5 カボチャの馬車でアイラブユー(2億年前)
【5-1】
窓から見下ろす景色も、だいぶ色度が増した。
そんな、秋も深まり始めた10月下旬のことだった。
豊かな香りを湛えた、淹れたて珈琲が入ったカップ。それをソーサーに載せて私が差し出すと、彼女――
眼を瞑って珈琲の香りを少し楽しんだ後――。
その潤んだ瞳をゆらゆらとさせながら、ややビブラートの効いた甲高い声で彼女は言った。
「だからぁ、榊原さん。先程から申し上げておりますでしょう? 本当に飲みこみが悪いですわ。そこは、あなたがカボチャに成りきって……」
「いや。だからですね、日向さん。何度も云いますが、僕は今、仕事中でして……」
「あら、そんな言い訳、通用しませんことよ。そんなことだから、あなた、真奈美お嬢様のお心が掴めないのですわ」
「うぐっ……」
形の整った眞子さんの美しい唇から発せられた厳しい指摘に、タジタジとなる榊原先輩。先輩が若干怯んだ隙に、彼女は自分が考えたという告白シナリオを、再びマシンガンの如く話し出した。
プランをひと通り話し終えた眞子さん。
目の前に置かれたコーヒーカップに手を延ばすと、やわらかそうな唇をそれに着け、ひと口すすった。
「あらまあ、近藤さん。この珈琲、なかなかの御手前ですわ。豆自体は普通ですけど、淹れ方に気品を感じます……。榊原さんと違って、あなた、仕事ができそうですわね」
「あ、いえ、私など大したことはありません……。と申しますか、それより、眞子さん。榊原先輩は眞子さんに告白シナリオを作ってほしいなどと頼んだ憶えはないそうですけど……今日はどうしてここに?」
私の横で
「そんな細かいことを気にしてどうしますの?
「はあ……」
榊原先輩の溜め息にも似た力のない返事とともに、私は思わず肩をすくめた。
――でも。
私は、思った。
我々がもしも彼女の告白プランを実行する場合に、ひとつだけ問題がある、と。それは、彼女の認識そのものだ。
彼女は、全然わかっていないのだ。
先輩の、真の実力を――。
――ここで、今の我々が置かれている状況について、若干の説明をしておきたい。
今日は、れっきとした平日である。
お金持ちのお嬢さまには関係ないのかもしれないが、当然、我々サラリーマンにとっては、精一杯働く日である。
そんな普通の労働日の就業開始早々に、突如、我々の前に姿を現した彼女。
会社ビル廊下部分に設置された自動販売機前で甘めの缶コーヒーを飲みながら今日一日の活力をチャージしていた榊原先輩の腕をがっしと掴んだ彼女は、「さあ、作戦会議ですよ!」と叫ぶと我社の一番大きな会議室を瞬く間に占拠し、先輩を監禁状態へと持ち込んだのだ。
慌てて榊原先輩救出に向かった私だったが、あえなく撃沈。
すぐに彼女の「会議システム」に組み込まれた私は、眞子さんからレギュラー珈琲の提供を要望されたのだった。給湯室にある道具と材料で淹れた珈琲を持って再び部屋に戻ったときには、既に眞子さんから榊原先輩への「告白プラン」のレクチャーは粗方終わっていたが、雰囲気で大体その内容は私にはわかった。
――と、まあ、朝からこんな風に「告白」のための作戦会議が開かれている訳である。
会議開始から、一時間。
しびれを切らし、ひとさし指で机をカチカチと叩く眞子さんがイラついた声で云った。
「もう、いい加減お分かりになりましたよね、榊原さん?」
「はあ、まあ……。でも、こんなことで本当に真奈美さんの気持ちを掴めるんでしょうか?」
「何です、その疑いの目は……。女の子ってのはね、お祭り騒ぎと少しの恐怖、そして甘いものが大好きですのよ!」
「……。そんなもんですかね」
「当たり前ですわ。この、日向眞子が云うのですから間違いはありません!」
とそのとき、会議室のドアを激しく叩く音がした。
ドアが開いたその場所に姿を現したのは、先輩と私が所属する部署の、佐藤という名の後輩女子社員だった。
「大変です、榊原主任! 客先から、先月収めた商品に関してクレームが!」
「何だって? 課長はどうした?!」
「課長、外回りで不在なんです……。今、その話が分かるのは榊原主任しかいなくて……」
「……よし、わかった。すぐ行く」
榊原先輩は、「すみません、日向さん。そういうことなんで、ちょっと席を外します」と、不服そうな表情を見せる眞子さんに断ってから、会議室から飛び出した。
その背中を追いかけるようにして、眞子さんも会議室を出る。
何をしでかすかわからない彼女に不安で、私も部屋を出た。すると、速足で廊下を移動する彼女の背中と私のいる場所の間の空間に、彼女の残り香が漂っていた。何という名前の香水なのか、はたまた、お嬢さまである彼女自身から発する特別な物質の匂いなのか、私にはよくわからない。わからないが、とにかく、良い匂いだ。
その香りに誘導されるようにして、私は彼女の後を追った。
私と眞子さんが部署の事務室に到着すると、既に榊原先輩は客先との電話に取り掛かっていた。
横でおろおろしているのは、先ほど電話を取り次いできた制服姿の女子社員だ。
そんな彼女を、先輩は目線を使って落ち着かせる。
とともに、受話器を耳と肩の間で抱え込みながら客と交渉し、次々と周りの若手社員たちに指示を与えていった。普段はのんびり構えている先輩だが、こういった
そう――まさにそれこそが、先輩の真骨頂なのだ。
それから、10分が経過した。
榊原先輩の奮闘の甲斐あって、クレームは解決していた。
ほっとひと息ついた先輩に、先程SOSを告げた女子社員の佐藤さんが何回もお辞儀をしながら礼を云った。
「……あら。意外と榊原さん、やりますのね」
「当たり前です。榊原先輩は、この会社で私が認めた、唯一の人物ですからね」
「ふうん、そうなのですか。へえ……」
身にまとった美しい花柄ワンピースの胸の部分で細く白い腕を組みながら感心する、眞子さん。
彼女に向かって、私は何度も力強く
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