247話 兄貴分




 対する獣王と言えば、顔を真っ赤にして俺に指を突き付けた。


「お、お前がフェイちゃんの主人とやらか! フェ、フェイちゃん我のもんだ! 絶対にお前には渡さんぞ!」


「………」


 カッチーン。

 フェイは自分のもんだとかそういう事を誇示するつもりはさらさらないが、こんな奴に自分もんだ発言をされるとむちゃくちゃ腹が立つ。

 俺は、ハイ・アーマードスーツのマスク部分に手を当てる。すると、マスクが展開して素顔があらわとなった。

 ふぅ、大した時間じゃなかったけど、直に空気を吸えると気分が楽になる。


「一応聞くけど、この男と何かあった?」

『ありません! ある訳ないです! というか何かって何ですか!』

「……うん、良かった」


 なんでも、獣神メギルとの約定をこの男はしっかりと守り、あれから一歩たりともフェイが住まうこの部屋に立ち入る事はしなかったらしい。

 ただ、一日に一度は部屋の扉を叩き、フェイの顔をニタニタと眺め、可愛らしいファンシーグッズをおプレゼントとして送り付けていた。……毎日。

 なるほど、部屋を埋め尽くさんばかりのぬいぐるみは、この獣王のプレゼントか。

 しかし、いい歳こいたオッサン(獣族なので正確な年齢は不明だが、見た感じ恐らく50代)が、10代半ばの少女に貢ぐ様子はなんというか……あかんやろという気持ちになる。


 俺は、改めて獣王とやらに向き直る。


「俺は別に主人とかそういうつもりはない。……ええと、兄……みたいなもんかな。とにかく、可愛い妹分をなんでてめぇみたいな奴に渡さなきゃならん」


『あ、兄!?』


 何故か隣に立つフェイより、素っ頓狂な声が響いた。

 え、何か気になるような事言った?


「ふ、ふん! 兄貴分だ何だと言っている奴が信用できるか! フェイちゃん目を覚ますのじゃ! 口では兄だなんだと言っておるが、当然その目は君を女として―――ブォッ!?」


 最後まで言葉を言い切る事なく、獣王は吹き飛んだ。

 殴りました。

 殴ったけども、それはもう目には映らないほどのスピードで拳の衝撃波のみを飛ばして、獣王の顔面を撃ち抜いたのです。

 それでも流石は獣王の名前を持つ者。一撃では意識を失わず、顔を抑えて立ち上がった。


「き、貴様国王の顔を殴ったか! おのれ、無礼者め! 不敬罪……いや国家反逆罪でその者を捕らえろ!」


 後ろで控えていた兵士たちは、目に見えて狼狽えていた。

 同僚たちが俺に立ちふさがった挙句、ポンポンと吹き飛ばされた様子を見ていたのだろう。

 自分達ではどうあがいても太刀打ちできない。だが、王命は従わなくてはならない……そんな感じで迷いに迷っているのがよく分かった。


「君たち、早合点は良くない。私は、獣王陛下に対して、まだ指一本触れてはいないぞ」


 とりあえず両手を上げて、無実をアピール。


「な、何を言う! 今我の顔を殴ったではないか!」

「いえ、ほら私は一歩たりともこの場から動いていないですし、この距離を保って殴る事は不可能ですよ。陛下、自らが突然後ろに滑って転んだ言い訳にしても見苦しいですよ」

「な、何を言う貴様―――ブフォッ!?」


 もう一発、衝撃波のみを顔面目掛けて飛ばす。途端獣王は、それはそれは見事に盛大に吹き飛んだのだった。


「良く見てくれ。私はこの通り動いていない。陛下の足元はどうも滑りやすくなっているみたいですね」

「た、確かに……?」


 兵士たちは顔を見合わせて頷いている。若干首は傾げているが。

 ある程度の実力者だったら俺の手の動きは見破れたかもしれないが、この男たちでは無理のようだな。


「な、何を言っている! こうして我は―――ブォッ!?」


 とりあえず立ち上がるたびに殴り続ける。

 まぁ多少は気が晴れるかな。

 殴る快感みたいなもんは無いが、ああいう権力の無駄遣い男が無様を晒す姿は胸がすっとする。

 ちなみに視界の端で、フェイが音がしない程度に軽く手を叩いている。嬉しそうだな。


「ええい! 奇妙な技ばかり使わず、こうなれば実力勝負しようではないか!これで勝った方がフェイちゃんを自分の物にする! これでどうじゃ!!」


「え? いいの!?」


 願ってもない言葉に、俺の顔は明るくなる。


「場所は謁見の間で行おうではないか! さあさ、着いてくるがよい!」

「いや、せっかくだから闘技会の広場でやった方がよくない? 観客……っていうか国民だって期待していると思うし」

「ぬぉ!? い、いや、わざわざ民たちに見せるまでもない。さあ、存分に戦おうぞ!」


 と言って、さっさと部屋を出てしまう。ポカンとしている俺に、フェイがおずおずと声を掛けた。


『あ、艦長マスター。謁見の間の事ですが……』

「別に言わんでもいい。大体の予想はついている」


 あそこまで実力差を見せた以上、獣王が真正面から勝負するはずが無いからな。

 俺とフェイはしぶしぶと王の後に従って、城の中心部にある謁見の間という広間に辿り着く。


「よく来たな! さあさ、もっと前に出るがよい」


 謁見の間に行くと、何故だか玉座の近くに立った獣王が偉そうにしていた。

 そして、恐らくは謁見に訪れた者が立つだろう場所がポッカリと空き、その周りを重武装の兵士たちが囲んでいる。

 どう考えてもあそこに立てって事だよな。


 俺は「はぁ」と溜息を吐くと、仕方なくその場所へ向かう。

 それを確認した、獣王の顔がこれまたいやらしく歪む。


「さあ、勝負開始じゃ!」


 と言って、足元にあった石畳の一部を強く踏みつける。

 すると、俺の足元がボカンと後を立てて二つに割れ、その下にあった空洞に俺の身体は吸い込まれていった。


「ビャーッハッハッ! 引っかかりおった! これでお終いじゃ! これでフェイちゃんは我のもんじゃ!」


 と、馬鹿みたいに高笑いしてらっしゃるが、勿論そんな筈もない。


「ところがギッチョン」


 ジャンプブーツを発動させて空中で跳びあがった俺は、ズドンと獣王の目の前に着地したのだった。


「ば、馬鹿な! 貴様……今落ちた筈だろう」


 わざわざ謁見の間で戦おうって言い出したんだ。何かしら罠がある事くらい想像できるわ!

 ハイ・アーマードスーツを纏っている今ならば、大抵の事はなんとか出来る自信があった。だから、そのまま了承したのだ。

 実際、落とし穴程度ハイ・アーマードスーツ着てなくともなんとかなったし。

 しっかし、床がバカッと開くタイプの吊り天井とか本当にあるんだね。


「で、どうすんの? まだやる?」


 と、聞くと、獣王はめまぐるしく視線を周囲に向け始めた。

 俺も、視線をサッと動かして周囲を確認する。


 ふぅむ。頭上にシャンデリアが落ちてくる仕組みがあるが、位置的に俺に届かないな。


 獣王はハッと思い出したように玉座のひじ掛け部分に手を置き、何やら見えない位置にあるボタンらしきものを押す。

 すると、玉座の斜め上の天井に設置されていたボウガンより矢が放たれる。

 当然、矢が身体に当たる前にキャッチして、その場に放る。

 その光景に唖然とした獣王であるが、今のは何かの間違いだったとでも言う様にもう一度……二度とボタンを押す。

 だが、基本的にボウガンというのは一発限りなので、次弾は発射される事は無かった。

 やがて、現実を受け止めた獣王は、後ずさりしてグルグルと歯噛はがみした。


 ふぅむ。これはいよいよネタ切れかもしれない。


「もうやる気が無いんなら、フェイは返してもらう。これまで預かってもらってありがとう。一応、礼は言っておくね」


 俺は軽くペコリと頭を下げると、グルグル歯噛みしている獣王に背を向けようとした。


「ええい。こうなったら仕方あるまい」


 やがて、獣王は意を決したように宣言した。

 おいおいまだやる気なのかよ。


「者ども! この男は国王を暗殺しようとした逆賊だ! 殺せ! 国の総力をあげて殺せッ!!」


「……うわマジか」


 俺はガックリと肩を落とした。

 まさか、フェイを手に入れるためにそこまでしますか。


「ええと、今のやり取り見ていたと思うけど……君たちやる気かい?」


 最終確認の為に俺は周りを囲んでいる兵士たちに視線を向けた。


「お、王命だ。……行くぞ皆!!」


 やがて、兵士長と思わしき男が意を決したように剣を抜き、それに続いて他の兵士たちもそれぞれ抜刀したのだった。

 ……どうも、本気でやる気らしい。


艦長マスター……こうなった以上、総力を挙げてやるしかないかと』


 いつの間にか隣に立っていたフェイが、闘志をみなぎらせて言った。

 フェイ自身かなり鬱憤が溜まっているのか、相当なやる気が感じられる。


「そうだな。向こうさんも退く気はないみたいだし、徹底的にやるか」


 俺は再びハイ・アーマードスーツ部分のマスクに手を当て、スーツを完全装着する。

 そして、そのままフェイと共に壁に向かって突進し、謁見の間の壁を破壊。城の外へと飛び出たのだった。


 外へ飛び出した俺たちは、元居た闘技会の広場へと着地した。

 俺が城へ獣王を追った後、どうなったんだと右往左往していた観客たちは、俺たちが飛び出してきた事でまたもざわざわと騒ぎ始める。


「おおいエクストラ・チーム」

『おお先生! 無事にフェイ様を救出出来たのだな!』

『さっすがレイジだぜ!』


 闘技会場のリングの端っこで待機していたチーム・エクストラ……特に烈火吹雪の二人が飛び跳ねる。


「救出は出来たが、これから城の兵士たちとバトルする事になった。こうなったらお前らも参戦しろ」


 俺の言葉に月影マークスはやや難色を示した。


『良いのですか? 国そのものと敵対するような行為ですが』

「こうなったら仕方ない。それに、一応対策も考えてるしな」


 確かに、帝国以外にももう一つ敵を作る事はマズいが、そうはならないと確信している。

 その理由は後程説明しよう。


『俺は構わないぜ! っていうか、この国に来てから大して暴れてないしな!』

『いや、昨日列車で思う存分戦ったと思うが……。まぁいいだろう。私も、身体が疼きだしたところだった』

『仕方ありません。ですが、あくまでも殺生はご法度ですからね。それと、日輪ナイアとテツさんはセルアさんの護衛をお願いします。私たちの事情で彼女に怪我をさせてはなりませんからね』

『はいはーい。ナイアさんにお任せあれ』

『……まぁ楽で良いな』


 そんな流れとなり、吹雪、烈火、月影の三人が闘技会場の端から飛び出し、俺たちの元へと駆け寄ってくる。


 俺たちが互いに背を預けて円を描くように立ち並ぶと、それを更に囲うように兵士たちが集まりだした。

 その数、今のところ1000人前後。強さのレベルは当然ピンキリだろうが、大した脅威にも感じない。


 ……うわぁ。改めて考えるとかなり麻痺してんな、俺の頭。


「それじゃあ、チーム・アルドラゴ……って言っても今は二人だが……プラスチーム・エクストラ……レディ……」


 そうして戦いの火蓋を切って落とそうとしたら―――


「者ども! 剣を収めよ!! その者たちは、我がシルバリア王国にとって大恩ある存在ぞ!!」


 気高く感じる声が、広場に響き渡った。

 此処に集まった者たちが一斉に声のした方……王城へと向く。


「なんだ、もう来たのか」


 なんか肩透かしな結末となったが、俺は戦闘態勢を解いて再びマスクを外した。


 その視線の先にあったのは、二つの大小の獣族の影。


 先の獣族と海族の戦争回避事件の際、親交を交わしていた存在。

 この国の王妃、そして次期獣王となる予定の王子様の登場だ。

 





~~あとがき~~


次話で獣王国編も終わりになります。

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