240話 ネモフィラ




「ネ、ネモフィラ……だと? なんだそれは? というか、どうやって金属の物体が浮いて……更に、背中にくっついて……」


 ハイ・アーマードスーツの装着と《ネモフィラ》の召喚の様子を見て、当然ながら聖術士マリードは混乱しているようだ。

 考えてみたら、変身の瞬間を身内以外に見せるのは今回が初めてだ。

 魔法陣を潜り抜けたら一瞬で鎧を着込んでいるとか、まるで手品のように感じるだろうなと、アルカは改めて実感した。


『《ネモフィラ》……私は実物を見た事がありませんが、地球に咲く青い花弁を持つ花の名称です。そして、今は……私の新たな武装の名前です』


 命名は、いつもながらレイジによるものだ。

 ネモフィラという名前の花も、実際には見た事が無いようなのだが、かつて青い花ってどういうのがあるのだろうと調べた事があるんだとか。


 混乱していた様子のマリードだったが、やがて落ち着きを取り戻した様子でアルカに向き直る。


「ハッ! 忘れたのか、私の纏った神気の前ではあらゆる攻撃が無効化されると! つまり、いくらアンタが鎧で身を固めようと、新たな武装を身に着けようと、アタシには無意味!」


 確かに、それは事実に違いない。

 だが、だからこそわざわざハイ・アーマードスーツを装着し、この新武装を召喚したのだ。


 見せてくれよう、自分たちの技術の進化というものを。


『さて、それはどうでしょう……《ネモフィラ》!』


 アルカの背中より六枚の花弁が飛び出し、その頭上へと浮き上がる。

 やがて、花弁のうち二枚に変化が起こった。

 花弁が円を描くように展開したのだ。その姿たるや、花びら単体ではなく……


「は……花? 青い……花だ」


 折り畳まれていた花弁が展開し、花冠そのものを形成する。

 空に浮かぶ青い花……魔術師であるにも関わらず、マリードはその幻想的な光景に目を奪われた様子だ。

 だが、花が空に浮いた所で何の意味があるというのか。


『狙いなさい……《ネモフィラ》!』


 アルカのその言葉に反応するように、花冠の中心部分が眩い光を放つ。

 そして……


 ピリリと一本の光の筋が走り、マリードの頬を掠めたのだ。

 その頬には、小さいが焼き切られたかのような傷が一筋存在していた。


「―――え?」


 突然の事態に、マリードは理解が追い付いていない様子だった。


 空中に金属の花が出現し、その花が光ったと思ったら、自分の顔に傷が出来ていたのだ。

 神気という絶対の鎧に守られているというのに、傷を受けた。

 混乱するのも当然と言えよう。


 だが、アルカにとっては期待通りの成果である。


『検証終了。私の《ネモフィラ》であれば、貴女の持つ神気を貫くことは可能のようですね。ちなみに、今の攻撃はわざと外しました。あまりあっさりと決着をつけてしまったら、貴女も不本意でしょうから』


「は……なんで? なんでアタシの神気が……?」


『ふむ。理解出来ていないようなので説明します。

 まず、神気というのは決して絶対防御ではありません。

 神同士であれば攻撃が通用するように、防御を無効化する手段はいくつか存在します』


 アルカの言葉に、マリードは愕然とした顔つきとなる。

 その顔は、神気が破られるとか想像だにしていなかったという事だろうか。


「馬鹿な……まさか、お前は……神?」


『当然ながら違います。神気を無効化する手段の一つ……それは神が精製した金属……オリハルコンを使用する事です。

 つまり、この空に浮かぶ青い花は全て純100%のオリハルコンによって構成されているのです』


 これぞ、レイジの持つ《セブンソード》に続く完全オリハルコン製武装の二つ目……《ネモフィラ》である。

 翼の神オフェリルによって提供されたオリハルコンを使用して作られており、完全にアルカ専用として考案されたものだ。


「オ、オリハルコンだと? そんな伝説の金属が存在する訳が……」


『おや、帝国ではオリハルコンは伝わっていないと? ……いえ、あの男はフェイの身体を使っていましたから、ただ単に貴女が知らないだけですね』


 アルカににべもなく言い切られたことで、マリードにサッと悪寒が走る。

 そして、絶望した表情でこんな言葉を吐いた。


「貴様……本当に人間か?」


 思わず飛び出したマリードの言葉に、アルカは僅かに顔を歪める。

 そしてふと、天空島の戦いで不死者ブラットに対して言い放った烈火吹雪の言葉を思い出す。




『あぁ、我々は貴様の言うように人間ではなく、言い方を変えれば化け物だろう。だが―――』

『人間じゃなく、化け物として……アイツの傍に立ち……一緒に戦う事を選んだんだ』




 その言葉はアルカ自身にも響いていた。

 人間と同じように考える頭を持ち、人間と同じような肉体を持つ。

 それであっても、自分はあくまでAI……人間ではない。

 人間のようにレイジと共に生きる事は出来ない。


 だが、それがどうした。

 AIだからこそレイジを助けることが出来、こうして共に戦う事が出来ている。


『……戦艦アルドラゴ副艦長アルカ。……私を示す言葉は、ただそれだけです』


 最早、そこに何の迷いもない。


 アルカはハイ・アーマードスーツの仮面の奥でマリードを強く睨みつけ、宣言するように指先を突き付けた。


『さて、こうなった以上、此処から先はただの力のぶつけ合いです。さぁ、覚悟は良いですか?』


「く、くそぉぉっ!」


 対するマリードは、やけになった様子で火球を……雷撃を……氷塊を……ただひたすらにアルカに向けて投げつけた。

 そこに戦略性は一切ない。


「嘘だ嘘だそんな事! アタシは手に入れたんだ。あの時見た、最強の力を!

 決して誰にも奪われない……邪魔されない力を!」


 絶叫と共にひたすら魔法をぶつけるが、ハイ・アーマードスーツを纏ったアルカに、その程度の魔法は一切通用しない。

 防御する事も避ける事もせず、その魔法の乱打を受け止めていた。


 やがて、魔力を急激に消費した反動で、身体の力が抜け、その場に膝をついてしまう。

 例え貯蔵魔力が十分にあったとしても、あれだけ魔法を連発すればそうもなろう。

 僅かに霞む視界で対峙しているアルカを見るのだが、何発もの高火力魔法の直撃を受けたにも関わらず、無傷でその場に立つ姿を見て、絶望が再びマリードを襲った。


『それで終わりですか。でしたら……今度はこちらの番です』


 まるで死刑宣告のように、アルカが一歩前に踏み出す。


「ひ、ひいっ!?」


 マリードは必死に頭を振って考えている。

 絶対防御の優位性はもうない。魔法の力であっても、相手の方が上。

 ここまで来たら降参する以外に手はないと考えるのだが、やがて……


「―――あ」


 何かに気付いたかのように顔を上げた。

 まさか、この状況下において起死回生の手段があるとでも言うのか?


 マリードは首を振り、苦悩した顔つきで自身のローブの内側に手を入れる。


「くそ……まさか、使う事になるとは思わなかった」


 マリードがローブの内側より取り出したのは、掌に収まるサイズの光る石。

 それにアルカは見覚えがあった。


『それは―――』


「不本意だが、こうなった以上やるだけやってやる!」


 あれは、帝国の兵士が持っていた魔獣を封じ込めた石。

 確か、帝国自体は聖石と呼んでいたか。

 とにかく、マリードは切羽詰まった顔付きで、その石を頭上に向けて放り投げた。


「来いッ! ゴルゴーンッ!!」


 放り投げた聖石に周囲から光のようなものが集まり、やがてそれは巨大な魔獣へと変化する。


 下半身は蛇……上半身は人間を思わせるシルエットを持つ中級魔獣の一体、ラミアに外見は近いが、その大きさは倍以上はある。更に頭部の部分が人間ではなく、複数の蛇の形で出来ていた。


『魔獣ゴルゴーン……ほとんど姿が確認されない上級魔獣の一体ですね。なるほど、貴女もかの聖騎士や聖女の従者と同じく魔獣と融合する力をお持ちですか』


「知ってたか……。こっちも、使うのは初めてだよ」


 やがて、その蛇の頭部が触手のように伸び、マリードの身体へと絡みつく。

 そのままゴルゴーンの肉体へと引き寄せられ、その体内に溶けあうように取り込まれていく。


 完全に取り込まれたところで、ゴルゴーンの身体に変化が出た。

 今まで、かろうじて人間の形をしていると思われていた部分が、マリードによく似たシルエットに変化していったのだ。

 ただの蛇にしか見えなかった頭部も、マリードの顔に変化し、その後頭部部位より蛇の顔がまるで毛髪のように生まれていく。

 正に、神話に伝わっているようなゴルゴーン……メデューサを思わせる存在へと進化していた。


 過去、聖騎士がガルーダと融合し、聖女の従者がミドガルズオルムと融合した光景を見た。

 どうも、十聖者もしくは帝国の上位実力者の者たちはそれぞれ融合可能な魔獣を持ち歩いている可能性が高い。


「グるアァァぁァァあぁぁぁァぁッ!!」


 ゴルゴーンと一体化したマリードは、狂ったような雄叫びを上げて、アルカに向けて突進する。


 融合前の精神状態の影響か、最早知性の欠片もない魔獣と化している。

 だが、それであってもその身を包む神気は解除されていない。

 通常攻撃であれば、攻撃を通す事もままならないであろう。


 尤も、《ネモフィラ》を持つアルカにとって意味は無いが。


『《ネモフィラ》!』


 ゴルゴーンの突進を跳びあがって華麗に躱す。

 更に頭上の《ネモフィラ》がゴルゴーンを取り囲むように展開し、六枚の花弁がそれぞれ花を咲かす。

 花冠の先端より光……《ネモフィラ》の基本武装であるレーザーが放たれ、ゴルゴーンの肉体にいくつもの穴を穿つ。

 が、それらは全て即座に修復されていった。


『なるほど、回復力も魔獣並。その程度の傷であればダメージにならないという事ですね』


 人間であれば身体に風穴が開けば大ダメージであるのだが、魔獣は肉体の大部分が欠損するか、核となる魔石を打ち砕かない限り消滅することが無い。

 その常識は、人間が融合した状態でも通用するらしい。


 ならば……


『攻撃の規模を大きくします』


 アルカは華麗な動きでゴルゴーンより距離を取ると、頭上の《ネモフィラ》を再び操作する。


 《ネモフィラ》は花冠の状態から花弁の状態……いや花弁が二枚残された状態、くの字の形に姿を変える。

 そしてアルカの目前で三枚の花弁が三角形を描くように配置されると、花弁の先端より光が発射され、花弁同士を繋ぐエネルギーフィールドが発生する。


『アイススピアッ!』


 そのエネルギーフィールドに向けてアルカは氷の槍を放つ。

 フィールドを潜り抜けた氷の槍は、光を纏いながらゴルゴーンへと突進する。

 本来であれば、ゴルゴーンの肉体を包む神気によってアルカの作り出した魔法は無効化され、氷の槍も体表に触れる前に砕け散る筈であった。

 だが、氷の槍はゴルゴーンの肩口に命中し、その肉を大きく抉る結果となる。


「ぐギャアァァァぁッ!!」


 痛みを感じているのか、ゴルゴーンの絶叫が響く。

 神気を纏っているのに、魔法が通用した。

 当然、その理由は《ネモフィラ》にある。


 《ネモフィラ》が作り出したエネルギーフィールドを魔法が通過すると、その魔法にはオリハルコンの特性が付与される。

 これによってただの魔法であっても、神気を無効化する事が出来るのだ。


 これぞ、アルカが求めた本当の《ネモフィラ》の真骨頂と言えた。


『貴女の優位性は、もうどこにもありません』


「なんナんだヨ! 何ナんダよテメェは!!」


 まだ人間としての意識は残っているのか、ゴルゴーンは頭部にある蛇の触手を数十本まとめてアルカに向けて飛ばす。


 確かに、こうやって質量のある攻撃が数で来ると、魔法では対処が難しい。

 難しいが、対策は十分出来ている。


 アルカはアルケイドロッドを取り出し、水の刃を利用した大鎌サイズモードに変形させる。これも本来ならば神気に対して通用しない武装の筈であった。

 だが、《ネモフィラ》の一つが杖の先端部に装着され、水の刃が巨大化……更に光を放つようになる。


 オリハルコンの特性を帯びた水の大鎌を振るい、アルカはまるでダンスでも踊るように次々と蛇の触手を斬り払っていく。

 そのまま舞いながらゴルゴーンへと接近し、その胴体部を大きく斬り払った。

 ゴルゴーンが咄嗟に触手で防御したためかダメージそのものは大きくない。

 だが、恐怖に支配されたゴルゴーンはアルカに背を向けてそのまま逃げ出そうとしたのだ。


「アたシは……あタしは手に入れたんダ! 誰二も奪ワれなイ絶対的な力ヲ! もウ絶対……奪ワせたリすルモのカ!」


 よほど、力に対する執着心が強いようだ。

 彼女の過去に何があったのか知る由もない。

 ここまでくると憐れにも感じるが、喧嘩を売られた立場である以上ケリは付ける必要がある。


『残念ですが、逃がすわけにもいきません』


 アルカは、六枚全ての花弁をゴルゴーンの頭上へと展開し、最終必殺技フィニッシュホールドの体勢に入る。

 花弁が六角形の形に配置され、巨大なエネルギーフィールドを精製する。


 アルカはその更に上空に巨大な冷気の塊を作り出し、そのエネルギーフィールドに向けてとした。


氷河期アイスエイジブラスト!』


 現時点で出せるアルカの最強技が、ゴルゴーンに向けて降り注ぐ。

 白一色の光がゴルゴーンの周囲そのものを包み込み、その周囲全てのものの生命活動を停止させる。


 光が収まった時、完全なる氷の世界がそこにあった。


 その中心には、逃げ出そうとした体勢のままのゴルゴーンが存在している。

 完全に生命活動は停止しているが、これはあくまでも仮死状態に過ぎない。もしこの状態で攻撃を加えれば、簡単に粉々にする事が出来る。

 だが、それはしない。

 喧嘩は売られたが、マリード本人に恨みがある訳でも無いのだ。

 アルカが魔法を解除すれば、即座に息を吹き返すだろう。


 そして、氷の彫刻と化したマリードに向けて、アルカは淡々と言葉を投げる。


『貴方の努力の結果、それは素晴らしいものでした。願わくば、今度は正しい事でその力を使ってください』


 だが、アルカの中で気になっている事があった。


 それは、マリードが凍結される瞬間に吐いた言葉……


「―――魔女め」


 思えば、マリードは最初から魔女という言葉に強く反応していた。

 単純に魔法が使える女という訳ではない。他の意味が魔女という言葉にはあるのかもしれない。



 帝国十聖者の戦いの一つ、聖術士マリードとアルカとの戦いは、こうして幕を閉じたのであった。



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