2 動物園でアイラブユー(2億8千万年前)

【2-1】

 頬に当たる空気も爽やかな、初夏。

 僕の気持ちも、真上に広がる空のように爽やかに晴れ渡る。

 やるべきことは、やった――その充実感が、僕の気持ちを小躍りさせ、ふわふわと空に舞いあがる一枚の羽根のように軽やかにしていた。



 そんな昼下がりの、午後三時。

 市営動物園の入り口前で待つ僕の目の前に、ついに彼女が姿を現したのだ。

 晴れた日曜日の午後にふさわしい、目の覚めるような向日葵ひまわり色のワンピース。赤のベルトで強調された細い腰のくびれが、僕の目の奥に突き刺さる。


(約束より、一時間遅かったけど)


 しかし、今の僕にとって、そんなことは他愛もないことだ。

 笑顔で出迎えた僕に向かって彼女はやや幅広の肩をツンと上げ、ため息混じりの声を漏らした。


「あら、まだいたの」

「何、云ってるんですか、真奈美さん。居るに決まってるじゃないですか。記念すべき、数週間ぶりの僕等の再会ですからね……。あ、そうだ。今、入園チケット買いますから、ちょっと待っててください」


 若干、不機嫌な彼女をその場に残し、僕は入園チケットを購入するための窓口に小走りで近づいた。


「大人、一枚ください」

「え? 一枚でいいんですか?」

「はい。一枚でいいんです」

「そうですか……では、大人一枚で六百円になります」


 僕は、窓口に座る大学生のアルバイトらしきお姉さんからいぶかしげ満載の視線を浴びながら、財布から小銭を出して大人チケット一枚分の料金を支払った。

 お姉さんから僕へと渡される、一枚のチケット。

 僕は意気揚々と、真奈美さんのもとへと向かった。


「はい、どうぞ。真奈美さんの入園チケットです」

「え……アンタの分は? 私一人で、中に入れとでも?」


 僕は大袈裟に首を横に振りながら、ちっちっち、と右の人差し指を躍らせた。


「いやいや、違いますよ。僕には、これ・・があるんですもん」


 真奈美さんに見せびらかすように胸ポケットから勢いよく取り出したのは、この動物園の『年間パスポート』だった。

 要するに、ある程度の金額を払えば、一年の間いつでも入場できるというお得な代物である。この動物園の大ファン(というか生活の一部)でもある僕にとっては、とても大事なものなのだ。

 当然のことながら、きちんとした青い革製のパスケースに収めて持ち歩いている。


「アンタ、そんなに動物好きなの? ……まあ、いいわ。とにかく、今日はここなのね」


 そう云ってため息をついた真奈美さんと並び歩き、入場口を通り過ぎる。

 僕までため息が出そうになったけれど、動物園のフィールドに入った途端――先ほどまでの彼女の大人女子としての目付きは消え、かつてはそうであったであろう、ワクワク感で満たされた少女の瞳に変化したのである。

 今となってはツンケンしてばかりの彼女も、かわいい動物たちの前では、やっぱり一人の『女子』なのだ。


(ここに来て、正解だった!)


 そんな風に心の中でガッツポーズしながら歩みを進める僕に、彼女が不意に疑問を投げかけた。どうやら、真奈美さんは僕が進む方向に疑問を持ったらしい。


「ちょっとアンタ、どこ行くのよ。方向が違わない? ここの動物園なら、レッサーパンダとかユキヒョウの赤ちゃんとか、シロクマの親子とかを見に行くのが普通でしょ」

「ああ……そういうことですか。でもね、もっとすごいのがこの奥にいるんです」

「本当に? ふうん……そうなの。知らなかったわ」

「さあ、行きますよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る