2話。魔法の才能が覚醒。巨竜をワンパンする

「んっ? なんだ? ……げぇえええ!? 古竜だと? あの島には、そんな化け物がいるってのかよ、冗談じゃねぇぞ!」


 島に近づくと、レオン兄上の飛竜が怯えたような鳴き声を出した。

 兄上は狼狽をあらわにする。


 古竜だって……? 古竜とは1000年以上を生きて、災害にも等しい力を得たドラゴンだ。世界に数えるほどしかいない。


「ちっ。もういい、お前はここでトマトみたいに潰れちまえ!」


 レオン兄上は失意の底にいる僕を、島に向かって放り投げた。


「うあぁあああ……っ!?」


 ぐんぐん島の地表が近づいてくる。

 せめて海に落としてくれれば生き残れたかも知れないけど……僕が落ちる先は海岸近くの森だった。


 まだ、こんなところで終わりたくない。

 僕は必死で生き延びる方法を模索する。


 そうだ。一度も成功したことが無いけれど、無詠唱魔法で突風を起こして落下地点を海にズラすことができれば……


 僕は無我夢中で基礎魔法【ウインド】を発動させた。

 死を目前にして、限界以上の集中力を発揮したおかげだろうか。なにか、ずっと噛み合わなかった歯車が噛み合うような感覚があった。

 魔法は奇跡的に成功する。

 

 ギュオオオオオン!


 森の木々を圧し折る大暴風が吹き荒れ、反動で僕の落下速度に急ブレーキがかった。


「なっ、なんだ……!?」


 自分でも思ってもみなかった威力に驚嘆する。

 無詠唱魔法は、呪文の詠唱を必要とする通常魔法より、強大な威力を発揮すると古文書にあったけど……

 そのまま大木の枝に突っ込んだ僕は、何か柔らかいモノに叩きつけられた。


「ぬぎゃあ!? 痛いのじゃ……!?」


 女の子の声?

 痛みで一瞬、意識を失いかけた僕は、女の子を下敷きにしていることに気付いた。


「……うわっ!? ごめんなさい! 大丈夫ですか?」


 慌てて飛び退いて、必死で頭を下げる。

 どうやら、僕が五体満足なのは女の子がクッション代わりになってくれたからのようだ。 

 僕のせいで大怪我をさせてしまったかも知れないと思うと、居たたまれない。


「い、今の爆風は、おぬしの仕業か? おぬし、風竜の化身かなにかか!?」


 相手は15歳くらいの少女だった。かなり驚いているようで、目を白黒させている。

 幸いにも怪我はしてないようで良かったけど……言っていることが意味不明だ。


「僕はカル・ヴァルムと言います。下敷きにして本当にごめんなさい!」


「ヴァルムとな……? まさか、あの竜殺しの英雄カイン・ヴァルムの末裔か?」


 女の子は何やら考え込んだ。

 ヴァルム侯爵家は有名なので、それで僕の素性は伝わったらしい。


「それを差し引いても、今の魔法は人間離れしておったぞ。それに、なぜ、こんなところにおるのじゃ? ま、まさか……」


 女の子は警戒したように身構えた。

 良く見れば、月光のようにきらめく銀髪をした容姿端麗な少女だった。小柄にもかかわらず、胸のサイズが豪華絢爛で思わず見惚れてしまう。

 ……って、僕は何を考えているんだ。

 

「実は、僕は呪いを聖竜王から受けたせいで、ヴァルム侯爵家を追放されたんです。生きてこの島を出られたら、一族として認めてやると……」


 そこまで言って気づいた。

 ここは竜が巣食う危険な無人島という話だ。女の子がひとりでいるのは、明らかに変だ。この娘は一体……?


「なに……? あの憎っくき聖竜王めが、確か『最強の竜殺しとなるであろう子供に、魔法の詠唱ができなくなる呪いを伝播させた』などと抜かしておったが。もしや、おぬしがそうなのか……?」


「えっ……?」


 グォオオオオオン!


 その時、大地を震わすような咆哮が轟いた。本能的な恐怖に僕は縮み上がる。


「これは、もしかして……レオン兄上の言っていた古竜? どひゃああああっ!?」


 次の瞬間、山のように巨大なドラゴンが木々を薙ぎ倒して、僕たちに迫ってきた。その迫力に、僕は思わず卒倒しそうになる。


「見つけたぞ、冥竜王アルティナ!」


「マズイ、見つかったのじゃ!? おぬし、今すぐ逃げよ!」


 女の子が僕を突き飛ばす。僕は意外な程の怪力に吹っ飛ばされて、茂みに突っ込んだ。


「ああっ……!?」


 女の子の元にドラゴンが突撃していく。このままでは、あの娘が殺されてしまう。


「そうだ、さっきの【ウインド】で偶然生み出せた大暴風……!」


 あれをもう一度使えればドラゴンの気を逸らすことくらいはできるんじゃないか?

 うまくすれば、女の子が逃げるチャンスを作れるかも知れない。


 一瞬、脳裏に『魔法の使えない欠陥品め!』と、僕を罵倒する父上の声がよみがえった。

 弱気になりそうになったけど……マグレでも何でも良い。今日までの努力と研鑽は、誰かを守るためのものであったハズだ。


 女の子に当たらないように、もっと風を収束させて指向性を持たせて……ええっと、こうか!

 頭をフル回転させて、一か八か僕は無詠唱魔法を発動させた。


 ズッドオオオォォン――ッ!


「なんだとぉおおおお!?」


 ドラゴンが大絶叫を上げた。

 強烈な風の刃が周囲の大木ごと、その巨体を斬り刻んだ。鋼鉄より硬いと謳われる鱗が断ち切られて、一瞬でドラゴンはバラバラになる。


「……はぇ? な、なんだ、これ?」


 なにか思っていたのとは、まったく違う現象に僕は心底戸惑った。


「ガハッ! ま、まさか、古竜クラスの風竜の伏兵……!? 冥竜王にまだ従う者がいたとは、無念……」


 それだけ言い残して、巨竜は事切れた。

 何か盛大な勘違いをしているようだった。


「こ、こやつ、聖竜王の手下を一撃で倒しおったぞ!? と、とんでもない魔法の使い手なのじゃ!」


 女の子は息を飲んで僕を見つめる。


「えっ、今のが聖竜王の手下? って、冗談だよね……? 格別に弱いドラゴンだったのかな?」


「弱い? わらわの討伐にさしむけられた輩じゃぞ。弱い訳なかろう!?」


「えっ、でも【ウインド】で……」


「なぬっ? 【ウインド】? ま、まさか今のが基礎魔法であるとでも言うのか!? 古竜にすら通用しそうな威力であったぞ!」


 えっ、この巨竜は古竜ではない? とすると、この島には他に古竜がいる?

 それに冥竜王アルティナって……?


 そこまで考えると同時に、頭がくらっとした。僕は膝から崩れ落ちる。

 これは魔力欠乏症だ。


 魔力を限界まで消費すると、人間は意識を失う。

 2年前にようやく魔法が使えるようになった僕は、魔力量(MP)が少なかった。


「おい、おぬし、大丈夫か……!?」


 女の子の声を聞きながら、僕の意識は闇に落ちた。

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