【5-3】

「真奈美さん! この榊原祐樹が――あれ、ここではジャック・オー・ランタンって名乗るんだったっけかな……もう、どっちでもいいや。とにかく、この榊原祐樹が、お化けに悪霊に魔女、悪い虫や間男だって、あなたにはこれから一切近づけさせません。だから、この僕と付き合って――」

「あのねえ……今の私の姿を見て何とも思わないの? あんたはお菓子に向かってモノを云ってるのに過ぎないのよ……。とにかく、くだらないこと云う暇あったら、すぐにここから私を助け出しなさい!」

「え? あ、はいっ!」


 少し間違ったものの、眞子さんにより予め用意されていた先輩の『決めゼリフ』が、それを途中で遮った真奈美さんの冷ややかな命令により、見るも無残に砕け散った。

 大慌てで積み上がったお菓子の山を両手で払い除ける、榊原先輩。


「今ので、感動した真奈美さんが僕に抱き着き、大団円――てはずだったのに」


 頻りとぼやく榊原先輩の前に再び姿を現したお嬢様の表情は、怒りで凍りついているように見えた。

 その雰囲気を察知したDJポリスが再び口を開き、「交差点では立ち止まらないようにね」「その張りぼては通行の邪魔ですから撤去してくださいね」と、柔らかい物腰ながら、群衆に解散を命じた。

 ――そのときだった。

 闇の薄い都会の夜空に、赤い人影のようなものが浮き上がった。それは、ホウキに跨る魔女のように見えた。

 いかにも、といった感じの赤いとんがり帽子とビロードのマントが、風になびく。


「今すぐここから立ち去れ! さもないと、わらわが呪い殺してくれるわ」


 低いトーンのしわがれ声で、がなり立てる魔女。

 鬼気迫る、迫真の演技だ。

 こんな演出があるなんて全然聞いてなかったが、きっと眞子さんのことだ――沈滞ムードを吹き飛ばすために、自分が魔女となって登場するなどという隠し玉を使ったのだろうと私は推測した。


 DJポリスもこんなの聞いてないよ、と首を傾げる。

 警察の存在を忘れた街角の群衆が、再び盛り上がりを見せた。

 どんなトリックを使っているのかまでは解らない。箒に跨った魔女が、我が物顔で空を闊歩するように飛び回る。赤黒のマントが躍動する。

 さすがの真奈美さんも、この演出は気に入ったようだった。

 お菓子の山の件で凍りついていた表情が、一変した。

 壮大な空のスクリーンに映されたファンタジー映画を見るかのように、ごく普通の若い女性が見せる笑顔を振りまきつつ、楽し気な表情を見せる。が、ふと我に返った真奈美さんが、冷たく云い放った。


「あれ? アンタ、私から魔女を遠ざけてくれるんじゃなかったっけ?」

「え? ああ、そうでした、そうでした。……こら、そこの魔女! どっか行け!」


 と、まるで犬の遠吠えのような頼りない威嚇をジャック・オー・ランタンが行った瞬間、まるで瞬間移動の魔法を使ったかのように、本当に魔女の姿が消えたのである。

 何が起こったのかと、一瞬、静まり返った群衆。

 が、すぐにやんややんやと拍手喝采して、盛り上がる。真奈美さんも、今まで見たことのないようなとびきりの笑顔を見せた。


「すごいじゃない、アンタ。あれ、どうやったの?」

「あ、いや、その……だから、僕のあなたへの思いがさせた技ってことですよ!」

「ふうん……」


 しどろもどろに答える、先輩。

 それも当然だった。打ち合わせでは、全く聞いていなかったのだから。どうやったかなんて、真面まともに答えられるわけがない。

 と、ここでDJポリスが気を取り直し、本気モードになった。ベテラン系の警官が言葉の物腰を荒げ、がなり立てるようにして人々に解散を促す。これにはさすがの交差点の人々も従わざるを得ない。あちらこちらへと散って行った。それを見届けた警備関係者が交差点にわらわらと集まり、はりぼて馬車と散らばったお菓子類を強制排除する。

 都会の交差点が、普段の顔を取り戻した。



   ☆



「今日は楽しかったわ、祐樹君。魔女を出したり、飛ばしたり、消したり……お見事でした。ただ……『ひねり』があんまり感じられなかったわね。まあ、私に告白するなんて、2億年は早いって感じ」


 にこやかにそう云い残し、あでやかなオーラをまとう後ろ姿を周囲に見せつけながら、真奈美お嬢様が交差点から去って行く。それをただ茫然と見送るしかない、榊原先輩。

 それにしても感心するのは、お嬢さまという人種の感性である。

 私には理解できないが、フィーリング的に二人には何か通じるものがあるのだろう。一気に告白とまではいかなかったものの、それができるまでの時間は確かに縮まったのである。とは云っても、まだ2億年もあるけど……。

 だが、常に逆転満塁ホームラン的な『一発』を狙う先輩にとっては、全然喜べるものではなかったらしい。がっくりと肩を落としたまま、しばらくの間、項垂うなだれていた。


 慰めの言葉を掛けるべきかと悩んでいたそのとき、どこからともなく眞子さんが現れた。その表情は、今までの盛り上がりに反して、かなり不満げなものに見えた。


「それでどうでしたの、榊原さん? 真奈美お嬢さまの姿が見えませんけど……」

「ああ、眞子さん……残念ですが、今回の告白は失敗に終わりました。けど、あんな魔女の演出という隠し玉を持っていたなんて! おかげさまで若干の年数――3千万年ほどですが――時間を縮めることができましたよ。ねえ、榊原先輩?」

「うん……そうだね」

「まあ、なんてこと!」


 意気消沈した先輩の代わりに私が答えると、眞子さんがその細い顎に力をこめ、悔しそうにぎりりと歯ぎしりした。


「たった三千万年? この、日向眞子肝いりの演出がたった三千万年分の効果しかなかったですって!? く、悔しいですわ。真奈美さまって、なかなかしつこい性格のようですわね……。

 あ、でも云っときますけど、さっきの魔女の演出は私が企画したんじゃありませんよ。榊原さんか近藤さんがいちばちかの勝負のために用意したものじゃなかったのですか?」

「ええ!?」


 きっちり揃った声で、驚いた先輩と私。

 カボチャのお化け?が、まるで幽霊でも見たかのように、慌てふためいている。

 それを見た眞子さんの表情も、みるみる蒼ざめていった。


「……じゃあ、さっきのは何? 本物の魔女が現れたってこと?」


 先輩と眞子さん、意外とこの二人の波長は合っているのかもしれない。今度は、その二人がちょうど1オクターブ違う音程で声を合わせた。

 けれど、このとき私は理解した。

 そう――魔女の正体というものを。


 ――ってことは、魔女の姿をしたあの人は今頃……。


 そんなこんなで、眞子さんによるイベントも終了。我々も現地解散となった。

 がっくりと肩を落とす先輩や眞子さんと別れた私は、魔女が潜んでいるであろうビルの谷間に向かって、一人、歩いていった。

 すると案の定――人影少ない路地裏に、立派な鉤鼻のマスクが外れ、その正体をさらす魔女の姿があった。全身を打ちつけた痛みからか、うんうんと呻きながら、アスファルトの上で仰向けに倒れている。


「やっぱり……。さっきの魔女は雛地鶏さんあなたでしたか」

「痛てててて。吊っていたピアノ線が突然切れて、落ちてしまってさ……体中がバラバラになったみたいな感じで動けないんだよ……。あれ、その声は榊原君のデキル後輩、近藤君だね。ここにやって来るとは、さすがだ」

「大変ですね……救急車でも呼びますか?」

「よしてくれ。雛地鶏財閥の跡取りが妙な格好で運び込まれたっていう噂でもたったら困る……。それより、君の肩を貸してくれないか。そうすれば歩けそうだ」

「仕方ないですね。武士の情けで肩を貸しましょう」

「す、すまない。まさか宿敵の仲間に助けられるとはな……」


 雛地鶏さんに力を貸し、起き上がらせる。

 私の肩の助けを借りながら、彼は足を引き摺り引き摺り、歩き出した。


「それにしても、雛地鶏さんの演出のお陰で場はかなり盛り上がりましたよ。榊原先輩の真奈美さんに告白できるまでの時間も、三千万年ほどですが、縮まりました」

「え、縮まったの!? 本当に? くっそー、どうして俺が動くと裏目に出る……」

「雛地鶏さんにも、いつかはきっといいことありますよ」

「近藤君……君は意外といい奴だな。榊原君の後輩にしておくのが勿体ないくらいだ」

「恐れ入ります」


 変な格好をした、妙な組み合わせの、男が二人。

 夜も更けて増々冷たくなった風を正面から受けながら、肩を寄せ合い、雛地鶏さんを待つ車があるという場所まで黙々と歩いていったのだった。




 キミに届けたい、永久とわの愛を。カボチャの馬車に込めたラブレター 


 ―続く―

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