10 クイズ大会でアイラブユー(10億年前) 後編

【10-1】

 ――真奈美さんへの告白タイム争奪、クイズ大会だって?


 僕は、自分の耳を疑った。

 なぜなら、『告白』は、僕の占有事項だと思っていたからだ。

 黄川田会長とやらは、なぜ、僕と隣にいるこの男とを同等に扱おうとするのか? 真奈美さんに猛烈にアタックし続けているのは、この僕だというのに!


 徐々に昼間の光に慣れた僕の目は、僕等が大きな球場スタジアムみたいな感じの施設のフィールドのど真ん中に座っていることを知らせてくれた。

 観客は、やはり数万人規模のようだった。どう見ても3万人は下らない。


 ――この場所、一般人には秘密なんだろ? だとしたら、この人たちってどういう?


 そんな疑問も浮かんだが、今はそこは考えずにおこうと思っていると、不意にまたモーター音が床下からして、そこから僕と雛地鶏君の目の前に、小さな作業机のようなものがにょきっとせり上がってきた。

 そう、その机はクイズ回答用のアイテムが付属したものだった。

 全体的に、昔懐かしさを感じさせる、その姿フォルム

 机上には、パトカーに付いてるような赤いパトライト、それに、直径3センチほどの巨大な押しボタンスイッチが、不気味に光っている。その隣には、よくマジシャンが使いそうなシルクハット型のヘルメット帽が置いてあり、かつて一世を風靡したあのクイズ番組を彷彿とさせる「ハテナマーク」の飛び出る仕掛けが取り付けてある。どう考えても、僕たち二人に、これを被れということなのだろう。

 何より感心したのは、我々の『服装』だった。

 昼下がりの日光のもと見てみれば、いつの間にやら二人とも、競馬騎手が着用する勝負服によく似た感じのド派手な色彩の服装に着替えさせられている。僕のは青い布地に星のマーク、暇地鶏君のには赤い布地にシャボン玉みたいな丸いマークがそこかしこに散りばめられており、体にフィットする素材の感触が、妙に気持ち悪かった。

 ……主催者側の゛きめ細かな゛対応、まったくご丁寧なことである。


 と、どこかで無線操作されているのか、何の前触れもなく僕の両手の自由を奪っていた鎖のようなものが゛かちゃり゛と外れて、急に腕が自由になった。まだ足は椅子に固定されたままだったが、腕に血が通う感覚で生きた心地のようなものが少し戻ってくる。

 当然のことだが、横を見れば、雛地鶏ひなじどり君も同じことになっているようだった。


「赤コーナー、183センチ154ポンド、雛地鶏財閥グループ所属――。ひなーじどりーけーん!」


 まるでプロレス試合のようなアナウンスが、再び巨大なスピーカーからとてつもない音量で放たれた。こんなに大きな音量で、近所から苦情は来ないものだろうか……。こんな音が出せることから考えれば、もしかしたら今僕たちは、日本本土から少し離れた海上とかにいるのかもしれない。

 プロのアナウンスとともに、スタジアムにいる数万人の歓声が湧き上がった。

 急に自分の名前が呼ばれた雛地鶏君は、訳も分からず、強張った顔で歓声に応えるべく小さく手を振っている。


「続きまして……。青コーナー、170センチ139ポンド、一般庶民階級所属――。さーかーきばーらーーゆうーきーぃー!」


 今度の歓声は、雛地鶏君のときほどの盛り上がりはなかった。

 スタジアムを占拠する観客の客層は、どうやら僕にとってかなりのアウェイな存在であるらしい。

 それにしても、僕の身長と体重はいつ調べたのだろう……。思い当たるのは、リムジンの中で気を失ってから、ここに至るまでの間である。あの屈強なボディガードたちが僕の気絶中に着替えと身体測定をしたかと思うと、不思議な笑いが込み上げてくる。


「そして、今日はこのクイズ大会の主催者であり、クイズ問題の監修にもあたりました、黄川田コンツェルン会長、黄川田きかわだ 権蔵ごんぞうさんにも放送席に来ていただいております。会長、どうぞよろしくお願いします」

「はい、よろしくお願いします」


 野球場でいうバックスクリーン位置に聳え立つ、僕にはもう『何型』かよくわからないくらいの巨大モニターに、この会話の声の主たちが映し出されている。

 片耳のヘッドフォンをつけた中年の男性アナウンサーの横で、神妙な目つきで会釈した、低く渋い声の白髪紳士。その名前からすれば、『あの方』こそが、我が麗しの真奈美さんのお父様であることは間違いなかった。

 当然、僕は初対面であるが、彼が真奈美さんのお父さんだと考えると、背筋がピンと伸び、胸がドキドキと鼓動し始めた。脇の下の汗が止まらなくなった。

 野球的に云えば、僕らはホームベースのあるキャッチャーの位置。二塁ベースあたりに背の高い櫓のような放送席が用意され、こちらに向き合うような形で僕たち二人を見下ろしている。

 しかし、この場に最もいるべき人がひとり、いないではないか。


 ――真奈美さんは、どこ?


 そう思った僕は、視力の回復した目でスタジアムをぐるりと見回した。そして、すぐに見つけた。何せ、彼女の持つオーラは並大抵ではないのである。

 真奈美さんは、バックスクリーン下の特等席にいた。

 直射日光を避けられるように仮設の屋根みたいなものが築かれ、その下に、遠くからでも見えるほど大きなピンク色のソファーが置かれている。その中央に、まるでどこかの国の女王のような気品を備えた真奈美さんが、どっかりと鎮座していた。


「それでは、本日の主役をご紹介いたしましょう。黄川田家のプリンセス、黄川田真奈美様です。真奈美お嬢様は、バックスクリーン下から、二人の勇者を温かく見守っておられます」


 真奈美さんの真上に位置する巨大な液晶画面が、彼女をアップで映し出した。

 スタジアム全体から漏れた、ため息。

 潤んだ切れ長の瞳とスッと通った鼻筋、そして形の良い桃色の唇が、会場の男たちを魅了し、女たちを嘆かせたのだ。

 だけど、僕にはすぐ分かった。

 彼女の美しさに全くそぐわない、眉間に寄った皺が縦に数本、あることを。

 そして、その表情は今まで見たこともないほどに険しいものであり、どうやら彼女も、あのお父様により無理矢理ここに連れて来られたらしい、ということも――。

 スクリーンの映像が、彼女の姿から、椅子に固定された僕たち二人の様子に切り替わった。


「えー、では今回のルール説明をいたします。クイズは全部で10問、早押し形式。間違った回答をした場合には『お手付き』となって、次のクイズの回答権はなくなります。

 一問正解ごとに100点が加算され、最終的に獲得点数が多い方が勝者となります。勝者は真奈美お嬢様への告白タイムを獲得することとなり、お嬢様の目の前で、1分間のアピールが許されるという訳です。

 ――なお、当クイズ大会の模様は、黄川田財閥コンツェルン所有の人工衛星とネット配信サービスを介し、全世界に同時放送されておりますこと、念のため、申し添えておきます」


 全世界同時配信と聞いた会場が、なぜか一層の盛り上がりを見せる。

 すると、会社で僕を拉致した例のボディーガードたち三人がやって来て、僕と雛地鶏君の頭の上に、例のシルクハットを載せた。


「回答の際は、各自、目の前にある赤ボタンを押して下さい。先に押した方の回転ランプが点灯しますので、どちらに回答権があるかわかります。では――グッドラック!」


 僕ら二人の間くらいに立った彼らのリーダーらしき男が、またもや流ちょうな日本語で説明した。その丁寧すぎる態度とグッドラックの言葉とともに突き上げた右手の親指が、却ってムカついた。


「よっしゃー、よくはわからんが、こうなったら榊原君に絶対勝ぁつ!」


 自部の顔面をパシャパシャと叩いてやる気を見せた、雛地鶏君。

 そうだ、その通りだ。どうしてこういうことになったのか、全く不可解ではあるのだが、状況としてはとにかくまず、目の前の雛地鶏てきを倒さねば話は進まないことだけはわかる。

 こうしている間も、司会役のアナウンサーは揉み手しながら黄川田会長に何やら話しかけていた。内容はよくわからなかったが、黄川田会長――真奈美さんのお父さん――は、言葉少なに対応しただけで、表情は硬いままだった。

 そしてついに、運命のクイズ大会の幕は、切って落とされたのである。


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