11 結婚式場でアイラブユー(?年前) 前編
【11-1】
――どうして、こんなことになってしまったのだろう。
鏡に映された、純白のウエディングドレスに身を包む自分の姿を眺めながら、ふと私は思った。部屋の壁に嵌め込まれた大きな鏡を、頑丈なハンマーか何かでぶち破りたい気持ちを、必死に抑えつつ。
鏡の中の私は、赤く腫らした目をして、こちらをとても恐ろしい形相で睨みつけている。
――まさか、この私が
お父様は、今まで私のやることに基本的には口出しをされてこなかった。
それなのに、なぜか今度の『結婚相手』についてだけは、頑としてその主張を曲げなかった。一体、お父様の中でどんな変化があったのだろう……。
繰り返し繰り返し考えてみたものの、私には、一向に理解できなかった。
いっそ、どこかの豪華客船にでもふらりと乗り込み、世界を何十周でもして、この状態をやり過ごしたいとも思った。しかし、相手は黄川田財閥の総帥である、お父様なのだ。逃げ切れるわけがない。世界に情報網を張り巡らせたお父様直属の忍び組織に命令して私の居場所をたちどころに探り当て、ぶざまに連れ帰されてしまうであろうことは、火を見るよりも明らかだった。
悔しさで唇を噛みしめていたそのとき、私がひとり佇む新婦側控室のドアがノックされた。
「真奈美、入っていいかね?」
聞き慣れているその声の主は、誰あろう、そのお父様だった。
私の返事も聞かずまま勝手にドアを開け、控室にやって来たタキシード姿のお父様を、私は睨みつけた。身に着けたタキシードに見覚えがないので、恐らくその服は、どこぞの世界的デザイナーに急遽依頼して作らせた代物であろう。
「お父様。私は、中に入っていいと申した覚えはありません」
「真奈美。今のお前の顔だが、花嫁としてはかなりまずいと思うね……。とてつもない怒気を含んでいる」
「ならば、この結婚式、今すぐ取りやめにしていただけませんか?」
「それはできない。財閥の長として一度決めたことを、今更変えるわけにはいかないのだ」
「結婚する当人の私が、納得いかないのですよ。お父様は、それについて十分な説明と私を説得する義務があります!」
あんなクイズ大会を勝手に開いておいて、一発逆転クイズとか勝手に勝ち負けを決めておいて、更には、勝負に勝ってもいない男を私の結婚相手に勝手に選ぶなんて――。こんな状況に、私が納得するわけなどない。
怒りに震えた、私。
レース生地のウエディンググローブに包まれた右の拳を、目の前にある鏡に叩きつけようとした。が、お父様は鏡と私の拳の間に自分の左手をとっさに挟み込み、多分は数百万円はするであろうウエディンググローブが、血で赤く染まることを防いだのである。
「
こう見えて、護身術としてかつて学んだ空手は二段の腕前である。
そんな私の拳なのだ。全然痛くない――わけがない。
けれどお父様は、そんなそぶりは全く見せず、涼しい顔をして私の右手を愛し気に両手で
私の思いを、お父様はあくまでも拒絶しようとしている。
「真奈美。私は、お前がお前の婿にどんな人間を選ぶのか、温かく見守ってきたつもりだ」
「ええ。それは良く分かっていますわ、お父様。変装してよく私のデートを偵察されてましたものね」
「ん? ああ、まあ……そうだね。だが、それももう終わりだ。お前は、雛地鶏君と結婚するのだ。雛地鶏君のところの組織はウチのに比べれば小さいし、お前には今までより貧しい生活をさせてしまうかも知れない……。まあ、いざとなったらウチが吸収合併してしまえばいいことなのだが」
「私にいつも、『幸せに財産の多さなど関係ない』とおっしゃっていたのは嘘なのですか? 『愛があることこそが大事』ともおっしゃていましたよね? 私の幸せなど、どうでもよくなったのですか?」
「いや、そうではない。お金がなくても幸せにはなれるが、ないよりはあったほうがより良い――ということだよ。雛地鶏君が君のことを心底愛しているのはわかったし、その愛の深さが榊原君のそれに勝るとも劣らずということもよくわかった……。だから結局、彼と結婚することが、真奈美にとって一番の幸せになるのだと確信したのだ」
「でも、私には決してそうとは思えません。私の未来は私が決め――」
「だめだ、真奈美。それ以上はもう、云ってはならぬ。今回だけは可愛い娘の言葉であっても、聴く耳を持たないぞ。それは、前回のクイズ大会で全世界注目の中、決着がついたことだからな」
お父様はそうおっしゃると、話はこれで終わりだとばかりにくるりと半回転した。そして、そのまま控室のドアを開け、何処かへ行ってしまった。
「この21世紀に、本人の意思が反映されない結婚なんて……絶対に納得できない」
そう呟いた私は、いなくなったお父様の残像に向かって大きな溜息を吐き出した。それはもちろん、今後の生活の暗澹たるを想像して、ではあったが……。
純白のドレスに包まれた私の体が、小刻みに揺れている。
そんなとき。
ふと思い出したのは、数か月前に行われた『結納』のときのことだった。
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