12 結婚式場でアイラブユー(?年前) 後編

【12-1】

 ピリピリと空気を震わすほどの異様なオーラを放ちながら微動だにしない、香取大五郎。十字に交差した両手には、冷たく光る2本の細長い手裏剣型の刀があった。その光に呼応するかのように、部下の忍者たちも身構える。その手にもやはり、手裏剣があった。

 相手が強いと見るや、ついに武器を持ち出したクサノモノたち。

 しかし、それを見ても近藤さんは少しもひるまない。


「それでも、私はここを通らねばならない。なぜなら私は――サラリーマンだからだ!」


 ――かっこいい! 意味はよく分からないけど。


 忍者たちも、同じことを考えたようだった。

 少し首をかしげながらも、その勢いに負け、じりりと後ろに下がる。


「それからですね……誤解のないように云っておくけど、『将棋三段』の特技のことは、ギャグでもなんでもないんですからね」

「そうだそうだ」

「スポーツでも格闘技でも――」

「そうだそうだ」

「結局勝つのは――」

「そうだそうだ」

「ちょっと……榊原先輩。さっきから『合いの手』がうるさいです。今、大事なところなんですから、邪魔しないでくださいよ」

「そうだ――ね。すまない、暫く黙ってるよ」


 後輩の苦情申し立てで、肩をすくめて小さくなった榊原祐樹。増々、私の視界から見えにくくなる。


 ――邪魔ばかりしてないで、少しは後輩の役に立ちなさいよ!


 なんか、めっちゃイライラしてきた。じれったくてしょうがない。

 ならばひとつと、榊原アイツに投げつけるためのハイヒールを片足脱ぎ掛けた、その矢先――。

 小さなため息を漏らした後、気を取り直した近藤さんが忍者たちに向かってこう云い放ったのだ。


「それじゃあ、香取さんたちのために、もう一度最初から……。将棋三段というのは、決して冗談でも何でもないんですよ。スポーツでも格闘技でも、結局のところ勝つのはですね……゛ここ゛の良い方なんですよ」


 右手の人差し指を頭のこめかみ部分に当てて不敵に笑う、近藤さん。

 彼らの行く手に立ち塞がる格好の香取たちは私に背を向けているため、その表情は確認できない。が、それは相当程度歪んでいるのだろう。水中で溺れているかの如く、かなりくぐもった声がその体から発せられ、式場の廊下の空間の中で、地響きのように低くこだました。


「ほう……。我ら伊賀者を愚弄ぐろうするつもりか。これ以上、その減らず口をたたくと、いくら雛地鶏のおやかた様からの『致命傷は与えぬように』というご命令であっても、その保証はできかねるぞ」


 しかし、そんな言葉の圧力も壁のように聳え立つ近藤さんを押し倒すことはできなかった。榊原祐樹といえば、彼の背後で、おっかなびっくり、下手くそなファイティングポーズのようなものをみせている。


「……やれ」


 香取の頭に命じられた配下の忍者たちは、一般人サラリーマンの彼ら二人へと、じりりじりり、にじり寄っていった。

 それでも、近藤さんに動じる気配はない。

 あてにならない先輩を背後に配置している彼としては、盾と矛の役割を同時に演じなければならないのだが……どう見ても余裕である。


 ――めちゃめちゃかっこいいじゃないの、近藤さん


 祐樹さんの存在を、一瞬忘れかけた私。

 危うく淡い心が湧き上がってくるのを、必死に抑えた。

 その近藤さんが、自信たっぷりの笑顔で語りだす。


「それでは、良いことをお教えいたしますよ。あなたたち、僕を素手・・の素人と思って油断しましたね。先ほど、下っ端の皆さんには、私の指先の爪にたっぷりと塗り込んであった眠り薬を、引っ掻くようにしてその肌から注入させていただきました。あ、因みにこれは眞子まこさんのところの『日向ひゅうが製薬』の製品を改良した特注品でして――まあ、それはどうでもいいことですね。とにかく、そろそろ薬の効果が出始める時だと思うんですよ……」


 その言葉が、云い終るか終わらないかのうち――。

 下っ端忍者たちが、廊下の上に突っ伏すようにしてバタバタと倒れていった。しかし、私の関心はそこではなく、近藤さんの発言の内容にあった。


 ――ふうん。日向さんちの眞子ちゃん、幸せになったのね。近藤さんなら申し分ないわ。


 近藤さんの言葉の端々からにじみ出る゛幸せの香り゛を嗅ぎ取った、私。

 しかし、香取のお頭はそんなことなど毛頭感じなかったらしい。忍者服の少しだけ見える顔の部分を、怒りで真っ赤にしている。


「ぐっ……。お、おのれぇ」


 式場の廊下に、一陣の風が吹く。ひとり、香取大五郎が近藤に飛びかかったのだ。それを巧み受け交わしながら、近藤さんが叫ぶ。


「榊原先輩! 香取は、この私が引き受けます。先輩は、どうか真奈美さんの元へ!」

「お、おう。頼んだぞ、近藤!」


 香取大五郎と近藤さんがバチバチとやり合っているその横を通り過ぎ、榊原祐樹はもつれた足を必死に動かしながら、私の目の前にたどり着いた。


「真奈美さん……。不肖、榊原祐樹、やってまいりました!」

「なんか、かっこ悪い……」

「え? 今、なんか云いましたか?」

「……何でもない」

「っていうか、なんで右手にハイヒールを握りしめてるんすか?」

「ん? ああ、これね……。特に意味はないわよ」


 右手に握りしめていた純白のハイヒールを足に装着し直した私は、しばし目を閉じて心を落ち着けた。

 心が春の瀬戸内海の波のように穏やかになった頃。

 目をぐっと見開いて、まじまじと彼を見てみた。さすれば、榊原祐樹のジャケットから突き出た腕やその顔には無数の傷があるではないか。身に着けた衣服も、所々破れている。どうやら、ここまでくる間に多少は・・・彼なりの戦いを繰り広げてきたらしい。

 少しだけ、見直してやることにする。


「で、ここに何しに来たのよ? 今日は私と雛地鶏謙との結婚式の日だと分かってて、ここに来てるのよね?」

「もちろん――そうですよ。僕がここに来た意味は、真奈美さんなら、とうにお分かりではないのですか?」

「……それなら、私をこの場から強引に奪い去るというつもりなのね?」

「はい、もちろんです。そのつもりで、やって来ました。だから――」


 榊原祐樹の感動っぽい台詞セリフを途中で制した私は、こちらから言葉を浴びせかけた。


「ふん。この私も甘く見られたものね」

「そ、そんなつもりでは……」

「大体ね……あなた、本当に私の気持ちが分かってるの? こんな人生の大事な日に突然やってきて、それをぶち壊してしまうようなあなたに、この私が黙って付いていくとでも思って?」

「そこんところは……正直、自信がありません」


 ――なんで、そこは『自信があります』とか云わないのよ!


 まったく、じれったいヤツである。

 しゅんとなって下を向いてしまった榊原祐樹の横っ面に、やっぱりヒールでも投げつけてやろうと、再び足に手をかける。が、もう少しの所で思いとどまった私は、代わりにぎりりと歯ぎしりしてこう云った。


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