第105話 【閑話】勇者ゼクトのやり直し⑤ 無双



「おい、そのまま寝るなよ、ちゃんとそこの寝巻に着替えろよ」


「寝巻?」


これも解らないのか?


「そこのワンピースみたいなのあるだろう? それに着替えろ」


「ワンピース?」


駄目だ、ワンピースも解らないのか…


「これだ、これ!」


俺は寝巻を手に取り渡した。


「これに着替えれば良いの?」


「そうだ…おいちょっと…」


「なに」


一応俺は男だぞ…


「いいか?お前は女なんだ、ちゃんと、そのなんだ…」


「女? なに?」


人として扱われていないからこれも解らないのか…


「いや、ルナは女の子なんだから、着替えの時は俺に見えないように着替えてくれ」


「解ったわ」


本当に無防備だな。


はぁ~。


「着替えは終わったな、トイレは大丈夫か?」


「大丈夫…」


「そうか、それじゃ、そのベッドと毛布を使ってくれ」


ベッドが近くにあるのに…何もしない…うん?!どうした?


「ベッドってなに?」


「これだよ…これ…毛布は解るよな…ほら寝ろ」


「うん…」


ベッドに横たわったルナに毛布を掛けてやった。


「良いか、これは枕だ、寝心地が悪かったら自由にしろ…ほら毛布を掛けてやるから、後は適当に寝てくれ」


「暖かい…だけどゼクトは何処で寝るの?」


この部屋にはソファーはない。


「俺はその辺に寝るから、気にするな」


そう言って俺はゴミをどかして床に転がった。


「床に寝るのは奴隷だから、私の筈だわ」


「うるさいな…俺は床が好きなんだ…黙って寝ろ」


昔は野営で地面に敷物を敷いて寝ていた…床が板だから、まだ良い。


「解った…」


俺は…なにしているんだ…家事奴隷を買った筈が、よけい手間暇が増えているじゃねーか。


◆◆◆


背中が温かいな…なんだ?


「おい…なんでベッドで寝ていないんだ?」


「柔らかくて気持ち良いけど、寝つけないの…床の方が良いわ…それにこれならゼクトも毛布がつかえる…」


「仕方ねーな」


ルナに背を向けて眠った。


女を床に寝かせて俺だけベッドは使えねーし。


しかし…懐かしいな。


良く野営で…昔はこうやってセレスやマリア、リダ、メルと寝ていたな。


ベッドで寝るより案外心地良い…


「どうかした?」


「なんでもない」


俺はいつしか眠りに落ちていった。


月明かりで見るルナは何処となく神秘的に見えた。


◆◆◆


ドンドンドン…


ノックの音がけたたましく聞こえる。


なんだ、こんな朝早くからうるせーな。


「う~ん、ゼクト」


「ルナは寝ていて良いからな…ちょっとでてくる」


俺を訪ねてくる奴はいない。


一体誰が此処に来たんだ。


勇者の時ならいざ知らず…警戒位はした方が良いだろう。


「朝っぱらから、うるせーな!なにかようか?」


「私はカルバン帝国第3騎士団団長シルベルトだ、昨日の食堂の事で聞きたい事がある…同行願おう」


冒険者の揉め事に騎士は首を突っ込んでこない。


何かが可笑しい。


此処で揉めたらルナが不味いな。


「ルナ、少し出かけてくるから、此処から出るなよ」


「解った…」


仕方ない、行くしかねーか。


念のため記録水晶を発動させ、俺はシルベルトの後についていった。


ご丁寧に、他にも騎士が4人いて馬車まで用意されていた。


「おい『冒険者どうしの揉め事は自己責任』の筈だ、なんで騎士団が出てくるんだ」


「幾ら何でもやり過ぎだ…20人からの人間の腹を斬ってタダで済むわけがないだろうがっ!」


それは無い…基本的に殺さなければ文句はない筈だ。


殺してしまっても、相手から絡んできたなら無罪だ。


「いや普通にすむだろう? ちゃんと冒険者ギルドでも説明されている」



セレスに言われて本や規約を読む様にしてて良かった。


昔なら、何も解らず言いなりだ。


「屁理屈言うな…お前は勇者じゃないんだ、ついて来い」


良く見ると…他の騎士の傍に…昨日の冒険者たちがいる。


「なぁ、お前はあの冒険者達の知り合いなのか?」


「顔なじみではある…」


そうか…これは昨日の報復か、何かか…


「そうか、お前は騎士団団長なんだよな…」


「それがどうした?」


「お前の上には騎士団総長がいて、更に元帥がいて、一番上の軍の最高責任者は、たしかサイザー帝王だな!」


こういう事がまた起きたら問題だ…


仕方が無い…もう二度とこんな事をされないようにしないとな。


「ならば、お前の責任は帝王にある…この責任は帝王にとらせるぞ」


「お前は何を言って…ぐわぁぁぁぁー-っ」


俺はシルベルトを殴った。


これでも騎士、これ位じゃ死なないだろう。


「貴様、何をする、隊長を…許さぬ」


「貴様…」


「うぬぬっ」


「おい、騎士団団長が、俺に因縁を吹っ掛けてきたんだ…これは帝国と俺の問題になるんだぜ」


俺は剣を抜き三人の傍を剣を振りながら駆け抜けた。


「「「なっグハァっ」」」


まぁ、みねうちだし、凄く手加減しているから口から血を流しているが大丈夫だろう…


『良い口実が出来た』


「この国の騎士が罪を捏造して俺を嵌めようとしやがったー-っ、この責任は、この騎士を採用した帝王にあると俺は思う…だから俺はこれから王城に殴り込みをかけるぞー――っ」


昨日の冒険者の奴、顔が真っ青になってやがる…


俺は走って王城に向かった。


◆◆◆


「止まれ、此処に何をしに来た」


剣を剥き出しで走っているんだ、そりゃそうなる。


「第3騎士団団長シルベルトが、俺を罠に嵌めようとしやがった…騎士の名前を使った以上は、その責任は全て帝王にある…だから、その責任をとらせにきた…帝王をだせ」


「狂っている…直ぐに門を閉めよー――っ」



流石の俺でも俺が可笑しいのは解っている。


だが、ルナの事を考えたら此処迄した方が良い。


『俺や俺の仲間に手を出したら大変な事になる』


その為、悪いが見せしめにさせて貰う。


こんな門、俺には意味が無い。


「見せてやろう…これが勇者のみが使える奥義…光の翼だぁぁぁー――っ」


俺の剣から光で出来た巨大な鳥が具現される…その鳥はそのまま門にぶつかった。


ガガガーーーーッガンッ


大きな音を立てて門が城の一部と共に崩れた。


「何事だー-っ」


中から、騎士や兵士が沢山現れたが…気になどならない。


この程度の人数、本気を出した俺は止められない。


「この国の騎士が俺を罠に嵌めようとしやがった…だから帝王に責任をとらせる為に此処に来たぁぁぁ、邪魔する奴は敵だ、邪魔しないなら…何もしない」


「馬鹿な、たかが騎士がした事で帝王様を責めるのか? 貴様ぁ」


「文句があるなら、同じ騎士である俺が聞こう」


もう後には引けない。


此処で手打ちになったら、俺は悪人だ。


だから、そんな事は出来ない。


「お前みたいな下っ端に用はない…これは宣戦布告だ」


「お前は狂っているのかぁぁぁー-っ、賊が侵入してきたぞ…全員抜剣し応戦せよ…殺しても構わぬ」


流石に殺すのは気がひける。


「手加減はしてやる…だがそれでも死んでしまったら…知らねーよ」


たかが人間の強者…剣を使ったらかなり手加減が難しい、下手したら死ぬかもしれない。


だから、俺は剣を収め…拳で戦う事にした。


「ええー-ぃ、幾ら相手が元勇者でもたった1人だ、数で押せば倒せるぞー」


「「「「「おおうっ」」」」」


遅いな…


沢山の竜と対自した時は『怖かった』それを隠して斬り込んだんだ。


マモンと戦った時は…『絶望』そして『地獄』だった。


だが…何も感じない。


城に居る沢山の騎士は、怖くも無いし…絶望も感じない。


心の中にあるのは『労わり』手加減しないと死んでしまう…それだけだ。



「うぎゅあぁぁぁっ」


「うわぁぁぁぁっぐはっ」


脆いな…ただ殴るだけで倒れていく。


大体、舐めすぎだ。


自分達が勝てないから『勇者』に頼むのだろう…


たった4人で魔王城に乗り込んで魔王をうつのが俺達だ。


その1人の俺に、たかが騎士が勝てるわけねーだろう。


殺す気なら皆殺しも簡単だ。


「化け物…化け物だぁぁぁぁー-っ」


「ヒィ…殺される」


そう言えば、此処はセレスの嫁の実家でもあるんだよな…


「貴様…何が目的だ」


「罠に嵌められたから抗議しにきただけだ」


気がつくと俺は玉座の前までたどり着いていた。


「お前は、元勇者ゼクト…なぜこのような事をするのだ、まさか魔族に寝返ったか」


「魔族とは休戦ですから、そんな訳ないじゃないですか…はははっ、俺は嵌められたから、その責任をお前に取らせようと来ただけだ…よ」


「誰がお前を嵌めようとしたのだ、大臣か宰相か? もしくは貴族か」


不味いな、騎士団団長は小物だ…


「騎士団団長です…」


「「「はぁ~騎士団団長だと」」」


帝王ばかりか、周りの者も驚いている。


すっかり忘れていたよ…ここセレスの嫁の元剣聖のフレイの実家だ。


まぁ良い…此処迄来たらやるしかない。


俺は記録水晶を見せた。


「確かに騎士がゼクト殿に絡んでおるが…此処迄する必要は無いだろう…」


確かに…城が半壊しているし、多くの騎士が半殺しだ。


冷静になって見れば…酷いな。


ヤバいな此処がセレスの嫁の実家なの忘れていた。


「確かに奴隷かも知れないし、外見だって問題はある…だがルナは俺にとって大切な仲間だ、親友のセレスが仲間やあんたの娘を大事にするのと同じだ…手を出すなら只じゃ置かない」


これでどうにかならないかな。


「解った…すまない」


上手くいったようだ。


「なら、それで良い」


俺は帝王に背を向けてその場を去った。



これで話がおさまって良かった…


セレスの嫁の実家なの…つい忘れていたよ。


◆◆◆


「ただいま…」


「ゼクト…お腹がすいたわ」


「そうか…じゃぁこれから食べに行こう、何がよい?」


「解らない…」


そうだよな。


「それじゃ今日は魚を食べに行こうか?」


「お魚ってなに?」


魚も解らないのか。


「魚はな…」


まぁこんな生活も悪くないな。


◆◆◆


『S級冒険者ゼクトとその奴隷を貶した者は牢獄送り1年とする』


そんなふれが出されていた。


今回の事件で騎士10名がクビになり冒険者20名が追放処分となった。


もう帝国には俺達に絡む者は居ないだろう。


※ これでゼクトの閑話は本当に一旦終わり…次回から本編に戻ります。

















  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る