第163話 【閑話】勇者ゼクトのやり直し⑯ 俺は弱い勇者だった
「あの馬鹿、何やってんの?!」
「どうかされましたか?ゼクト様!」
「ゼクト、どうしたの?」
「いや、何でもないんだ…」
しかし、セレスは…またトラブルに巻き込まれているのか?
俺と違って出世に魅力を感じて無く『平穏が一番』そう考えている奴が…小国の王扱いされていたかと思えば…今度は神扱いか。
『可哀そうにな』
今の俺には、彼奴が『何が欲しかった』のかが今なら解る。
今、俺が満喫している生活…それがきっとセレスの望んだ生活の筈だ。
上を目指すことは無い。
ただ周りの皆と面白可笑しく暮らす。
お城なんて要らない…本当はこんな大きな館すら要らない。
ただ、ただ平穏で、平和に暮らせる毎日。
多分、彼奴が欲しかった生活はこれだ。
だが、いざこの生活をしてみると解るが…此処には本当の意味での幸せがある。
この幸せの方が勇者より人間らしく幸せだ。
上を目指す修羅の様な毎日。
戦って、戦って戦い続けて…血だらけで街に帰るとあがる『勇者様』という歓声。
そこには安らぎ等無い。
それと引き換えに、誰もが羨む王族との婚約に地位に財産。
それが手に入る報酬。
だが、それを手にする為には…どれだけの魔物や魔族の死体の山を築けば手に入るのだろうか?
多分、冒険者としての生活をした方が『幸せ』だ。
俺を勇者という運命から救ってくれた代償が、セレス、これなのか。
「凄いですね、セレス様、とうとう女神イシュタス様の横に神竜の像が飾られるそうです」
「ゼクトの友達が神様…凄い」
「ああっ、彼奴は凄いよ…本当にな…」
本当に凄いよ!
セレス…お前はな…
だが、俺の知っているお前は『魔法戦士』だった。
神竜はおろか普通の竜でも無い『普通の人間』だった。
俺が、いや俺達がお前に、世界を押し付けた結果…人ですらなくなったのか…
『神』になった。
それは確かに凄い事だし、偉業と言える。
その力があるからこそ…魔族との停戦が出来たのだろう。
『本当に凄いな』
だがな…こんなクズに落ちた俺でも知っている。
セレス、お前は…王、神…そんな物を望んじゃ居ない。
多分、平穏な生活を送りたかったはずだ。
母さんと結婚して、畑を耕しリダや俺と一緒に休みの日には魚釣り。
村人と酒盛りして『皆が笑いながら暮らせるなら他は要らない』
それがお前の理想の生活だった筈だ。
セレス…お前は今は幸せなのだろうか?
欲しい物は恐らく何でも手に入るし、尊敬も誰よりもされるだろう。
だが…それはきっと望んだ生活じゃないよな。
幼馴染を含み、全てを押し付けた俺だが…お前には本当に悪いと思っているんだ。
自分が幸せになれば成程…俺は自分が逃げた事でお前に全てを背負わせた事を思い出し後悔している。
今だからはっきり言えるが、俺は弱い勇者だった。
きっとあそこで辞めなければ、何時かは死ぬ勇者だった。
だから…俺如きじゃセレス、お前に何かしてあげる事は出来ない。
いつかきっと、俺はお前に心から謝りに行くつもりだ。
それしか出来ない。
約束だから、最高の酒を持っていくからな。
「ゼクト様…ゼクト様…」
「ゼクト…」
「うん、どうかしたのか?」
なんでそんな悲しそうな目で俺を見るんだ?
「ゼクト様が泣いているからですよ…本当に何かあったのですか?」
「ゼクト…泣いているの?悲しいの?」
今は考えても仕方が無い。
「いや、何でもないんだ…ちょっとな…さぁ今日は炊き出しの日だ…準備して行こうぜ」
「はい」
「うん」
セレス悪かったな…いつか借りは返すからな。
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