【10-2】

「それでは、第1問!」


 じゃじゃん!


 アナウンサーの宣言とともにスタジアム全体に鳴り響いたのは、クイズ番組でよく聞く、始りの電子音だった。

 数万人の観客の喉がそれに合わせ、ごくりと鳴る。

 と同時に、僕と雛地鶏君の指が、それぞれの赤ボタンの上に載っかった。


「1問目は、お嬢様の子ども時代のエピソードからです……。とある有名私立の小学校に進学した真奈美お嬢様。入学式を終え、クラス教室へと移動されたお嬢様は、すぐさまクラスメートの男子たちから愛の告白を受けたのでした。さて、その人数は何人だったでしょう、か」


 ちっちっちっち……。


 ワザとらしく時を刻む音が、会場中に鳴り渡る。

 しかし――正直、僕はそんなエピソードについて知る由もない。お手付き覚悟で適当に答えようかと考えた、その矢先だった。

 ピンポーン。

 雛地鶏君の頭上にあるシルクハットから、ハテナマークが勢いよく立ち上がったのである。自信満々の顔つきで、答える雛地鶏君。


「10人!」

「正解。九条くじょう様、松平まつだいら様、上杉うえすぎ様など……10人でした。正解の雛地鶏氏には、100点が入ります」


 電子スクリーンに点数が表示されると、地球が割れんばかりの拍手喝采が湧き起こった。それは人々の腕によるウェーブとなって、スタジアムを飲み込んだ。


 ――くっそぉ、やられた。


 それにしても、どうしてそんなことを雛地鶏の奴は知っているのだろう……。

 アイツ、もしやストーカー? いやいや、きっとお抱え忍者の香取かとり大五郎だいごろうあたりに普段から調べさせていたのであろう。

 間違いないのは――このクイズ大会において、彼がかなりの強敵であるということだった。


 ――次こそ当てる。当てて見せる。僕の愛の力で!


 じゃじゃん。

 再び鳴った、クイズ開始の合図。

 赤ボタンの上に、右手の指をセットし直す。スタジアムがうって変わって、静寂に包まれる。


「では、第2問……。真奈美お嬢様が小学三年生のときに開かれた、お嬢様のお誕生日会でのエピソードからです。招待客は、ざっと千人いらっしゃったということですが、そのとき、お嬢様はクラスメートの綾小路あやのこうじ様から少し大きめのプレゼントをもらいました。さて、それは一体、何?」


 今度は、ちっちっちという音は鳴らなかった。

 隣の雛地鶏ヤツが、それが鳴る前に赤ボタンを押したからである。


「おお、雛地鶏さん、早かったですね……。それでは、お答えをどうぞ」

「10人乗り、プライベートジェット機」

「正解! 雛地鶏氏の得点、200点となります。なお、この問題に関しましては、真奈美お嬢様がプレゼントをいただいたときの実際の可愛らしい映像が残っておりますので、皆様、しばしそちらをお楽しみくださいませ」


 和やかなムードの中、スクリーンにピンクのワンピースに身を包んだ小さな真奈美さんの姿が映ると、再び会場にため息が漏れる。やがて、小学校校庭のど真ん中に大型トレーラーにけん引された小型ジェットが現れると、今度は感嘆の声で溢れた。明らかに、僕の住む世界とは異なる世界だ。

 そんな映像の映される中、余裕綽々で俺の顔をつらっと見た、雛地鶏。

 その見下した目付きに、むかっ腹が立った。


「いやあ……お嬢さま、とても可愛かったですね。『あたし、こんなの運転できないからあんたに返すわ』なんて、クールなお言葉にはかなり痺れましたよ……。さて、そろそろ次の問題に移るといたしましょう。では、3問目。今度は、真奈美お嬢様の中学校入学のときのエピソードから――」


 ピンポン!


 なんと、まだ問題が始まったか始まらないかの中途半端な状態というのに、雛地鶏ヤツが回答ボタンを押し、頭上のハテナマークを派手に起き上がらせたのである。


「まだ問題は途中ですが、大丈夫でしょうか……」

「ええ、もちろんです」

「では、雛地鶏さん……お答えをどうぞ」


 勝ち誇った顔。

 それを僕に見せつけてから、彼はその言葉をスタジアムの聴衆に向かって放った。


「校庭の中の、真奈美さん専用教室!」


 ブッブー。


「惜しい! 残念でしたね、雛地鶏さん。黄川田会長のご用意された、『ひっかけ問題』に見事引っかかってしまったようです」

「な、なんだってぇ!?」


 ――ふん、残念でした!


 にやけた僕を、雛地鶏が思い切り睨んだ。

 一方、司会の男は楽し気に「盛り上がってまいりました」と、まくしたてた。


「では、問題を続けます。真奈美お嬢様、中学校入学式当日のエピソードからの問題。その日、薔薇の花束とともにお嬢様に校庭の中にお嬢様専用の教室をプレゼントなさったのは――1年先輩の三条さんじょう則友のりとも様――ですが、その薔薇の花束を生けた花瓶をおつくりになった人間国宝とは、一体、誰でしょう?」


 ちっちっちっちっち。


 ダメだ、全然分からない……。無駄に時間だけが過ぎて行く。

 人間国宝って偉い人だよな。僕が知ってる人の中で一番偉い人っていえば――。


 ――ええい、こうなったら、ままよ!


 ピンポーン。

 赤いスイッチを押し下す。

 刹那、ハテナマークの起き上がる加速度で揺さぶられた頭上の帽子が、激しく振動した。

 さあ、初めての回答チャンス!


「み、道場みちば六三郎ろくさぶろう!」


 ブッブー。

 ブーイングと拍手の混ざった歓声が、スタジアムのあちこちからあがった。

 司会は、増々愉快そうに鼻の穴を広げて云った。


「残念。その方は人間国宝ではなくて、料理の鉄人ですね。しかも既に伝説的領域の……。答えは、6代目 小野川おのがわ兵右衛門ひょうえもんでした」


 ――誰だよ、それ。そんな名前、初めて聞いたよ。


 一番、人間国宝に近そうな人物を選んでみたところで、やはり適当に思い付いた名前で正解できる訳はなかった。

 横を見れば、余裕たっぷりの雛地鶏ヤツが、にやにやと笑っている。

 もしかして、僕を笑いものにするために故意にお手付きしたんじゃ? って思っちゃうくらいに。


 しかし、それにしても、だ。

 まだクイズ大会の途中ながら、しみじみと思う。真奈美さん、子どもの頃から告白されまくりだったんだな……と。

 どおりで僕の告白なんて、あっさり否定されちゃう訳だよ。

 だが、どう考えても今までのクイズ問題は、僕よりも゛古い付き合い゛である雛地鶏君に有利な問題ばかりではないか。


 ――納得いかない!


 と思って黄川田会長の顔を睨むと、会長は負けじと僕を強く睨み返した。

 その顔には、

『獅子は我が子を崖から突き落としてでも試練を与え、成長させる』

 と書いてあるようだった。


 ――いや、違うから。これって、ただのイジメだから。


 こうして心の中でツッコミを入れている間にもクイズ大会は進んでいき、僕は何もできないまま、ついに最後の10問目を迎えることになったのである。


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