第59話 フルールの場合 懐かしい味
セレナ様が初めて欲しがったのですわ。
いつも、色々な物をくれる癖に自分では何も欲しがらない。
それがセレナ様なのです。
料理なんて簡単なのですわ。
私はこれでも黒薔薇なのですからね、毒薬作りはレシピが全てなのです。
料理も同じですわ。
料理なんて物は決まった材料を、決まった分量で、正確に調理すれば出来上がりですわ。
こんなのはお茶の子さいさいですわね。
お金を積んで王都でも有名な料理店のレシピを手に入れましたわ。
後はこのレシピ通りの材料を手に入れ、書いてある通りに調理すればそれで問題ない筈ですわね。
薬も料理も同じですわ。
さて、がんばりますか。
色々考えた末私は、お店自慢のクリームシチューを選びましたわ。
セレナ様が望むのは手作りなのですわ。
肉は…勿論生きた状態からですわね。
「可哀そうな鳥さん、今すぐ楽にしてあげますわ。うふふっ」
私は鳥さんを首チョンパしましたわ。
そして羽をむしり吊るしておきましたわ。
血抜きですわね。
後は野菜をそれぞれの大きさに切り分けまして。
必要な調味料も用意しましたわ。
此処からは購入した秘伝のレシピの通りに作れば問題ないはずですわ。
うん、間違いなく美味しいですわね。
ここからどうするかですわ。
此処まですれば料理としては一流なのですがロザリアならきっとこれと同じ位の物を用意してくる筈ですわ。
だから、此処からは『私独自の工夫』ですわ。
まず、味付けを少し濃くしますわ。
こうする事で後の2人が作る料理の味が薄い場合は美味しく感じなくなるはずですわ。
更にある種の果物の皮は中毒性があるのですわ。
これを乾燥させ粉にした物を加えます。
これを食べたら病みつきになる事、疑い無しですわね。
まぁ中毒になるといけないですから、ちゃんと量を調整いたします。
こうする事で『他の料理を食べた時にも私の料理が食べたい』
そう思う筈ですわ。
この料理勝負の3日間、そんな気持ちで過ごして貰えば、私の勝利は確定ですわね。
今回の『料理は戦い』なのです。
だから、美味しい料理を作るのは勿論、他の2人が作る料理を不味いと思わせる工夫。
そして、私の料理を選んで貰う工夫。
これでこそ完全な勝利が掴みとれるのですわ。
◆◆◆
「さぁ、セレナ様、フルール特製のシチューが出来ましたわ、沢山食べて下さいね」
「これフルールが作ったんだ! 美味しい…まるで父さんや僕が作ったみたいだ」
「確かに、凄く美味いですね」
「ああっレストランで出て来る味みたいだ」
確かに凄く美味しいし懐かしい味がするけど…
これは、少し物足りない。
「喜んで貰えて良かったですわ、このシチューは王都でも有名な『レストランカズマ』のレシピから作成した物なのですから、美味しいのは当たり前なのです。そこに私秘伝の味つけを加えましたの」
「それズルく無いですか? それじゃフルールの手作りというよりは他人のレシピをそのまま再現した料理という事では?」
「作ったのがフルールだから手作りと言えばそうなんだろうけど…微妙だな」
「ロザリア、エルザ何が言いたいのかしら?」
「それって有名レストランのコピーだから、フルールの料理じゃない気がしますね? ほぼ同じ物が『カズマ』に行けば食べられますよね!」
「う~ん微妙な気がする」
「ですが作ったのは私ですわ、だから手作りには変わりませんわよ」
これが今の『カズマ』のクリームシチューなんだ。
どうしようか?
カズマは僕のお父さんが兄の様に慕っていた人だ。
僕のお父さんの料理の根源であり、僕もお父さんから料理を教わった。
確かに美味しい。
だけど、これは『本物のカズマ』のシチューじゃない。
『僕の為に作ってくれたフルールの手作りシチュー』
それは、凄く嬉しい。
だけど、この味だけはどうしても譲れない。
「フルール、凄く美味しかった。ありがとう…だけどちょっと同じ物作っても良い?」
「どうしてですの?」
「本当のカズマのクリームシチューを教えてあげるから」
「「「はい?」」」
材料は残っているから、これなら作れるな。
僕は手際よく、シチューを作っていく。
此処まで作れるならフルールもこの味をきっと作れる。
少なくとも僕が初めて教えて貰って作った時の物より美味しい。
鳥の血抜き、下処理をもっと丁寧にして、口でほぐれる様にホロホロになる迄煮込む。
そして野菜は崩れないけど口に含んだ時に柔らかく感じる様に…
それでいてシチューの味がしっかり沁み込むような工夫を施す。
これが『本物のカズマ』のクリームシチューだ。
「出来たよ! ハイどうぞ」
「私は完全にカズマのシチューを作った筈ですわ」
「良いから食べてみて」
「あれより美味しいのですか?」
「家庭的じゃないけど、凄く美味かったよ」
「まぁまぁ良いから」
僕がそう言うと三人はスプーンでシチューを口に運んだ。
「「「うっ!」」」
「どうかな?」
「どうかなって、これ凄く美味しいですわ! 『カズマ』で食べた物より数ランク上でしてよ」
「うん、食べ比べて見ると全然違いますね、うん美味しい」
「ああっ、凄く美味い…段違いだ」
「どう?これが僕のお父さんから教わった『カズマ』の味なんだ、フルールが料理してくれて嬉しかったけど、お父さんとの思い出の味だから譲れなくてゴメンね」
「別に構いませんが…あのセレナ様のお父様って料理人でしたの?」
「王都の三ツ星レストランカズマを超える料理を作れるなんて凄いですね! まるで、食王カズマの再来ですね」
食王カズマ?
なんだ!それ…
「食王カズマ…なにそれ」
「英雄から神になったセレス様が兄の様に慕っていた人物で数々の伝説的な料理を作った方だよな! あたいでも知っているよ」
そんな凄い人だったのか?
セレスお父さんが兄と慕い、ハルカ母さんの元旦那な訳だ。
「そうなんだ、まぁ良いや! フルールのおかげで懐かしい味を思い出したよ…これ、はい」
「これは何ですの?」
「本物カズマのクリームシチューのレシピ。今度から、これで作ってくれる?」
「食王カズマのシチューのレシピ…本当に貰って良いのですか?」
「自分で作るのもちょっと虚しいから、こんどからはフルールにお願いするよ」
「任されましたわ! 食王カズマのレシピ…大切に作らせて頂きますわ」
「うん、お願いするよ」
しかし、カズマさん…凄い人だったんだな。
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