【4-3】
そう云って、近藤が私の背中越しに腕をバタバタと動かし、私達より数十メートルくらい地球に近い場所にいる榊原祐樹に合図を送った。
近藤の合図に大きく頷いてみせた榊原祐樹。
連係プレーのように、彼の近くにいる例のパラシュート部隊に向かって何やら手話のような合図を送る。
すると、あのスカイダイバーの一団が磁石で引きつけられたかのように集まり出し、一つの塊になった。そうかと思うと、今度は手や足を連結したまま広がって、一つの輪になった。皆、全身赤い服装なので、赤い輪ゴムのようだ。
「さあ、ご覧になってください。これが榊原先輩の、真奈美さんへの気持ちです!」
私の背後で、近藤が
すると、今まで輪の外側にいた榊原祐樹が風を切って動き出し、私から見て輪の上側の部分に引っ付くと、輪をぐいと押し曲げたのである。
手作りアニメのようにぎこちない動きで形が変わっていく、赤い紋様。
輪の上の部分が凹んでいき、それに連れて下の部分がぴんと尖り出していく。
――も、もしかして、あの形に?
なんて思いながら、私のハートがキュンとなりかけたときだった。
雛地鶏が、今まさにハート形の図形として完成しようとしている赤い人文字に勢いよく突っこんできて、妨害を始めたのである。と、今度はそこに、金魚女が雛地鶏の邪魔に入った。
邪魔の、邪魔――。
彼女の勢いに負けた雛地鶏が弾き飛ばされ、輪から離れていく。
が、勢い余って人文字を構成するスカイダイバーの一人に、女が激しく衝突した。赤い輪が、くるくると回転を始めた。
「ど、どうですか、真奈美さん! 先輩の気持ちが伝わりましたか?」
「うーん……。これが榊原祐樹の気持ちだとすれば……桃? それとも、お尻ってこと?」
「えっ!?」
そうなのだ。
多分、榊原祐樹が作りたかったあの形は、丁度上下反転した形で空中に静止した。私には、どうしてもそれが、桃か尻にしか見えない。
――残念だったわね。
と、ようやくここで状況を把握したらしい近藤が、急に話題を変えた。
「えーっと……。あ、そうだ。もうそろそろパラシュートを開かなくちゃ!」
確かに、富士山の頂がすでに上空の一構成要素となっていた。叩きつけられれば、恐らく私などひとたまりもない固―い地面が、だいぶ迫ってきている。
と、何かに気付いた近藤が、緊迫した口調の金切り声で叫んだ。
「うわっ、パラシュートを開く紐が何かに引っかかって、引っ張れない! きっと、あの女にぶつかったときにそうなったんだ……。榊原センパーイ! すみませんが、この紐の位置を直してくださーい!」
巧みに体を動かし、榊原祐樹の近くへと移動していく。
大きな身振り手振りを使って、状況補足する近藤。そんな彼からのシグナルをようやく深刻に受け止めたらしい榊原祐樹が、慣れない動きながらも、必死にこちらに近づいて来る。
「よし、すぐそばに行くから! 真奈美さん、今、助けに行きますからね!」
「早くしなさいよ、榊原祐樹! ほんっと、たのむわっ!」
「迷惑かけてすみません。先輩、お願いしますッ!」
近藤の口調からすれば、本当にもう、時間がないらしい。
あの手練れのパラシュート部隊までもが既にパラシュートを広げ、私たちのはるか上空にいる。その横では、パラシュートをぶつけ合い、雛地鶏とあの女が未だに激しい戦いを繰り広げているのが見えた。
――あの二人、ほんと、何しに来たんだろう……。
榊原祐樹の技術は、確かに未熟なのだろう。鬼気迫る表情で近づいて来るも、目的の「紐」を手に取るまでには、なかなか至らない。
「先輩、そろそろ限界です。頑張ってください!」
「よっしゃわかったぁ、任せとけぇ! どぅわりゃあああああ!」
太陽を背に躍動する、榊原祐樹。
その姿はシルエットとなって、まるで仏様のような神々しさを放ちながら、私の目に飛び込んで来た。
「よし、近藤OKだ! 真奈美さん、直りましたよ。大丈夫、ご安心ください!」
私の耳元に口を近づけた榊原祐樹が、囁くような手振りで、大声を出した。
――どきり。
何故か、私の胸が高鳴った。
そんな私を置き去りにして、榊原祐樹が私たちと十分な距離を取るべく離れていく。と、距離を見極めた近藤が、パラシュートを急いで開いた。
――ぶわさっ。
すごい風圧と音で、耳がつんざけそうになる。
しかし、それも束の間。圧力と騒音はやがて落ち着き、心が和んでいく。
見渡せば、榊原祐樹も無事にパラシュートを開き、こちらに手を振って喜んでいた。
ようやく楽しめた、雄大な景色――と榊原祐樹の雄姿。
そんな景色をゆっくりと楽しんだ後、私は無事に地上に降り立ったのである。
☆
「榊原祐樹。確かに今回は、雛地鶏たちの邪魔だてにも負けず、よく頑張ったわ。だけどあの形……どう見ても、桃かお尻にしか見えなかったわよ。でも……」
私はゴーグルの跡が顔面にきっちりと残った榊原祐樹を見据えた。
「でもまあ、今回はその頑張りに免じて、『私に告白するなど2億3千万年早いわッ!』とだけ云っておくわね」
私がそう云うと、近藤がはしゃぎ始めた。
その横で、境原祐樹が複雑な表情を見せる。
「やりましたね、先輩! 告白までの時間、かなり縮まりましたよッ」
「うん。まあ、確かにね……。でも、アイツらの妨害さえなければ、もっと……」
先ほど着地したばかりの雛地鶏と、眞子という名の女が何も悪びれることもなく私たちに近づいてきたのを、榊原祐樹が睨みつけた。
「まさか、この私の考えた『お邪魔作戦』が効かなかったとは……不思議だ」
告白までの時間が縮まったことに、かなり不服そうな雛地鶏。
顔にやや疲労感が現れていたが、4000mも落ちてきたというのにスーツが着崩れることもなく胸ポケットに刺した赤い薔薇が吹き飛ばなかったことの方が、よっぽど不思議だと反論したかったが、面倒なのでやめておく。
「この、
この、日向眞子と名乗る女。
私の敵ではないにしても、ゴーグルを外すと思ったよりも可愛らしい顔をしている。そんな彼女が、まるで『人生での初挫折』とばかりに、がっくりと肩を落とした。
あなたがダイバーにぶつかった一撃のせいで、榊原の思惑が崩れちゃったんじゃないの? と反論したかったが、やっぱり面倒くさかったので、これも突っ込むことはやめておいた。
代わりに、榊原祐樹に本日の『遊び時間』が終わったことを伝えることにする。
「じゃあね、榊原祐樹。次こそ、楽しみにしてるわ」
私は、くるり反転してアスファルトの舗装面を歩き出した。このダサい「つなぎ」の服装とは不釣り合いなエレガントな足運びとともに――。運動靴に履き替えさせられているせいで、カツカツとヒールの音が辺りにこだましないのが残念だ。
と、しばらくして、背後で日向眞子の叫び声がした。
「もう、あなたに任せてなんかいられないわ、榊原さん。次は、24歳の年女で乙女街道まっしぐらな私が、あなたのために真奈美お嬢さまの心を魅了する作戦を考えて差し上げます! そして、あなたの望みを必ずや成就させますッ!!」
一瞬、止まりかけた私の足の運び。
しかし、それを気づかれまいと、振り向きもせずにそのまま突き進んだ。
――ふん、面白いじゃないの。あの小娘、なかなか生意気なことを云うものね。いいわよ、いつでもその挑戦、受けて立つわ!
ふと、空を見上げた。
するとそこには、ドーナッツのようにおいしそうな、丸くて白い飛行機雲があった。どうやら、あの中年ベテランパイロットの操縦するセスナ機が、ずっと私たちの上をぐるぐる回っていたらしい。
――あのおじさん、何か楽しいことでもあったのかしら?
私の気持ちは、何故か清々しかった。
キミに届けたい、
―続く―
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