【4-2】

 榊原祐樹の目線の先には、ダークブルーの下地に金色のラメが派手に散りばめられた、まるでボウリング用のボールのような飛行機が1機と、その機体にぴったり寄り添うようにして飛ぶ、網膜に突き刺さるようなショッキングピンクでいろどられた飛行機が1機――計2機があった。

 それら2つの飛行機は、まるでつがいで飛ぶ渡り鳥のよう。

 榊原祐樹が頼んだらしいごく普通の小さなチャーター機のすぐ真上で、異様な迫力を撒き散らしながら、悠然と飛行を続けている。

 2機のうち、ボウリング玉の機体の方。

 そのどてっぱらに開いた大きな開放空間――スカイダイビング用のハッチ――に、こんな状況下でも艶のあるシックなダークスーツに身を包みながら不敵な笑みを浮かべる一人の男がいた。遠くでも自分の姿がよく見えるようにするとの配慮なのか、顔の大きさほどもある巨大な造花らしき薔薇の花を胸ポケットに挿している。

 

 ――どう考えても見覚えのある顔、その姿。そして、あの佇まい。


「あの男は、どう考えても雛地鶏ひなじどり けんよね」

「確かに……。ちっくしょう、こんなところにまで現れるとは、なんてやつ……。真奈美さん、こうなったらぐずぐずしてはいられません、直ぐに出発です! 近藤、何かあったら、僕がアイツの動きを封じる。後は頼んだぞ!」

了解ラジャー!」


 指先が綺麗に伸びた近藤の敬礼を子どもの成長を見守る父のような穏やかな笑顔で見届けた榊原祐樹は、首を捻るようにして、自分の背中にセットされたパラシュート機材を一瞥した。そして、ワザとらしく私に向かって一度大きく頷くと、いかにも熟練といった感じのパイロットに向けて右手の親指をグッと突き出し、そのまま大空へ飛び出して行った。


「ちょっとぉ、先に行っちゃうわけ!?」


 私の言葉が彼の耳に届いたかどうかは定かではない。が、地球という天体の中心へと向かう、いち落下物と化した榊原祐樹。

 そんな彼に向かって、白髪混じりのベテランパイロットがきりっと力強いサムアップを返した。

 その直後だった。

 こちらの飛行機と横並びで飛ぶもう一機のチャーター機から、かなりの人数のパラシュート部隊のような一団が、その身を大空に任せ、宙を舞ったのである。全員の服が、燃えるような赤色で統一されていた。


「さすが、榊原先輩! 初めてとは思えない、度胸の良さですね」

「ええッ、初めてなの? アイツ、一人で大丈夫?」

「ええっと、まあ……多分……大丈夫ですよ。そ、そんなことより、今度は私たちの番ですね」


 そう云って、素早く私の背後に回った近藤。

 背中の辺りでかちゃりという音がした。命綱のようなものを私に結び付けたらしい。

 私の背後で山のように聳える近藤が、無防備な私の背中に体当たりして飛行機の外へと私を押し出そうとする。


「しゅっぱあつ!」

「あ、ちょっと待って! まだ、心の準備が――きゃあぁぁ」


 純白のハイヒールから、くすんだ赤色の運動靴に着替えさせられた私の両足が、飛行機の固く冷たい床を離れた。

 その瞬間見えた、眼下に聳え立つ富士山のいただき

 思わず手を合わせ、無事の生還を祈る。


 ――日本一の高さの、そして世界遺産の山ですもの。私一人ぐらいだったら、きっと、助けてくれるわよ!


 頭の中がぐるぐると回り出し、身も心も無重力になる。

 落ちていく――いや、上っていく? どっちが上でどっちが下?

 もう、何が何だかわからない。

 風が私を突き上げようとする力、それと地球が私を地面に叩き落そうとする力――この二つの力のせめぎ合いが、私の体を仲介して行われていることだけはわかった。


「た、頼むわよ、近藤!」

「勿論です、お嬢さま!!」


 そのとき、私のゴーグルの視野に、二人のスカイダイバーが飛び込んで来た。どうやら、私たちを追いかけてきたものらしい。

 一人は……雛地鶏のやつね。服装が、あの、いつものやつだから。

 じゃあ、彼の横に引っ付くようにして宙を舞う、全身ピンク色のまるで金魚にしか見えないヒラヒラ衣装に身を包んだあの人は――誰? 若い――女の人?

 もう片方の派手な飛行機から飛び出してきたに違いなかった。ダイビングスーツの色が、飛行機と同じだ。


 私は、自分の置かれた状況を忘れ、二人の動きに見入ってしまった。

 なぜって、それがまるで夫婦漫才めおとまんざいのようだったから。

 男が女から逃げるように空中で動きもがく。すると女がそれを追いかけ、右手を激しく動かしてツッコミを入れるように体当たりする。

 そうこうしていると、妙な二人がくっついたり離れたりしながら、私達――近藤と私――に近づいて来た。


 ――アブナイッ!


 気づいたときには、すでに遅かった。

 金魚の生まれ変わりのような格好で落下する女が、私をかばうようにして体を入れた近藤にぶつかったのだ。

 バランスを崩し、錐揉きりもみ状態になってしまった私たちのことなどお構いなし――女との距離が離れ、「これ幸い」とばかりに、雛地鶏が先ほど私たちと同じ飛行機から飛び立ったパラシュート部隊に向かって、落下し続ける。


「こら、けんさま。お待ちなさーい」

「|眞子(まこ)さん、しつこい! っていうか、落ちてるだけだから待てないけど……何故、私の邪魔をする?」

「謙さまが、榊原さんの邪魔をするからでしょう」

「ならば、邪魔の邪魔は今すぐお止めなさい!」

「できませーん。あら、お二人様……先程は失礼いたしました。お怪我はありませんでしたか? ――そうですか、それは何よりですわ。では、御免遊ばせッ!」


 私たちに今さらながら気付いた素振りをしたその女は、空を見上げるように、会話とはいえない一方的な言葉をマシンガンのように私たちに放った。

 ほんのちょっぴりの謝罪の言葉にちょっと?ッとなったが、今は空中での体制を整える方が先決だった。腹を立てている暇など無い。

 そのうち、なんとか二人分の体勢を立て直した、近藤。

 私の口では云えないような激しい言葉で、二人を罵った。やがて、その言葉も出尽くしたのか、落ち着いた口調で私に話しかけた。


「くっそー、ホント危なかった……。雛地鶏さん、彼が現れるとロクなことがないですよ……。あ、でも、真奈美さん、ここは気を取り直していきましょう。もうすぐ、先輩からの『プレゼント・ショー』が始まるはずですし」

「ショー? 何でもいいから、とにかく早く終わらせて欲しいわ。私は、空より地面にいたいもの」

「あ、そうなんですか? それなら、もう始めちゃいますか!」

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