249話 竜の国へ
「さあ、これからセルアの墓参りだな」
「えっ! その依頼ってまだ有効だったんだ!?」
「当たり前だ。ハンターなんだから、依頼は完ぺきにこなすぞ」
まぁ、随分と寄り道してしまった事は否めないが、表向きの目的はセルアの墓参りなのだ。
「でもでも、あたしの村ってこっから結構あるんだよね。何日かかるかなぁ?」
「心配いらん。そんなもの、あっという間に着く」
「あっという間? どゆこと?」
「コイツを使うからだ」
俺が天を見上げると、全員条件反射的に空を見上げた。
そこにあったのは、ゴォゴォと轟音を響かせて舞い降りてくる巨大な鋼の竜の姿だった。
宇宙戦艦アルドラゴ……随分久しぶりの登場である。今のところ宇宙は飛んでないけども。
とにかく、もうすでにフェイは帰艦したのだから、行動を縛られる事はない。使えるものはなんでも使うのだ。
「うおーうおぉぉっ!? な、なな、なんだこれ!!」
「俺たちの仲間だ。あ、詳しい事はまだ秘密だ。……
『はいはーい。ちょっと失礼しますねー』
「うぎゃーなんだこれ!!」
突然、セルアの身体が真っ白い布でぐるぐる巻きにされていく。
本来は伸縮自由自在の頑丈な包帯であり、こういった目的では使われないのだが今はやむなし。
一応、現地人にはアルドラゴの秘密は明かせないという事になってるのだ。
これは、セルアが信用できないとかではなく、もし敵が催眠や記憶を覗き込む等の力を持っていた場合、セルアでは抵抗できない事を見越しての事。
だから、しばらくの間セルアには我慢してもらおう。
『フェイ!』
『フェイ姉ちゃん!』
アルドラゴの後部ハッチが開くと、中よりアルカとルークが飛び出してフェイに飛びついていった。
『姉さん、ルーク……ただいま帰りました』
互いの存在を確かめ合うかのように抱きしめ合う三姉弟の姿……感動的な光景である。
だが、いつまでも感動に浸ってはいられない。
セルアがずっと包帯グルグル巻きというのもかわいそうなので、サッと行ってサッと帰ることにした。
………
……
…
「獣王城からあたしの村って、結構な距離あった筈なのに、ものの数分で着くってどういう事なの?」
「秘密だ」
それで通すと、セルアも溜息と共に理解した。
セルアの村……それは、ボロボロになった廃村であった。このボロボロも、年月を経た風化ではなく、明らかに人為的なものだ。
確か、集落同士の抗争が起こって、セルアの両親は命を落とし、生き残った残りの村人たちもダァトとなったのだったか。
だが、そういった事は獣族の世界では珍しくない。
ヒト族の世界よりも弱肉強食の価値観が圧倒的に強いのだ。
現に、セルア自身も自分たちの村を滅ぼした集落の者たちを特段強く恨んではいないらしい。
「そりゃあ、目の前に張本人が居て、ゲラゲラ笑っているところを見たら怒りを抑えられる自信は無いけどさ、結果的にアタシたちは生きているんだし、それだけで幸運なんだよね」
「そうなのか。すまん、俺には完全に理解出来ないな」
俺なら、そんな事が起こったとしたら確実に報復しているな。
と言っても、それは今の価値観だからであり、何の力も無かったころだったらどういう気持ちになっていたかは分からんが。
「それはしょうがないよ。アタシだって、ヒト族の街で暮らすようになって、その価値観の違いにびっくらしているし」
だが、こうしてセルア自身も異種族の街で問題なく暮らしていけているのだ。価値観の違いを埋めるのは並大抵のことではないだろうが、不可能ではない。
獣族を含め、基本的にどの種族たちも他種族と多く関りを持とうとしない。だが、こうしてもっと交流を含めて閉じた価値観を広げていけたら……って、そんな事異世界人である俺が心配してもしょうがないな。それは、この世界の人間たちが決める事だ。
その後、俺たちはテツを含めたスミス・ファミリーの協力もあって放置されていた遺体の数々を整理し、それぞれ墓に埋めた。
基本的な埋葬方法は、俺たちの世界と一緒だった。
紆余曲折あったが、こうして本来の任務である墓参りは終了。
帰りは国境越えとか面倒な事は考える必要もなく、アルドラゴでひとっ飛びである。
あれだけ苦労した道のりが、およそ半日もかからずに終わるって……
「―――なんか、夢みたい」
目隠ししている間にエメルディア王国にある宿屋に辿り着いたセルアは、呆然とそう呟いた。
国境を越えてエメルディアの王都オールンドの近くまで辿り着いた俺たちは、そこでゲートの魔法を使って俺とセルアのみを宿屋に転移させたのである。
改めて考えると便利すぎるな。
「そんじゃ依頼完了だな。ハイ、ここにサインして」
「うわ、マジなんだ。それにしても、これで終わりか……」
何処か名残惜しそうに、セルアは俺が取り出した依頼完了書にサインをした。
ぶっちゃけ、獣王国に行く口実を得るための依頼だったのだが、こうして知り合いの力になれたのなら本当に良かった。
後はこれをギルドに持っていって……って、それは月影たちチーム・エクストラに任せよう。あくまで、俺はこのチームの助っ人扱いだからな。
「あ、あの……」
「ん?」
「い、一緒に旅が出来て……楽しかった」
「そう思ってもらえたら、何よりかな」
決して楽しい旅にはならなかったと思うのだが、言ってもらえるだけでもうれしいものだ。
「あ、あの……」
「うん?」
「……頑張ってね」
いろいろと逡巡したのち、絞り出すようにセルアは言った。
「おう。まぁ……色々あるけど、頑張るさ」
俺はそれだけ言うと、セルアに軽く頭を下げる。
そして、そのまま背後にあるゲートの向こう側へと入りこんだ。
最後にチラッと見たのは、バイバイと手を振るセルアの笑顔。これを見ただけで、この仕事を受けた価値があったなと思えるのだった。
◆◆◆
エメルディア王国より遥か東の海上に位置する無人島。
俺たちは勝手にドル・アゴラとか呼んでいるが、とにかくそこへアルドラゴは戻って来た。
戻って早々ではあるが、俺はブリッジへとクルー全員を呼び出し、これからの予定を話し合う事にする。
「さて、いよいよ後はゲイルだけだな!」
ブリッジに集まったアルドラゴクルーの面々を見て、俺は満足げに腕を組んだ。しかし、エクストラチームも含めてこうやって揃い踏みとなると、なかなかに壮観である。
烈火吹雪はなんかニヤニヤしているし、月影も何処か誇らしげだ。
そうして話を進めようとしたのだが、そんな中でフェイがおずおずと手を掲げた。
『あの……ヴィオが居ませんけども』
まぁ気付きますよね。
その問いに、アルカはどこか不機嫌そうに答える。
『なんでも、野暮用があるんですってさ』
『はあ、足並みが揃っているのかいないのかという感じですね』
修行だとか本人は言っていたが、多分方便だな。まぁ、俺たちに言えない事情があるという事は、俺たちの仲間になる以前のしがらみか、それとも自分の本来の世界絡みで何かあったのか……という所だろうか。
気にはなるが、本人が心配いらないと言っているのだ。まずはそこを信じるとしよう。
悲しいけど、今は先にするべきことがある。
「まぁヴィオの事は置いておいて、まずはゲイルだ」
もうしばらく会っていないあのエセ侍エルフの顔を思い出す。
果たして、今はどうしているのか……。
ヴィオとフェイは比較的安全な形で軟禁されていたわけだが、今回はゲイル自身が住んでいたこともある国だ。それに、かの国でのゲイルの立場はあまり良くないとか。果たして、五体満足で無事なんだろうかという不安はある。
「と言っても、ゲイルのいる国は竜王国なんだが……」
そう。
俺たちがゲイルを迎えに行くには、根本的な問題がある。
「どうやって行くんだ。いや、そもそも何処にあるんだ?」
『確かに……地図で見たところ、竜王国という国は見当たりません』
そうなのだ。
目の前に広げられた世界地図。当初手に入れた地図は実に簡易化されたものだったが、アルドラゴの科学力による実地調査の末、実に高精度な地図に変貌を遂げていた。
だが、その地図のどこにも竜王国を指し示す場所はない。
「じゃあ、アレかな。翼族の国みたいに、空の上……とか」
思わず空を見上げていた。
また同じように空の上に陸地があるのか、それとも文字通り空の上が竜族の住まう場所だというのか……。
ああくそ、ここで竜王国出身のゲイルが居れば、かの国が何処にあるのかなんてすぐに分かっただろうに。というか、もっと聞いておくべきだった。
そこまで考えたところで、ふと思い当たる事があった。
「そういやさ、ゲイルの育ての親の……ゲオルニクスさんって、エメルディア王国の東側の海から飛んできたんじゃなかったか」
『そうですね。ゲオルニクスさんの航路については、記録しています』
アルカが目の前のコンソールをポチポチとすると、エメルディア王国の東側海岸の立体MAPが表示される。
MAPの中にポツポツと光の点が表示された。
『これが、ゲオルニクスさんが確認された場所です。これらを線で結ぶと……』
ゲオルニクスさんの痕跡は、一本の線によって表示された。
それは、彼が何処から現れたのかを指し示している。
というか……
「此処じゃねぇか!」
そう。その線の先にあったのは、俺たちが拠点としている無人島……ドル・アゴラだったのである!
そんな偶然あるのかよ!?
だが、この島そのものが竜王国だとはとても思えなかった。
何せ、この島を拠点とすると決めたきっかけは、この島が完全に人が住んでいない無人島だったからである。
そんなドラゴンがうじゃうじゃいたら、誰も拠点にしようだなんて思うはずもない。
『ひょっとすると、ゲオルニクスさんもこの島で羽休めをしていたのかもしれませんね』
「だけども、その先は―――」
何もない。
ただ海が広がるだけの世界だ。
そのずーっと先には、俺たちが当初の目的地としていた樹の国があるのだが、まさかそこがゲオルニクスさんたちの出発点とは思えない。
となると、この海の何処かに竜王国はあるのか?
「どうすっかな……いっそ、この付近の海をぐるっと飛んでみるか? 何か手がかりが見つかるかもしれんし……」
俺がそう言った時だった。
<惜っしい! 良い線まではいっていたが、肝心な場所は不正解だな!>
声がブリッジ内に響いた。
途端、俺たち全員に緊張が走る。
今の声は、この場に居る誰のものでも無かった。見知らぬ何者かが、この艦の内部……しかも重要機密であるこのブリッジ内に居るのだ。
が、さっきの声……それは意外な場所から響いていた。
俺たち全員がその場所に視線を向けると、当の本人は目をぱちくりとしている。
『い、いや! 今のはぼくの声じゃないよ! 確かに、声自体はぼくからしたんだけども!』
声のした場所の主……ルークは慌ててぶんぶんと頭を振った。
確かに、今のはルークの声では無かった。だが、現実問題としてルークの方から声が聞こえたのは事実なのである。
どういう事だ?
まさか、ルークの身体に何かが仕込まれているとか、そういう事だというのか!?
<ハッハッハ! いやいやすまんなぁ。こうやって人を驚かすのもなかなかある機会じゃないんだ。大目に見てくれ>
またしても声がした。
ルークに剣を向けるのは避けたいが、警戒だけは緩めてはならない。
「何者だ? なんで、ルークから聞こえる?」
<おっと。声だけじゃわからないかな。……まあ、会ったのは随分と前の話だものなぁ。声も忘れるか>
……ん?
そういや、なんだか聞き覚えのある声な気がしてきた。
確か……この世界に来て、間もない頃に会った―――
「―――あ。ちょっとして、ラザムか?」
<おお! 当たりだぜ。ようやく思い出してくれたか>
「なんで? なんでまたルークからアンタの声がしている?」
<詳しい話はあとだ。とにかく、早くその場所の座標を教えろ。こうやって話をするのも結構しんどいんだ!>
俺たちは思わず顔を見合わせた。
場所を教える……。果たして、その判断を下して良いものなのか。
このアルドラゴの存在を不特定多数の存在に知られるわけにはいかないのだが……。
<悩んでいるところ悪いが、マジで早くしてくれ! ファティマからの使いなんだよ! 俺がちゃんと案内するから! お前さんたちの仲間のいる“竜王国”まで!>
という事で、意外な形で俺たちは竜王国への足掛かりを手にしたのである。
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