4 上空4000メートルでアイラブユー(2億3千万年前)
【4-1】
地球の空はどこまでも青く澄んでいて、それでいて、その奥行きは果てしなかった。
時間とともに膨れ上がる私の不安を
「さあ、
「……」
もちろん私は、おし黙ったままだ。
なぜって、発する言葉もなかったから。
榊原祐樹の会社の後輩、近藤という名の長身の男に無理矢理装着されたゴーグル越しに、目にこれでもかと力を込めた状態で、じっと榊原を睨みつける。
そう――それは、三日前の夜のことだった。
榊原祐樹からの電話着信があったのだ。
「真奈美さん。今度こそ、大丈夫です。是非、今度の日曜日に会ってください。お願いします!」
「……。この暑苦しい9月の残暑を吹き飛ばすくらいのものを見せてくれるというなら、行ってもいいけど」
「ああ、それならおあつらえ向きの内容ですよ。必ず、真奈美さんを涼しくしてみせます!」
「ふうん……。まあ、そこまで云うのなら、仕方ないわね。行ってあげる」
――確かに、あの日の私はそう云ったわね。云ったけども。
このシチュエーションは……一体、何なの?
嵐のときのように、ごうごうとした音とともに吹き抜ける風を体全体で感じながら、私は必死に現在状況の理解、および分析に務める。
ばっちり決めた前髪と、新品のブランドものパンツスーツが台無しになってしまったのは、間違いない。F1レーサーよろしく、頭には無骨な白ヘルメット、体には明らかにスタイリッシュとはいえないごわごわの赤いつなぎを身にまとっている。
はっきり云って、最悪だ。
今どきの農業女子たちが着るような「カラフルつなぎ」の方がよっぽど可愛いし、それくらいのものが準備できなかったのかと、榊原に対して若干の
「どうです、真奈美さん。すっかり涼しくなったでしょう?」
「まあ、確かに……そんな気もするけど」
弾む声で私に声を掛けてきた榊原祐樹が、胸元で小さくガッツポーズを決める。
この辺の少しずれたところが、何とも腹立たしい。
――そりゃあ、涼しくもなるでしょうよ。
ため息混じりに、思う。
空港で無理矢理に妙なつなぎに着替えさせられた上に、強引に押し込められた小型セスナ機でこんなところにまで飛んで来て、遂には先ほどまで目前にあった機体の壁がフルオープン状態になってしまった訳だから!
海だか空だか地球だか宇宙だかわからない風景が、今、私の真下と真上と左右に広がっている。
「さあ、いよいよですよ。目的の
「ええっと……榊原祐樹。一応訊くけど、ここはどこ?」
「ああ、すみません。説明不足でしたね。富士山近郊の上空、高度4000メートルです」
「あ、そう。なんかもう、驚きを通り越して平常な気持ちだわ……。この状況って、これからスカイダイビングをやります、っていう理解でいいのね?」
「さすが、真奈美さんですね。勘が鋭い」
「っていうか、この状況ならそれしかないから。でも私、スカイダイビングなんて、やったことないんだけど――」
「もちろん大丈夫ですよ。そこは、ご安心下さい。インストラクターもできるほどの腕前を持つ、我が
榊原祐樹の横に立つ、スポーティな黒のジャンプスーツに身を包んだ長身の男の男。これが所謂ところのデキル後輩、近藤なのだろう。
いつかどこかで見た、戦闘機のパイロットが大活躍するアメリカ映画で主人公の男が掛けていたような派手なサングラスを顔から外したその男は、西洋式の動きで左腕を胸の辺りに水平に掲げ、私に丁寧にお辞儀する。
「初めまして、真奈美お嬢さま」
「あなたが、噂の近藤さんね。初めてな気もしないわけじゃないけど、初めまして」
「ご挨拶が遅れまして、申し訳ありませんでした。私、近藤と申します。前回は、あの
凛々しい表情で、そう云い放った近藤。
私を守るという任務に対する強い意志の存在を証明するかのようにきゅっと口を結ぶと、すばやくヘルメットを被りなおし、それから再びサングラスをさらりと掛けた。一連の動作には、少しも無駄なところがない。
――なかなか格好いいわね、近藤! 榊原祐樹――完全に負けてるじゃない。
ここで私は、先ほどから気になっていた疑問を榊原にぶつけた。
「でさぁ、榊原祐樹。さっきから気になってたんだけど、この飛行機以外にも飛行機が飛んでるよね。あれって、何?」
「それはもちろん、私の協力者ですよ」 即答する、榊原。
「本当に? 3機も飛行機が飛んでるから、今回は豪勢な趣向ってことなのね」 飛行機の窓の外に向かって指差した、私。
「3機? そんなはずはないですけど。だって僕が頼んだのは、他にもう1機ですからね……。あれ? 確かに3機飛んでるな。って、あれはもしや――この前のアイツ!?」
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