246話 銀狼少女がこうなった事情
フェイの頭頂部にあるのは……アレだ。世に言う所のネコ耳というヤツだ。
俺は特別好きという訳でも無いが、アニメやら二次元界隈で一世を風靡した代物だ。
それが、何故フェイの頭頂部に……?
そして、このファンシーグッズに占領された部屋。
よもや、フェイは俺が知らなかっただけで、このような趣味があったのか……。
いや、俺も自らの趣味をクルーの皆に押し付けていると言える状態だ。個人の趣味に対して、どうこう言える権利はない。
ここで俺が出来る最大限の配慮は……
「無事で良かったフェイ。さあ、皆のところに帰るぞ―――」
『全力で目を逸らして、見なかった事にしないでください! 説明します! ちゃんと今の状況を説明しますから!』
何やら必死にしがみつかれて説得された。
そこで俺は、あの時別れてから、フェイの身に何があったのかを知る事となる。
……いや、そこまで大層な事では無かったけども。
◇◇◇
時は、約一か月前に遡る。
三柱の神の人質……ノエルに対する身代わりとなったゲイル、フェイ、ヴィオの三人。
彼らは神たちの空間転移魔法によって、別の場所へと辿り着いた。
彼らが訪れた場所は、周囲全てが白一色に包まれた不思議な空間だった。
確かに不思議だった。
地面は確かに存在している筈なのに、空間の高低差をまるで感じない。
その空間の中心に、何やら金色で彩られたテーブルが一つ。
それは、巨大な円卓でそのテーブルを中心として数人の男女が集まっていた。
恐らく、此処は神たちが集まる場所。
そして、円卓に集まっている者たちは……この世界の神たち。
六柱の神……竜神、人神、獣神、海神、翼神、樹神。
彼らから発せられる
恐らくは、今後自分たちの身の振り方について議論が始まる筈。それを静かに待つとしよう。
……そう思っていたのであるが……
まずレイジとの戦いで意識を失っていた獣神メギルが回復し、彼がどのような経緯で意識を失ったのかを説明すると、当然なことに荒れた。
「ふざけるな! この我があのヒト族のガキに負けただと! そんな事あるわけねぇだろが!」
獣神メギルが炎を巻き散らしながら喚くと、竜神ファティマは片手で火を払いながら冷静に諭した。
「事実じゃ。傷は塞いだが、その胸にしっかりと証拠が残っているだろう。いい加減、認めるのだな」
すると、隣に立つ青い肌をした妙齢の女性……海神ムーアがくすくすと笑いながら言った。
「でもでも~。負けたと言っても、力をかなり制限された上での敗北だから、実質ノーカンでいいんじゃないの?」
その様子を見ていた全身をローブで覆った老人が、ふぉふぉふぉと笑い声を上げる。
「それでも、ヒトが神に傷つけおったか。ふぉふぉふぉ、時代は変わるものよ」
ローブの老人……樹神ユドラがそう言うと、今度は全身白装束の神父のような服装をした好青年が、満面の笑みを浮かべて讃えた。
「確かに素晴らしい。その者はヒト族の
「残念ながら、その者は異界よりの来訪者。我らの子ではないよ、マンティオス」
竜神ファティマは冷静な言葉に、人神マンティオスは目に見えてしょぼんと肩を落とす。
「うむ、そうなのか。それは残念」
「それほど腹立たしいのであれば、“条件”をレイジとの再戦にすればどうだ? 舞台がこの天界であれば、力を制限する事もなく、十二分に戦えるだろう」
ファティマの言葉に、背中から翼を生やした少女のような姿をした者……翼神オフェリルが、にまにまと笑いながら水を差す。
「ぬふふ、それはどうかのう。あのレイジなるもの、数か月の間に格段に成長しおった。当然、あの異界の武具の恩恵もあるだろうが、本人の力も今や相当なものだ。今度こそ本当に敗北するやもしれんぞ」
「ええい煽るなオフェリルよ。それで、魔神めの扱いについては既に話はついているのだったな」
ファティマの言葉に、先の天空島での戦いに参戦していなかった残り二柱の神たちが頷く。
「ああ、儂らは既に納得しとる」
「私もだ。そして、君たちがそれに納得できない事も理解しているよ。それで、結論を聞こうか」
ファティマはふぅと息を吐くと、メギル、ムーアに目線を向け、首を横に振る。
「魔神は許せん。だが、あの者がかつての魔神と違う者だという事も理解した。ならば、強硬に命を奪おうとはせぬよ」
その言葉を聞き、マンティオスはこれまた満面の笑みで頷くのだった。
「うん。君たちが理解してくれて良かったよ」
「ところで、話は変わるがマンティオスよ。お主に進言すべきことがある」
翼神オフェリルの言葉に、ずっと朗らかな笑みを浮かべていたマンティオスの表情が歪む。
「ああ、分かっているよ。神聖ゴルディクス帝国の事だね」
「かの国の者達はやり過ぎた。あともう少しのところで、翼族はこの世界より姿を消すところだった。最早、このまま捨て置くことは出来んぞ」
「そうだね。私としても、出来る事なら直接的な干渉は避けたかったところだけど……もうそんな事も言っていられないな」
神には、必要以上に世界に干渉してはならないというルールがある。
ただ、それは国家間の戦争や政治に干渉してはならないというもので、今回のように世界の均衡を崩しかねない行為には関わる事は許されている。
つまり、それだけの事を神聖ゴルディクス帝国は犯しているのだ。
「ゴルディクス帝国については、私が約束しよう。過度な国力の増強、他種族の冷遇……それらはここで押しとどめる」
「ふぅん。でも、今更あの国が言う事を聞くのかしら?」
「あの国の初代国王とは私も交友があった。今の皇帝とやらがその遺志を継ぐ者ならば、私の提言は聞くだろう」
「はん。何せ、“神聖”ゴルディクス帝国……だからな。自分が崇めている奴に小言を言われたら、流石に無視はしないだろう」
「そうなる事を期待しよう。まぁ妾としては遅かったぐらいだが、今それを言っても仕方がない。これで問題の一つは片付いたか」
しかし、建設的な議題というのは今やり取り程度で、その後は何やらあーでもない。こーでもないと、とりともめない雑談めいた会話が続くだけであった。
しかも、その会話のスピードがやたらと遅い。
その様子にいい加減しびれを切らしたのは何故かこの場に同行し、部屋の隅で放置されたままのゲイル、フェイ、ヴィオの三人だった。
「そろそろ丸一日が経過したでござるか」
「つーか、なんでアイツら特に中身もない会話を延々と続けている訳?」
『そう言えば、姉さんからの情報によれば、神たちは揃いも揃って不老長寿なので、時間的感覚が薄いとか』
「つまり、このまま放置すれば拙者たちの身の振り方が議題に出るまで、何日もかかるという事でござるな」
ゲイルははぁと溜息を吐き、やがておずおずと手を上げて声を張った。
「ああ、失礼するでござる。神たちに進言するのは非常に憚れるのであるが、いい加減我々のことについて話を進めてもらって良いでござろうか……」
「ぬ。そう言えばお主たちの事を忘れていたな。……確かに、そのことについてまずは話し合うか」
やがて、その後もやや脱線しつつも会議は続き、三人の身の振り方について正式に処遇が決まった。
三人はそれぞれ、竜神ファティマ、獣神メギル、海神ムーアが別々に預かる事になる。
ゲイルは竜神ファティマが、ヴィオは海神ムーアが、フェイは獣神メギルの担当となったのだ。
それぞれ、神の担当する国へと連れていかれたのであるが、フェイの場合は多少面倒な事態となっていた。
何せ、担当である獣神メギルにフェイの世話をするという気概が全くなかったのである。
よって、フェイの立場は獣王国側に丸投げされる事となり、獣王国側も突然自身の神より、謎の人物を預かってほしいと言われ、てんやわんやの事態となっていた。
(確か、獣王国とやらは獣族が治める国でしたね。そして、私を預かる獣王とやらも、当然ながら獣族……)
フェイは、ゲートの魔法によって突然獣王とやらの城へと投げ出された。
「ど、どうも……貴女が、メギル様の客人ですね」
投げ出された先に居たのは、何やら小柄な獣族の男だった。
聞けば、彼の立場は神官だという。翼族の島で、オフェリルの神官シェシェルと出会ったのをフェイは思い出し、彼は獣神メギルより神託を賜る立場なのだと理解する。
『ええと、私はこれからどうなるのでしょう?』
「そ、それが……私たちも混乱していまして、突然貴女を預かってほしいと神託を受けまして、急いで獣王に謁見を頼んで準備を整えています」
『詳しい事情とかは?』
「ま、全く聞いておりません。むしろ、貴女はヒト族ですよね? 基本的に獣族以外の者がこの城に滞在する事は許されていませんので、かなり混乱しています。なので、獣王様に謁見する事自体も時間が掛かってしまうかと……」
そうか、そもそもヒト族がこの獣族の城に滞在する事が異質という事か。
ならば、外見だけでも獣族に近づけておけば、この国の者達の心象も良いかもしれない。
そう判断したフェイは、これまで出会った獣族を参考にして、自身の外見を変化させた。
フェイの肉体を構成しているのは、オリハルコンという魔法金属。その気になれば、液体金属のように自由自在に肉体を変化させられるフェイにとって、獣族に似せた姿に変化させることは造作もない。
『これならば、問題ないでしょうか?』
一瞬にして自分たち獣族と変わらない姿に変化したフェイを見て、神官の男は目を丸くした。
「え? 貴女はヒト族では……? なんで獣族に?」
『詳しい事はノーコメントです。とにかく、これで獣王とやらに謁見できますね』
「え、ええ……確かに……」
神官のその言葉通り、きっかり2時間後に獣王との謁見は可能になった。
これで、フェイにとってはようやくの前進である。
ぼんやりと謁見の間とやらで待っていると、ざわざわと騒がしい声が響いてくる。
「何故、我がいちいち顔を会わせねばならんのだ!」
「そうですが、獣神メギル様の神託ですから、せめて一度だけでもお会いになってください」
「ええい、海族との
豪華に衣装を着て、他の獣族には無い
彼は、フェイの姿を見るなり、まるで時間が止まったかのように動きを止めた。
こういう場合は、位の高い者が発言を許可するまで待つらしいのだが、獣王はこちらを見て固まったまま動こうとしない。
この場合、多少無礼でもこちらから発言した方が良いのだろうか?
『お初にお目にかかります獣王陛下。この度はわざわざ謁見していただき、ありがとうございます』
とりあえず当たり障りのない挨拶をしたのであるが、獣王の口から出た言葉は予想をはるかに上回るものだった。
「―――か、可愛い」
『……は?』
「う、うむ! お主がこの城に滞在したいという獣族の娘か! 許す! 許すぞ! この城に滞在する事を許す! 何なら、永久に滞在すると良い」
『い、いえ……ほんのわずかな期間ですから……多分』
「そうかそうか。まずは部屋に案内するとしよう。残念な事に客が滞在する部屋は埋まっていてな、当分の間は我の部屋を使うと良い」
『……は? え? いや、流石にそれは……』
「へ、陛下! 客室は十分ありますから、心配はありません!」
「何を言う! 獣神様の客に何かあってはマズい! ここは、一番警備がしっかりしている我が部屋に案内するのが一番であろう」
すると獣王はせかせかとフェイに近寄り、その手をぐいと掴んだのだ。
その瞬間、フェイの身体にゾゾゾと悪寒のようなものが走った。
これが、人間で言う所の鳥肌が立った感覚であるというのを、フェイは後から知る。
「さぁさ! 我の部屋へ向かおう! むふふ……我の肉体美に惚れると良いぞ。そしてよき子を孕んでおくれ」
『へ? 子を孕むとか何を言って……っていうか、これってマズくないかな? て、抵抗とかしていいもの!?』
何やらウキウキした状態でフェイの手を引っ張る獣王。普段のフェイなら全力で抵抗し、その挙句にボコボコにしているところだが、今は立場が立場だ。下手にこの獣王の機嫌を損ねて、艦長であるレイジや姉たちに迷惑が掛かっても困る。
……のであるが、流石に我慢にも限度というものがある。
『じ、獣神メギル! 10秒以内に反応しなさい! でなければ、この男……いえ、この城がどうなっても知りませんよ!』
これがフェイにとっての最大限の譲歩だった。
もし、反応が無ければ全力で抵抗して、この国より脱出する算段であった。その結果、レイジたちに迷惑がかかるかもしれないが、流石に今の状況を看過する事は出来ない。
そして、この獣王及び獣王国にとって幸いだったことに、反応はすぐにあった。
突如としてズガーンッ! と雷鳴が轟き、謁見の間の天井に穴が開いた。
その穴から降って現れたのは、とんでもない灼熱の威圧感を持つ獣の神……本人だった。
「ぶ、無礼者! 何者じゃ!?」
「ま、まさか……メギル様……?」
『……ふぅ。こんなに早く反応してくれるとは思っていませんでした』
獣王、神官、フェイがそれぞれ反応する。
「我としても、久しぶりに地上に降り立つのが、こんな馬鹿らしいことでとは思わんかったぞ」
と、げんなりとした顔で答えるメギル。
なんでも、獣王国側にフェイを丸投げした事を他の神に咎められ、責任を感じてずっと今まで見守っていたらしい。傍若無人に見えて、これでも神だ。責任感はちゃんとあるらしい。
突然の神の来訪に当初は恐縮しまくっていた様子の獣王であるが、話がフェイの身柄に及ぶと、態度はガラリと変わる。
全力で城への滞在を求めたのだった。
「フェイちゃんには、第二王妃の立場を授けよう。なんなら、第一王妃でも構わない。だから、我が国に残ってはくれまいか」
『ヤです。私としては、二度と貴方に触れられたくありません』
「そうは言わずに……。宝石か領地か、とにかく好きなモノをプレゼントするから、また我と手を繋いでくれまいか」
『むしろ、こちらがお金でも宝石でも差し上げるので、絶対に触らないでください』
「むぅ。仕方ない、おい獣王。貴様にはこの娘に二度と触れる事を禁ずる」
『できれば、半径10メートル以内に近寄ってほしくありません』
「仕方ない。今後貴様には、この娘の半径10メートル以内に近寄る事を禁ずる」
「そんなご無体な! ならば、我はいつになったフェイちゃんに触れられるのだ!」
『いえ、私としては一生触れてほしくないのですが』
最大限の譲歩として、フェイには部屋を一室用意し、獣王はその部屋に踏み入れる事すら許されず、一日に一度、顔を見る事は許可するという事になった。
そして、滞在する期限……。メギルとしては、レイジたちに何かさせるというのは特に案がある訳でもなく、海神ムーアと同様に戦争回避で構わないと思っていたのであるが、そうすると目の前の獣王はフェイを手元に置きたいがために戦争を長引かせかねない。
なので、こういう条件を付けた。
海族とのいざこざが終わった後で良いので、フェイの主であるレイジに会い、実力勝負で勝てたとしたらフェイを手元に永久に置く事。
レイジ側が超絶アイテムの力でさっとフェイを連れて去らぬよう、正規の手順で国に入り、きちんと獣王と謁見する事も条件に含めた。
フェイも、当初は難色を示していたが、この獣王にレイジが負ける展開が想像できないので、最終的には条件をのんだ。
それが決まった途端、獣王の目は爛々と輝き、未だ見ぬレイジに対抗するための案を頭の中で探り出したのであった。
◇◇◇
その後の展開については、今起こった通りとの事だ。
獣王自身、自分の力にはそれなりの自信があり、ヒト族の若造程度なんとでもなると思ってたのだが、全盛期に比べれば力が落ちていることも自覚していて、このまま直接対決に不安はあった。
よって、自身と戦う前に戦力調査、そして力を消耗させるべく、この闘技会に参加させたのだ。
結果的に、レイジこと俺は消耗するどころか怒り狂った様子で闘技会全参加者を一人で倒しきり、この城へと殴りこんできた。
それにしても、こんな面倒な手でこの国にやって来るはめになった理由が、ただフェイに惚れたから……かよ。
よし、とりあえずこのオッサン殴ろう。
そう決めた俺は、拳をギュっと握りしめて部屋の隅で怯えている獣王のオッサンを睨みつけた。
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