配慮してくれるとありがたいな。読心魔法は、お互いに禁止にしよう」
「はっ……?」
アルティナは石化したように固まった。
「カルよ。まさか、わらわの心を読んだのか?」
「うん、ごめん。まさか、うまくいくとは思わなくて。えっと、さすがにお風呂に一緒に入るのはちょっと……」
僕は頭を下げて謝った。
「なぬっ!? い、いつ呪文を詠唱したのじゃ……それに、わ、わらわの精神干渉プロテクトを突破した? 子供のおぬしがか!?」
アルティナが驚愕に身を震わせる。
「僕は呪文の詠唱を呪いで封じられているから、無詠唱で魔法を使ったんだ。精神干渉プロテクト? ……抵抗を受けた感じはしなかったけど」
「ぬあっ!? あり得んのじゃ。伝説の無詠唱魔法じゃと!?」
アルティナの絶叫が響いた。
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