第61話 セレスVS黒龍 ③ 生きているって素晴らしい




此処は何処だ、物凄く暗い…川の向こう側に明るく綺麗な花畑がある。


そこに居る死んだ筈の両親が『来るなー-っ』『来るな』と叫んでいる。


あそこに行けば…幸せになれる気がする。


全てが終わって…安らかに眠れる様な気がする。


眠い…


あそこの花畑で眠ればきっと…この疲れから解放される。


俺はふらふらと川を渡り始めた。


だが、渡ろうとすれば、する程…俺の両親の顔が曇っていく。


狂ったように『来るなー――っ』と叫んでいる。


だが…此処は暗くて冷たくて嫌だ…だから、此処に居たくない。


気がつくと俺は川を渡り終わっていた。


「セレス…なんで渡ってしまったの? 此処は死後の世界…もう帰れないわ」


「此処からはもう戻れないんだ…」


辺りが暗くなる…そして闇の中から鬼の様な存在がこちらに来た。


「とうとう渡ってしまったな、馬鹿な奴だ! 親が必死で止めたのに…此処から先は冥界…もう人間は帰れぬのだ!」


オーガでなく鬼の様な顔をした化け物が俺に語り掛ける。


多分、これは夢なのだろう…


その証拠に、こんな恐ろしい化け物に恐怖を感じない。


黒竜程じゃないが…大きさは優に前の世界で言う3階建てのビルを超えている。


「冥界…死後の世界の事か…そうだ、俺はまだ死ぬ訳にはいかない…父さん、母さんゴメン、俺は4人の妻を娶ったんだ…母さんや父さんも知っている、静子さんに、ハルカさんに、ミサキさんにサヨさんだよ…だから帰らないと…」


「凄いわね、皆母さんの友達じゃない?」


「お前、早くに俺達を亡くしたからそうなってしまったんだな…だが4人も娶るなんて勇者にでもなったのかな?」


「違うよ! 勇者になったのはゼクトだよ、俺はそのパーティに入っただけだ」


「そうか…番人さん、お願いします…息子を息子を返してやってくれ」


「私からもお願いします」


「ならん…それは捻じ曲げてはならぬ…掟だ」


「父さん、母さん…会えて嬉しかった、またいつか此処に来る、だけど今はもう少し嫁達と過ごしたいんだ…」


「ああっ…そうだな、悪いが息子は帰らせて貰う…さぁ行くが良い」


「母さんと父さんが止めているから…早く行きなさい!」


二人が番人を止めている。


「無駄だ…此処に来たら如何なる存在でも帰れぬ、お前が勇者であってもな…冥界には武器すら持ち込めぬ聖剣も例外ではない…此処に来れば…どんな人間も只の弱者だ…俺には敵わぬ」


「それは、もし貴方を倒せるなら帰れる…そうとも聞こえますが」


「太古の昔から俺に勝った、人間等おらぬ…もし勝てたなら帰してやろう!」


不味いな…武器も装備も何もない。


持ち込めていないのか…


だが、やるしか無い…


多分、黒竜と戦ってなければ…恐怖で体が動かなかったかも知れない。


だが…体が心が反発する…何も根拠が無い…それなのに雑魚だと言い張る何かが居る。


「お前みたいな雑魚に俺が負けるわけが無いだろう…」


やはり、これは夢なのだろう…俺の姿が黒竜の半分くらいの漆黒の竜と人間の中間の姿に変わる…


そしていきなり手には長い爪が生えていた…


「そそそ…その爪、その目…冥界の支配者、竜の王族…お許し下さいー――助けて、助けてー――いやぁぁぁぁー――」


◆◆◆



目が覚めた…どうやら俺は土の中に居るみたいだ。


口の中が何だか生臭い気がするし変な味がする。


此処から出ないと…


外に出た俺は血と土にまみれていて…まるでゾンビだった。


服はボロ雑巾の様になっていて…誰が見ても浮浪者にしか見えない。


この周りには何も無い…空が飛べたら楽なのに…


そう思いながら、森の中を歩いた。


今更ながら…俺はなんで生きているんだ…


記憶どおりなら体が真っ二つになって生きているわけが無い。


あれは恐怖から見た幻覚だったのか…


その後の鬼の様な化け物も幻覚だろう…


死んだ両親に再び会える事など絶対に無い。


そこから考えると何処からか解らないが途中から幻覚を見ていたのだろう…


きっと俺をぶちのめして、死んだと思い埋葬した…そんな所だ。


死んだと思われたなら…もう襲われない。


『生きているって素晴らしい』


生きている…その幸せを噛み締めながら…俺は王都に向かって歩いた。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る